第9話

「フフフ」「どうしたの?」


「だって、連絡先交換したのに、夜のお休みって挨拶以外、何もやり取りしてないなあって」


 そういやそうだった。まあでもそれは仕方ないかな? だってこうやってバイトの帰り道に二人きりになるんだから、その時話するしね。わざわざlineや携帯で電話する必要ないんだよね。


 こないだゴールデンウイークに遊びに行こうって誘ってからは、バイトじゃない日も疋田さんはお休みって、lineで連絡くれるようになった。俺は毎晩、自分のベッドに正座してその着信を待ってる。ブブ、とスマホがバイブしたらすぐさま、空手で鍛えた反射神経を駆使してサッと取りバッと返信するのが、最近の俺の日課だ。


 ……って、そういや俺から一度もline送った事なかったな。でもまだ何だか恥ずかしいというか。あーもう、俺ってほんとチキンだなあ。ごめんよ疋田さん。


「ねえ武智君」「ん?」そんな事を何となく考えてたら、疋田さんが声をかけてきた。


「三浦君と一緒に来るっていう彼女、どんな子なの?」


「そういや知らない」


「え? 知らないの?」


「うん。実は俺も雄介に彼女いるって知ったの、つい最近なんだ」


「へー。そうだったんだ。三浦君と武智君、相当仲良さそうなのにね」


 いや疋田さんの言う通り、俺は雄介とは仲いいって自覚あるし、多分あいつもそう思ってる。でも雄介って、女性関係はどうも話したがらないんだよな。何となく詮索するのも憚られるというか、だからそういう話にはいつもならない。ただ、雄介がモテるってのは知ってるけど。


「聞いてるのは、同い年で俺と同じ高校の女子だって言ってた。うちは普通科と特進科があって、その女子は特進科なんだって」


「そう」一言返事してから俯く疋田さん。ん? どうしたんだろ?


 それにしても当日めちゃくちゃ楽しみだ。行くのはデートの定番遊園地。俺と疋田さんはバイトしてるから自分で使える金があるし、もうちょっと値が張るところでも良かったんだけど、雄介はバイトしてないから学割のきくそこそこ安い場所がいいだろう、って考えたら、地元の遊園地にしようという事になった。


 まああの遊園地、地元なんだけど行った事なかったし、疋田さんも同じく行った事ないらしいから、俺達は丁度良かったけどね。


 しかも当日、疋田さんは当然私服なんだよな。疋田さんの私服……。ああ、妄想がたぎる。想像したらついニヤニヤしてしまう。バイト先の制服は見慣れてるけど、私服を見るのは初めてだ。疋田さんの制服は紺色のブレザー。うちの高校の女子はセーラー服だから全然違う。疋田さんはいつも学校から直行でバイトに来てるから、そのブレザー姿とバイト先の服装しか見た事なかったからなあ。


 ……うちの高校みたいなセーラー服も似合いそうだ。茶色のショートボブに黒縁メガネの、めっちゃ可愛くてスタイルのいい疋田さんが、うちの高校にいたら。やばいな。学校が楽しくて仕方ないだろうな。


 まあそれを見る事は当然不可能だけど。それはともかく私服の疋田さんは相当可愛いのは間違いない。ああ、私服を見れる俺至福。……つまんねぇダジャレ言ってても気にしないぞ。


「武智君? 何か考え事?」「え? あ、いや」


 不思議そうな顔でコテンと首を傾げこちらを見る疋田さん。その顔も仕草もほんと可愛い。黒縁メガネがこんなに似合う子、中々いないよなあ。そして疋田さんであれこれ妄想してた俺、つい気恥ずかしくなってそっぽ向いてしまった。


「おっと。着いたな」「ん? あ、そだね」


 俺の様子をちょっと怪訝な表情で見る疋田さん。えーと、ごめんなさい。あれこれ妄想してました。言えないけど。


「ま、いいか。またね」「あ、はい。また」


 俺の様子が気になってたようだけど、とりあえず家に帰って行った疋田さん。妄想してただけです。ごめんなさい。


 ※※※


「ね~ぇ、雄介~?」「んだよ?」


「本当、冷たいよねぇ。こうみてもアタシ結構モテんだよ? そんなアタシが告ったのに、つれなくない?」


「俺はいつもこんな感じなんだよ。嫌なら」「ああ! 分かった! 分かったよ! アタシが悪かった!」


 待って待って、と慌てて手で何かを制止するゼスチャーをする、一応? 彼女。


 俺、三浦雄介はこの安川明歩と近所のファミレスで昼メシ食ってる。今日は日曜。ほんとは悠斗と遊びに行きたかったんだけど。まあ今日はあいつのため、安川を呼び出してんだけどな。


「安川。今度のゴールデンウイーク遊園地行こうぜ」「え? いいの? やったー! 初めてのデートだー!」


 きゃいきゃい喜んでる安川。だらしない感じの茶髪ソバージュで腰辺りまで髪の毛が伸びてて、スカート丈はわざと短くして太ももの途中くらいまでのミニ。胸元のボタンもいくつか空けてて、時々谷間がちらちらする。まあこれは、こいつなりのアピールっぽいけどな。身長は165cmと高めだけど。まあギャルって感じだ。で、こんななりでも特進科なんだよな。


 でもまあ、確かに本人の言う通り、かなり可愛い方だ。まつ毛が長くて二重まぶたもぱっちりしてて、そういや、何かの読者モデルやってたとか言ってたような? ま、俺は興味ないからどうでもいいけど。


「……」「あん? 何むくれてんだ?」


「雄介、いつになったら下の名前で呼んでくれるのよ?」「さあな」


「下の名前で呼んでくれなきゃ、遊園地行かない」「あっそ、じゃあ他の奴当たるわ」


 そう言って俺が席を立とうとすると、安川は俺の服の袖を掴んだ。


「ずるい……」涙を溜めた上目遣いで俺を見る安川。でも、俺は安川が目で何かを訴えかけてくるけど応えない。


「もーう! わーかった! 分かったよ! 全く! 惚れてるってほんと弱いなあもう!」


 こうなるのはわかってて、俺はわざとらしく席を立った。こいつは俺に惚れてる。だから俺の頼みを断る事がないのはわかってたし、安川とはまだ一度もデートらしい事もしてない。こいつが断る道理はなかったからな。


「ありがとな」ニコっと微笑んで安川の頭を撫でてやる。「ほんと、雄介って卑怯だね」


 そう言いながらも嬉しそうな顔をする安川。ちょろいな、ほんと。


「じゃ、また連絡するわ」「え? もう帰るの? これからアタシとどっか行こうよ~」


 今度こそ本当に立ち上がりながら、ファミレスの伝票を手に取ってレジに向かい、二人分の会計を済ませ、安川を置いてとっとと出ていった。


 俺、三浦雄介は、無駄に女慣れしている。黙ってても向こうから勝手にやってきてくれるからな。そして今まで、悠斗みたいに純粋かつ本気で女に惚れた事、今まで一度もない。そんな悠斗がとても眩しくて、羨ましく思ったりもしてる。


 それでも悠斗の恋は、俺の経験や知識を使って成就させてやりたいと思ってんだ。あいつは俺の親友だからな。

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