第2話 ある魔女の話

森の緑と川のせせらぎで満たされた、のどかで小さなこの街に、いつからかこんな噂が流れるようになった。


『森の中には魔女がいる』

その噂を聞いたとき、大人は恐れ、子どもは目を輝かせた。

しかし、大人の恐怖の方は、すぐに杞憂に終わった。

森に住んでいた魔女が、自ら街に出てきたのだ。

藤色の瞳に、背の高い彼女の腰までまっすぐ伸びた、天の川のように美しい白髪。

そして彼女が身に纏っていたのは、彼女の出身であるという極東の島国の民族衣装、『キモノ』。

紺色の無地の衣服に白い帯を巻いたその姿は、とても美しかった。

その上、憂いを帯びた表情がとても妖しい魅力を放っていて、街中の人が彼女に惹かれた。

彼女が口を開くまでは。




「恋がしたい…」

「…………えっ?」

誰が最初に口を開いたかは分からない。

ただ、ほとんど同時だったと思う。

しかし、驚いて固まっている街の人々を気にした様子もなく、その魔女は続ける。

「恋がしたい!」

「誰か私を愛してよ!」

「誰か私に愛されて!」

魔女と呼ぶにはあまりにも俗っぽい。

威厳も畏怖もまるでない。

最初の妖しい美しさは跡形も無くなっていたが、その俗っぽさが妙に親近感を感じさせた。


まあ、第一声でそんな事を大声で叫んだのは、ちょっと怖かったけど…



そんな出会いがあって、"魔女様"はよく街に出て来るようになった。

彼女の魔法は万能で、植物の成長を早めたり、水をお酒に変えることもできた。

指先1つで火を起こすことだって、重い石を動かすことだってできたけど、その力で人を傷つけた事なんて、一度たりとも無かった。

魔女様はいつも、街のためにその力を使っているように見えた。

出会い方が奇妙だったから最初は遠巻きに見ていた大人達も、魔女様のそんな行動を見て次第に打ち解けていった。


けど、少しだけ困った事もあって、例えば魔女様が大人達に頼まれて、水をお酒に変えた時には、

「おお!何度見ても凄いな!」

「そうね!ほんとにただの水がお酒になっちゃうんだもの!」

「これで王国記念日も安心だな!」

大人達が口々に魔女様を誉めていると、

「でしょでしょ!」

「ねぇ、私の事、ちょっとは好きになった?」

「ねぇねぇ!」

「………魔女様、この人は私の旦那です」

「あら、それはごめんなさい…」

魔女様がしゅんとすると、

「いえいえ、魔女様は知らなかっただけですし…」

「そうそう、気にしないで下さい」

大人達が口々に慰める。

「うぅぅ…なんで、私には恋人が見つからないの!」

「お酒ちょうだい!」

魔女様は大人達からお酒を受け取って、一気に煽る。



そして、すぐに潰れる…

魔女様はすぐにお酒を飲むくせに、めちゃくちゃお酒に弱くてすぐ潰れるから、私と私の友達のリリーでいつも魔女様を家まで送っていた。

リリーは魔女様の事が大好きだったからむしろ喜んで送ってたけど…


そんな風に賑やかな日常が続いて、あの事件が起きるまで、魔女様と私たちの間ではいつも笑顔が絶えなかった。

ここから先の話をするには、私の言葉より魔女様の"日記"を借りて話す方が良いだろう。



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