第10話
「よおーっす」「おうっす」
今日も雄介と挨拶しながら、自転車で登校する俺。そろそろ4月も終わりそうなこの時期。月末の連休、要するゴールデンウイークに、俺としては高校生活最大のイベントが待ってる。
「お前ほんっと、最近ご機嫌だな」「そうか~。ふへへーい」
ふへへーいって何だよ、と雄介が苦笑いしながら俺に突っ込む。仕方ないさ。本当にご機嫌なんだからな。そんな訳分かんない返事くらいしてしまうさ。そんな雄介を気にせず、俺は自転車を学校内の駐輪場に止め、雄介と二人玄関ホールに向かうと、……ああ、やっぱりいたね。
「最近ご機嫌のようね」毎度お馴染み柊さんだ。今日は浮かれ気味の俺を見て呆れた表情してんな。ま、俺にきついのはいつもの事だけど。
「そうかな?」いつもの通り、差し障りない返答をする俺。
「ったく。人の気も知らないで」
「はあ?」何それ?
「武智君には関係ないでしょ! 邪魔よ! どきなさいよ!」
突然大声で俺を怒鳴った柊さん。……え? 今のやり取りでどっか怒るポイントあったっけ? ポカーンとしてしまう俺と、横でやり取りを見ていた雄介。
そして玄関ホールにその大声が響き渡ったので、さすがに周りもその一声でシーンと静まり返ってしまった。何だか今日、えらく虫の居所が悪いな。柊さんも周りの雰囲気を察したらしく、いたたまれなくなったみたいで、ふっと俯き慌てた様子で、玄関ホールから逃げるように教室へ向けて走り去っていった。
「お前、最近何かしたのか?」「いいや?」……何もしてないよな? うん、してない。つーか、そもそも一切関わりない。なのにあの言われよう。
相変わらず理不尽だとは思うけど、柊さんと揉めるのは問題だって分かってるから我慢しようと決めてる。それに俺は今幸せだからね。あの程度の事、余り気にならなくなってるし。
それでも柊さんの様子がおかしいのは気になったので、雄介と二人、首を傾げながら教室に向かった。
そんな俺と柊さんの様子を、陰からコッソリ覗いてる奴がいたらしい。
「どうも最近おかしいわね」「ああ。……また武智呼び出すか?」
「いえ。美久様を尾行してみましょう。何か分かるかも知れないから」
※※※
『今から帰るわ』『おう』
飯塚君にスマホで連絡する私。この学校はスマホを登校時に回収され、帰宅時に返却して貰えるんだけど、今は終了のホームルームが終わって丁度スマホを返して貰ったところ。なのでスマホを返して貰ってから、急いで普通科にいる飯塚君に連絡したってわけ。
私、綾邊ひかりは、ラグビー部主将の飯塚君と共に、美久様が帰宅するタイミングを見計らって尾行する事にした。尾行は初めて。本当はやっちゃいけない事になってたけど、最近の美久様の様子を見ていて、居ても立ってもいられなくなったのよ。
それに、武智にだけあんなにも絡むのが、とうとう許せなくなった。本当、羨ましい。あ、本音が。コホン。
私なんて、同じ特進科なのに話しかける事さえ出来ないのよ? ああ、空気読めない安川さんは、やたら気軽に声かけてるけど。それもほんとは気に入らないけど、ああいうギャル系、私は苦手だから何も言えないし、それに美久様も楽しそうにお喋りしてるから、それを邪魔するのは無粋だし。
『教室を出るわよ』『了解』
飯塚君に連絡してから、とりあえず気づかれないよう、こっそり後を付ける私。ああ、後ろ姿も本当素敵。黒髪が時折風になびいて、さらさらと漂う様が本当たまらないわ。セーラー服を着ていても分かるそのスタイルの良さ。ウエストもキュッと締まっていて……。
そう、私が恍惚の表情をしているところで、後ろから飯塚君が途中で合流してきた。コホン、と美久様に気づかれないよう気を使って咳払いし、再び飯塚君と一緒に隠れながら、美久様の後を追う。
すると、校門を出て辺りをキョロキョロしだした美久様。そしていきなりダッシュ。え? もしかして見つかっちゃった?
