5月25日 謎すぎる熱視線

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5月25日


美弥子みやこと久々に話をした。昔とあまり変わりはなかった、と、思いたい。


〇久しぶりに面と向かった美弥子は直感的にゆうとどこか似ていると感じたが、一体何なのだろう。私とゆうを見つめるあの熱視線の意味がそれなのだろうか。


〇結局、ゆうは一時間ごとに私の部屋にやってきて、後ろから抱き着いてきたり、膝の上に乗ってきたりした。美弥子は美弥子で、毎回それを部屋の入り口から眺めていた。本当に、何なんだ。

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「それでですね、ミヤちゃんって文芸部なんだそうですよ」


 一抹の気まずさを感じつつ、私はゆうの部屋にいた。


「へえ……そうなんだ」

「はい!私も部活動やってみたいですけど、お姉ちゃんに張り付くことで忙しいですからねー……あっ、お姉ちゃん部でも作りましょうか」

「そんなの、許可がおりるわけないでしょうが」


 ゆうが、「えへへ」と笑ってすっくと立ちあがった。腰を曲げて一礼をすると、肩にかかる黒髪を揺らして首をかしげ、にこりと微笑んだ。


「それでは、私はお茶を淹れてきますので」


 そう言い残して、部屋をあとにした。

 正面に顔を向けると、ローテーブルの対面に座った美弥子みやこが、さっと目を逸らした。

 

 そう、ゆうの部屋に、かつて私とよく一緒にいた美弥子がやってきていたのだった。

 いつの間にか、ゆうと美弥子は面識を持っていたらしい。

 いつの間にかと言ってもここ一週間のうちなわけだから、それを考えるとゆうの対人能力が恐ろしいことこの上ない。


 美弥子は目を伏せて、しきりにまばたきを繰り返している。

 私から何か話しかけなければならないのだろうか……。

 悩みながらも、「美弥子」と声を出すと、肩をびくりと跳ね上げ、恐る恐る縮こまりながら上目遣いに私を見た。相変わらずというか、何というか。

 なんとなく、ゆうとはまた違った小動物感を覚えてしまった。


「こうやって話すのって、かなり久しぶりだね」


 美弥子が二度、首を縦に振る。

 

「今でも本好きなんだね。昔はよく、読み聞かせしてあげたり、一緒に図書館で本読んだりしたよね。覚えてる?」


 美弥子がもぞもぞと身じろぎをして、肩をすくめた。一度、こくりと頷いた。

 その口元に、僅かに笑みが浮かんだ気がした。

 それだけで、気まずい空気が和らいだように感じた。


「そっか、文芸部か……自分でも書いたりするの?」


 私の何気ない質問に、美弥子はあからさまに動揺の色をみせた。視線を真下に落として、顔を真っ赤にして、肩を小刻みに震わせて。

 なんだろう、この反応、すごく気になる。

 少しの沈黙が流れ、私は気になる気持ちを抑え、話題を変えることにした。


「ゆうがごめんね。ちょっと強引なところがあるかもしれないけど、すごく良い子だから、仲良くしてあげてね」


 すると、美弥子は赤くしたままの顔をあげて、また口辺に笑みを浮かべた。そして、か細い声で、「うん」と返事をした。

 その時、湯飲みを乗せたお盆を手に、ゆうが部屋に戻ってきた。

 

「あー、お姉ちゃんひどいです。その言い方、まるで私が悪いことをしたみたいじゃないですか」

「いやあ、だって、ゆうが手を引っ張って無理やり連れてくる画しか思い浮かばないのよ」


 ぷくっと頬を膨らませ、ゆうが私のすぐ横に腰を下ろした。


「ミヤちゃんとは色々と意気投合したんです。合意の上です。誘拐なんてしません」


 美弥子がコクコクと頷いた。

 ゆうが湯飲みを私たちの前に置きながら、考え深げな顔をする。

 そして、「でもお姉ちゃんなら誘拐してでも……」なんて物騒なことをつぶやいた。ゆうを見つめる美弥子が、何故か、その発言にまで真面目な顔でコクコクと頷いた。


 それを見て、頭に疑問符が起き上がる。

 なぜそこで頷くのか、と。


 なんだろうこれは、もしかしたら私の予想の斜め上の展開なのかもしれない。もう自室に帰ってしまおうか。


 などと考えていると、ゆうが固まる私の腕をおもむろにとって抱きしめた。


「お姉ちゃんったら、冗談ですよ。だってお姉ちゃんはすでに私のそばにいてくれてますものねー」


 美弥子が唇をきつく結んで、こちらをじっと凝視して、またまたコクコクと頷いた。そんな美弥子を気にしつつ、ゆうの頬をつまんで引っ張った。


「もう、美弥子がいるんだから、あんまりベタベタしないの」

「えへへ、ふたりっきりだったらいいんですねー」


 ゆうが嬉しそうに、だらしのない笑いを漏らす。


「いいもなにも、ゆうがいっつも勝手にくっついてくるんでしょうが」

「えへへへ、そう言いながら、拒絶する気の全然ないお姉ちゃんが大好きですよー」


 美弥子の前でもいつもの調子でくっついてくるゆうに呆れつつ、顔を前に向ける。

 私とゆうのやり取りを黙って見つめている美弥子は、口元を両手で隠して、瞳を煌めかせていた。

 その反応の意味するところを問いたいが、私の感覚が知らないほうが良いと告げている。このふたりはどこかが地続きで似ているぞ、と。


 よし、考えることをやめよう。

 

 ゆうの重さを右腕に感じながら思考を放棄したとき、ゆうが肩に頬ずりをして、


「ではお姉ちゃん、お姉ちゃんパワーをしっかり充電できたので、私とミヤちゃんは来週の中間考査のお勉強をしますね」


 と言った。


「え、勉強会するの?」

「はい、そのつもりでミヤちゃんをお招きしたんですよ」


 美弥子に顔を向けると、首を何度も縦に振って口を開いた。


「うん、あんまり勉強得意じゃないから、よかったら教えてほしいってゆうちゃんに私がお願いしたの」


 思わず、へえ、と気の抜けた声を漏らした。美弥子が顔を赤くして、顔をうつむけた。


「実は優菜ちゃんと同じ高校も受験したんだけど、落ちちゃったの」


 また同じ調子で、へえ、と声が漏れる。それは知らなかった。


「そういうことなら私は失礼しようかな。頑張ってね」


 ゆうの頭を撫でてから立ち上がると、ゆうが敬礼のポーズをした。


「三十分経ったら、また充電しにいきます!」

「鬱陶しいからやめて」


 そう言い捨ててゆうの部屋をあとにした。


 私とゆうのやりとりに向けられた美弥子の熱っぽい視線を思い起こして、「意気投合ねえ……」と誰にともなくつぶやいた。

 

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