◇第15話 炎が街を焼き尽くす!リュウ、あなたの言葉信じてもいいよね・・。
湖から見えた火の手と先程轟いた轟音はどう考えても無関係ではないだろう。
村に何か異変があったに違いない。
ターシャとリュウ、アルクは湖を後にして村へ急いでいた。
こんなことは生まれて初めてのことだった。さっきの音は尋常なものではなかった。
村にいる両親の安否が気がかりで自然かける足は速まっていた。
湖とはそんなに離れてはいないのに、気がせくためか、
まだ着かないのかと、やけに長く感じられた。
呼吸を荒げながらようやく村に辿り着く。
飛び込んできた凄惨な光景に驚愕した。
目の前に広がる日常を逸した光景がとても信じられない。
村の所所からは火の手が上がり、住居は倒壊し木々はもげるように折れて、
燃やし尽されようとしていた。ぱちぱちと爆ぜて火の粉が舞う。
視界の半分以上が炎に覆われて、オレンジ色に燃え上がっていた。
村人達の悲鳴が聞こえた。声をあげてターシャ達の前を逃げるように駆けていく。
呼び止めて何があったのか聞く暇さえない。
周囲をよく見渡すと倒壊した建物の瓦礫の下敷きになった者、
炎に焼かれ絶命している町の人間の姿があった。
「なんてことだ・・・・」
「ひどい・・」
アルクに見せないよう庇うようにして、目を逸らした。
村の中心部から何かを破壊する音が、地響きとしてここまで伝ってきた。
その方向へ向う。一体何が起こっているのか、
この惨状を生み出した根源を確かめるために。
ターシャも、アルクも、リュウも足を止めた。
否、それ以上進めなかった。動けなかった。
アレに向って更なる前進はすなわち死を意味すると言えた。
三人ともこの町をこれほどまでに、
容赦なく破壊し尽くした原因が何であるかを知ったのだ。
目撃したのだ。
びりびりと肌は粟立ち戦慄が走る。
村の中心、開けた広場にはこの状況を生み出した根源が、
その禍々しき獰猛さと共に、鎮座していた。
「うそ・・ドラゴン・・だなんて」
ターシャは立ち尽くして呟く。
三頭の巨大な竜、世界に知られる猛獣の中でも最も危険な存在とされているドラゴンが、
今なおその口から灼熱の炎を吐き散らしていた。
森であった獣など、足元にも及ばない。
「信じられない・・こんな人里に現れるなんて」
リュウも自分の目を疑っている。普通ならドラゴンは険しい、
高原や高い山の頂付近、森の奥深く、巨大な洞穴などにいるといわれている。
「あれを倒そうとするのは自殺行為だ。僕らも急いでここから避難しなくちゃいけない」
「その前に! お父さんとお母さんのことが、無事なのか心配だわっ」
「よし、君の家に行こう。どこにあるんだい?」
こっちよ、ターシャが先頭になって家の方に向かう。
幸いドラゴンのいる中心部とは反対方向にターシャ達の家はあった。
外観は被害を受けておらず、まだ残っていた。
入り口の木戸を開けて中に入る。居間、食卓と探したが、誰もおらず無人だった。
「お母さん達も非難したのかしら・・」
「そうみたいだね。僕らもここから離れよう」
リュウの言葉に頷いた時はたと、気がついた。
「アルク?」
家の中を見回す。アルクの姿がなかった。
「アルク? アルクがいない!」
血の気がさっと失せる。顔を青ざめさせて、
パニックを起こしターシャは悲鳴じみた声をあげた。
さっきまで一緒にいたのに、どうして。
「ターシャ落ち着いて、アルクを探そう!」
リュウに両肩を揺さぶられ、我に返った。
そうだ、まだアルクに何かあったわけではない。
こういう状況だからこそ冷静にならなくちゃ、と頷いた。
家を出ると中心部からこの付近まで火の手が広がってきていた。
漂う煙に咳き込みむせる。
「アルク、どこだ、アルク!」
炎に包まれた建物の間を縫うように、リュウはアルクの名を叫ぶ。
ターシャも後に続き、声を絞って張り上げる。
「アルクっ! 聞こえるなら返事をして!」
「さっきやってきた道を辿ってみよう」
彼の考えに従い、中心部に戻っていく。
その途中、アルクの悲鳴が耳を劈いた。
「アルク!」
声のした方に急ぐ。
最悪の想像を消すことが出来ずに曲がり角を曲がった。
アルクを発見した。
「アルク!」
ターシャは意識が凍りつき顔を青ざめさせて叫んだ。
弟は無事だった。
しかし彼を取り巻く状況はこの瞬間、
身も縮みそうなほどの恐ろしい危機に瀕していた。
地面に尻餅をついて体を震わせ、目の前に今にも迫ろうとしている巨獣、
ドラゴンを瞬きするのも忘れ凝視していた。
その存在だけで押しつぶされそうな重圧感、
自分の体の何倍もある化け物を前にして体をがたがたと震わしている。
ドラゴンは長い首をうねるように巡らせると、
高みから見下ろすようにアルクを睨みつけていた。
凶暴な鋭い牙を外気に晒し巨大な口を開けると、
