◆第14話 桃子ちゃんは祈る!お願い!ありったけの勇気を込めたこの一歩、どうか報われてっ!

  一人の男子生徒が藤倉香南に話しかけている所を目にした。


遠野陸という生徒だった。




桃子は挨拶程度に言葉を交わしたぐらいで、


まだそんなに仲のいい生徒ではなかった。




彼も藤倉に煙たがられて終わるだろうと見ていたが、


意外なことに二人の会話が続いていて、桃子は目を疑うように身を乗り出してしまった。




その様子を見ていた友達が教えてくれた。


「遠野君と藤倉さん、小さい頃からの幼馴染なんですって」


「ああ、だから・・」




納得して頷く。


「何、桃子。あの二人が気になるの?」


「ちょっとね。藤倉さんって今まで私が会ったことのないタイプの人みたいだから」


「わかるわかる。彼女確かに変わってて謎だよね」




藤倉香南は面倒くさそうにしながらも遠野陸と話をしていた。


桃子は彼女に対して新たな興味が湧いた。




幼馴染とはいえ、あんなに愛想のない彼女がどうして唯一、


話をするくらい彼に気を許しているのだろう。




遠野陸とは一体どういう人間で、


これまで彼女とどんな付き合いをしてきたのだろう。




知りたいことがどんどんと膨れ上がっていく。


桃子は部活に出ていても、家で過ごしていても、果ては寝る前にベットに入っても藤倉香南のことが頭から離れなくなっていた。




客観的に考えてこんなにも特定の人間を気にするのはおかしい、


とわかってはいても止められなかった。




  数日が過ぎた頃、また桃子は驚かされることになった。


遠野陸と藤倉香南が一緒にいるのをたまに目にすることはあったが、


更にいつの間にかもう一人の男子生徒が加わっていたのだ。




山田行繁、アンパンと皆からあだ名で呼ばれている生徒だった。


彼は遠野陸の友達で、遠野陸を介して藤倉香南と面識を持つようになったようだった。




山田は体育会系であまり物怖じしないタイプの人間らしく、


遠野陸抜きでもしょっちゅう藤倉に話しかけていた。




彼女は迷惑そうな顔をして彼のことを追い払おうとしていたが、


彼はまったく懲りていないようだった。




あんなにうるさく付きまとわれたら、藤倉香南は爆発してきれてしまうのではないか、


と桃子は遠目から内心心配していた。




だが不思議なことにそんなことにはならず、


それどころかお昼休みに彼ら三人で机をくっつけて食事をするという、


ちょっと信じがたいことになっていた。




桃子と同じように驚いたのか、


クラスメイト達も彼ら三人のことを一歩引いて注目していた。




  三人でいる所を目にするたび、


桃子はあの輪の中に自分も入りたい、と強く思うようになった。




彼らと共にいて笑っている自分の姿を想像した。


それは理由もなくどうしてか幸福の香りがして心が満たされるのだった。




  藤倉香南、あの子の側にいたい、一緒にいたい気持ちが日に日に増して、


もう抑えられそうになかった。




この思いは一体何なんだろう。


桃子はあの子のことが好きで、レズなんだろうか。




でも今まで女の子を好きになったことなんてないのだ。


はっきりとしたことは自分でもよくわからない。




ただ言えることは、




純粋に藤倉香南と仲良くなりたい、




ただそれだけなのだ。




  お昼休み、桃子は窓際の席で一人ぼんやりと


外を眺めている藤倉香南に思い切って話しかけようと決意した。




彼女のいる方に歩いていく。


踏み出す一歩ごとに心臓のどきどきが大きくなっていく。




後もう少しと言う所で。


「桃子。桃子、ちょっと来て!」




横からあらわれたクラスメイト達に腕を引っ張られた。


そのまま輪の中に連れて行かれてしまう。




ファッション雑誌を机の上で開いている女子生徒に


どちらの服が可愛いかというようなことを聞かれる中、




もうちょっとだったのに、と桃子はタイミングを逃されたことに、


がっくりし小さなため息をついた。




  体育の時間。ソフトボールで二人一組になってキャッチボールをすることになった。


ペアを組まされるこの場面、いつも藤倉香南は余って、他のペアに加えられていた。




これは先程の失敗を取り戻すチャンスだと、


桃子は意を決して一人立っている彼女に近づいていった。




「藤倉さん、一緒にやりましょう」


その一言をかけるだけでも、緊張した。




証拠に顔は笑顔を心がけたけど足は小刻みに震えていたのだ。


藤倉は黒目がちな目を見開いて、桃子を振り返っていた。




話しかけられたことが意外だとでもいうように驚いた様子だった。


話したこともない人間が突然、ペアを組もうと言い出しのだから正しい反応だろう。




「桃子―っ、こっちこっち。一緒にやろうよ」


他のクラスメイトが少し離れた所から呼んでいた。




「他の子とやればいいでしょ」


感情のこもらない声で言うと、彼女は離れていこうとする。


予想はしていたが拒絶の言葉を生で聞いて、心にグサッと刺さった。




弱気になって怯みそうになる。でも駄目だ。


ここで引き下がったら、ここで諦めたらもう、




永遠に彼女と仲良くなる機会は失われてしまう、


精神的に恐れを抱きもう声をかけれなくなってしまう、そうはっきり確信した。




だから桃子は。持てる限りの勇気をかき集めて、


離れていく彼女の手を、消えてゆきそうな希望の光に必死で手を伸ばすかのように切な想いで、


つかんだ。




「私は藤倉さんとやりたいのよ、ね」


勢いにまかせて強引に連れ出した。




鳴りやまない鼓動をおさえ込んで。


彼女はまだ怪訝そうな納得のいかない表情をしていたけれど、




桃子とのキャッチボールに付き合ってくれたのだ。


勇気を出してようやくもやもやした状態から前に進めた気がした。




  そのことをきっかけにして、桃子はどんどん藤倉香南に接した。


これまでの遅れを懸命に埋めようとするかのように。




冷たい言葉を浴びせられたりしたけど、


完全に関係を絶つような拒絶を突きつけられることはなかった。




しばらくするとまともな言葉をポツリポツリと少しずつではあるが返しくれるようになったのだ。


それは受け入れられているという事。




  桃子は嬉しかった。涙が出そうになったくらいに。


相手にしてくれなかったらどうしようと何度も思い悩んでいたから。




遠野陸や山田行繁とはすぐに仲良くなった。


桃子のことを歓迎して迎えてくれた。




お昼を食べる時間に、願っていた桃子の入る席ができた。


想像していた通り、豊かな気持ちになった。




ようやく自分にふさわしい居場所を見つけることが出来たみたいに。


それまで一緒にご飯を食べるくらいに仲の良かった友達に、桃子は心配された。




「桃子、どうしてあの人達と・・・・?」


「私がそうしたいから、ただ自分の気持ちに正直になっただけだよ」




とても理解できない、とでも言うような顔の友人に、


桃子は後ろめたさも引け目もないまっさらな笑顔で答えたのだった。




  香南にどうして自分などに構うのかと、聞かれたことがある。


桃子はうまく言葉で説明することが出来なかった。




特別な想いを抱いたと正直に話しても信じてはくれない気がしていたし。

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