「飯塚君! 追いかけて!」「お、おう」運動神経抜群の美久様。私じゃ到底追いつけないから、飯塚君に後を追ってもらう。
校舎沿いに走っていく美久様。その先の曲がり角で曲がっていくのが見えた。飯塚君も後を追っていったけど、曲がり角の辺りで見失ってしまった? 飯塚君、辺りを見回しながら不思議そうな顔をしている。
「おっかしいなあ?」そう首を撚る飯塚君。私もゼーゼー言いながら飯塚君の元にやってきた。
「はあ、はあ。え? 見失ったの?」「そうみたいなんだが……」そんなバカな。だって、美久様が曲がったこの道は見通しの良い一本道。隠れるところなんてどこにもないし、隠れられそうな次の曲がり角は約500m程先。さすがに美久様の運動神経が凄いからって、そんなすぐにあの距離を走れるわけがないわ。しかも道を挟んだ両脇は高い塀。一方は学校の塀でもう片方は向かいにある工場の塀。だから身を隠す場所なんてどこにもないのに。おかしいわね。こんな見通しのいいところで見失うなんて。
そんな風に私達が未だキョロキョロしている横を、黒塗りでスモークが貼ってある高級外車が一台、通り過ぎていった。そう、ここは車一台くらいしか通れない道なのよ。だから隠れるなんて不可能なのに。
「やあ」そうやって私達があちこち見ていると、いつの間にか私達の後ろに数人の黒いスーツを着た男達がいた。いつの間に? 全く気づかなかった。飯塚君も驚いている様子。と言うか、この人達もしかして……。
「君達はここで何してたのかな?」
そのうちの一人の男が私達に話しかけてきた。ニコニコしてるけど目が笑ってない。
「え、えと。私達、美久様の様子がおかしかったので、気になって」「そ、そうだ、です」緊張してか、変な敬語になってしまう飯塚君。私もついゴクン、とツバを飲み込んでしまう。
「美久様? ……柊君の事かな?」
しまった。つい赤の他人に名前を言ってしまった。って、柊君、って言ったわよね? じゃあ間違いない。
「その様子だと、間違いないみたいだね」男が私達を見ながら確認するように続ける。その、何となく威圧感のあるその男が何だか怖くて、二人して沈黙してしまったけど、それが肯定の意思だと伝わったみたい。
そしてその黒服の男は、私と飯塚君の肩にポンと手を乗せ耳元で囁いた。
「深追いするな、という約束だったはずだろ?」
「「……」」
凄く冷たい言葉。感情が籠ってない感じでとても怖い。ゾクゾクと寒気が背中を通っていくのが分かった。この人、やっぱりそうだわ。
「ご、ごめんなさい。もうしません」「は、はい。俺も気を付けます」怖じ気付いてしまった私達は、その男にすぐ謝罪した。だって、怖いんだもん。
「分かればいいんだ」と、私達から手を離し、今度こそ普通に笑顔で話した黒服の男。
「じゃ、今後とも宜しくね」そう言いながら、私に声を掛けてきた男は手をひらひらさせて去っていく。周りで様子を見ていた他の人達も同様に後を追って行った。こわごわと私と飯塚君はそーっと様子を見る。男達は、一本道から少し離れた、工場側の奥に停めてあった黒塗りでスモークが貼ってある車に、皆して乗り込み、そして走り去っていった。
「はあー、怖かったあ」「ああ。生きた心地しなかったぜ」
はあー、と私と飯塚君二人して大きく息を吐く。それ程緊張してしまったのよ。まさか出会うとは思っていなかったから。
「やっぱり、外での尾行は難しそうね」「そうだな」
改めて美久様を深追いするのをやめよう、と思った私。飯塚君も同じ気持ちでしょうね。美久様の様子は気になるけど……。
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