標的に定めた少年に襲い掛かろうとしている。
アルクは恐怖のためか、動けないでいる。
このままではアルクが殺されてしまう。
距離にして数十メートル。
「ターシャ、君は下がってて」
剣を抜きながら、リュウが押し殺した声で言う。既に戦闘態勢だった。
「どうするつもりなのっ」
「僕に任せて、あれを倒すことは出来ないけどきっとリュウを助けて見せるから」
力のこもったまなざしを向けられる。
この場面はもう彼に頼る以外に道をなさそうだった。
ターシャは彼を信頼し祈るように頷くしかなかった。
リュウは気迫のこもった声をあげるとドラゴンに向って疾風のごとく一直線突進していく。
接近するリュウに気がついたドラゴンが首を向ける。
立ち止まることなくリュウは地を蹴り空高く跳躍した。
大きく頭上に剣を振りかぶり、ドラゴンめがけて飛び込んでいく。
ターシャは恐ろしくて目を手で隠しそうになる。
「はぁぁぁぁあああああ!」
その丸太以上に太い首元に渾身の一撃を切り込んだ。
高く鋭い金属音が鳴り響いた。
「そ、そんなっ」
リュウの剣はドラゴンの皮膚を切り裂くことなく、
無常にも二つに折られていた。
ドラゴンの体は鋼よりもかたく、
生半可な攻撃では傷をつけることはできないという話は本当だったらしい。
リュウは地面に着地し、態勢を立て直そうとしていた所をドラゴンの巨大な尻尾で吹き飛ばされた。
「ぐはっ!」
「リュウっ!」
尻尾とはいえ強烈な攻撃はリュウを、倒壊した家の柱に激しく叩きつけた。
折られた剣は投げ出され、リュウは頭から血を流していた。
ドラゴンが倒れ伏した彼にとどめをさすべく、地面を振動させ前進する。
不味い、と駆け寄ろうとした足をターシャは止めた。
別の方向から鳴り響いてくる振動。
新たに別のドラゴンが、この惨状に呼び集められたかのように二匹あらわれたのだ。
二匹ともアルクの方に近づいていく。
取り囲まれてしまった。
「――・・・・ !」
絶対絶命。胸の鼓動が内側から叩きつけるように暴れだす。
このままではアルクもリュウも殺されてしまう。
森で獣に襲われた時助けてくれた、あの強いリュウでさえも一撃の下に倒されてしまった。
誰も頼ることが出来ない。
今この状況で動けるのは・・・・ターシャだけだ。
もう駄目だと。ターシャは絶望感に捉われるのとは別に、
同時にこの状況を判断し冷静さを取り戻していた。
瞬くような速さで周囲に目を走らせ、
村人がいないのを確認する。リュウ以外は・・。
(僕はそうは思わないよ。初めに世界を支配した魔女は悪いことをしたんだから、処罰されても仕方ないけど。でもその他の魔女達がただ魔法が使えるってことだけで殺されてしまうのは間違ってるしかわいそうだと思う)
湖での会話。
さっきのリュウの言葉を思い出す。
まだ倒れ伏して動けずにいる彼にまなざしを向けた。
刹那の決断。
「あの言葉・・信じてもいいよね、リュウ」
ターシャは彼の言葉を信じることに決めた。
思考回路を高速で回し始めた。
いくら魔法でもドラゴンを倒すことなんて不可能なのだからと、
思いつきもしなかったけれど。今改めて。
ドラゴンを倒すイメージを鮮明に描こうとする。
初めは霧のように晴れなかったそのイメージは。
徐々に輪郭を生み出し、明確な形を伴って像を創ってゆく。そして。
出来た。
リアルに想像することが出来た。
自分で自分が怖くなる。
恐ろしいことに、ターシャは最上級の獣といえる
あのドラゴンさえも撃退できる力を持っているということなのか。
一瞬にしてターシャの周囲の空気が一変する。
その身を包み込むような突風が巻き起こった。
肩まである髪が激しく踊る。
ターシャの異変を察して三匹ともこちらに首を向けてきた。
「タ、ターシャ・・?」
倒れていたリュウが首を起こして驚きの表情でこちらを見ている。
伝わるかどうかはわからないがここは任せて、何とかするから、
とまなざしだけで合図を送った。
アルクに近寄るドラゴンに向けて腕を伸ばす。
思い描くのは鋭い刃物のような風のイメージ。
「こんなところで、弟を殺させるもんですか!」
ターシャの瞳の色が、深い緑から、燃えあがるような赤い赤い真紅に変化してく。
凝視よりも激しい呪詛めいた眼光でドラゴンを貫く。
空気の歪みがアルクを襲おうとしている獣めがけて一閃する。
ターシャと攻撃対象の間の地面が抉られ砂埃が起こった。
ドラゴンの体が振動する。
大木のように太い首の一点を圧迫しみるみる凹ませると、
その威力を拡大させ頑強な鱗に覆われた皮膚を切り裂いていく。
ドラゴンは苦痛の叫び声をあげ、抉り取る音を軋ませた末に-ー
一頭の竜の頭が吹き飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます