九節 闇をかける家政婦

 T字路の突き当たりを右に折れると、道の先は大通路の横腹へ続いていた。

 ツクシとゴロウの目と鼻の先で、メイド服に明るいブラウンの髪を一本三つ編みにした眼鏡の少女――カレラが大通路の様子を窺っている。その後ろで三人の男がキョロキョロするカレラを眺めていた。

 この三人の男は、ヤマダとエレベーター・キャンプにいた兵士二名である。

「――あっ!」

 振り返ったカレラは、銀ぶち眼鏡の越しの瞳を丸くして、両の手を胸元で斜めに合わせ、肩をすくませながら、上目遣いでゴロウとツクシを見つめた。

 女の子オンナノコとした仕草だ。

 ほほう、これは小動物的な――。

 ぬめぬめとしたツクシの視線が、カレラという少女の全身を観察しようとしたところで、

「おい、カレラ、俺だよ俺、ゴロウだよ、覚えてないか!」

 ゴロウが怒鳴った。俺俺詐欺ではない。

 ツクシが横で目を丸くした赤い髭面を煩わしそうに見やっている。

「だっ、誰ですか!」

 カレラは叫び声と一緒に路面を蹴った。異常に長い滞空時間の伸身後方二回宙返りを見せたあとだ。カレラはストンと大通路中央へ着地した。

 どう見ても十五メートルくらいは跳んでいる――。

「――おう。これはまた、いい跳躍力だよな」

 ツクシは目の前で見た不可解な現象を、自分の認識できる範囲内に無理矢理収めたのだが、しかし、顔が完全に引きつっていた。

「あァ、髭があるからわからないのか――ホレホレ、エミールの、ホレ、神学生時代の、カレラ、おめェの兄貴の友達だ! 覚えてないか? ゴロウだよ、ゴロウ・ギラマン、ほら、ほら!」

 ゴロウは口の辺りを手で覆った。

「エミールお兄様のお友達? あっ、もしかして――」

 カレラが呟いた。

 ゴロウは首をブンブン縦に振りながらカレラを凝視している。

 しかし、カレラは腰が引けている様子なので近寄ると逃げだしそうだ。

 ゴロウは動けない。

「ところで、ゴロウ。ヤマさん、どうすれば治るんだ。目を開いているようだが、反応はないな――」

 ツクシは怪訝な顔だ。ヤマダはカレラをじっと見つめている。黒ぶち眼鏡の奥にあるヤマダの目の焦点が合っていない。

 ツクシはヤマダの頬を右手でつねって引っ張ってみた。

 そうしても、ヤマダの反応はない。

「あ、あァ、そうだな、ヤマをどうにかしねえとなァ。くっそ、あっちこっち忙しいなァ――軽級精神変換ナロウ・サイコ・コンヴァージョン、導式・聖寵の御手グランディア・プレーナ・ブロウを機動!」

 ゴロウは鉄の錫杖を左手へひょいと移すと、空いた右手を髭面の真横に上げて、そこで空気を掴むような仕草を見せた。ゴロウの右手に黄金の導式が巡ってヴゥンと導式の機動音が小さく鳴る。

 そのゴロウの右手がヤマダの左頬をシッパァンと叩いた。

 力強いビンタである。

「――あばっ!」

 悲鳴と一緒にヤマダの身体が振れた。ゴロウのビンタを食らったヤマダは路面へ倒れない。起き上がり小法師のようにヤマダの身体がぐーんと直立姿勢に戻ってくる。

 ズレた黒ぶち眼鏡が斜めになっていた。

「へえ、荒治療だな。単純にブン殴ればいいのか?」

 ヤマさんの動きが面白れェな、俺も一発殴ってみようかな。

 そんなことを、ツクシは考えていた。

「ツクシ、これだって導式だぜ。手に少しだけ破魔の導式を巡らせて――こうだァ!」

 導式ビンタをツクシへレクチャーしつつ、ゴロウがヤマダをまたぶん殴ると黒ぶち眼鏡が宙を飛ぶ。

「――ぶべら! んぁあ、ゴロウさん、ツクシさん? どうしたんでしゅか?」

 起き上がり小法師の要領で直立姿勢に戻ったヤマダは、真っ赤になった頬を手でさすっている。

「お、ヤマさんが喋ったぞ」

 ツクシが横目でゴロウを見やった。

「どうだ、ツクシ、便利だろ。このていどの軽い導式なら口述鍵もいらねえよ。神学学会の修道士きょうしは、こうして気に食わねえ生徒を毎日のようにブン殴るんだ。学生をやっていた頃、俺もよく殴られたぜ。まァ、一発殴られたら三発は殴り返してやったがな。つうか、その場で半殺しにしてやった。あの時分、神学学会に勤めていた修道士せんせいどもは俺に殴られてない奴のほうが少ないと思うぜ。まったくもって、災難だったよなァ――」

 ゴロウがエリファウス神学学会の暴力に寛容な校風を語って、

「おっしゃ、歯ァ食いしばれ、いくぞォ、ヤマ!」

 ゴロウの導式ビンタがまた良い音を立てた。

「ひでぶっ! 自分、親には殴られたことがないのに!」

 ヤマダは自分の頬を撫でながらはっきりとした口調でいった。

「おっ、ヤマ、ようやく目が覚めたかァ?」

「ああ、そうそう、自分、カレラちゃんについて行かなきゃ――あべし!」

 ゴロウがヤマダへ無言で力強くビンタをくれた。

「――ひ、ひどいじゃないっすか、ゴロウさん!」

 正気を取り戻したように見えるヤマダは涙目で抗議した。

「くっそ、そんな、馬鹿な――ヤマの催眠がまだ解けねえ。カレラには、そこまで強い魔導の胎動が!」

 ゴロウはカレラを見やりながら右の拳を握り固めた。

 カレラはヤマダへ暴力を振るい続けるゴロウを及び腰で眺めている。

 ヤマダは拳を握り固めたゴロウを見て血相を変えて、

「だっ、大丈夫、ゴロウさん、自分はもう大丈夫っすから! だから、やめて! ああ、眼鏡、眼鏡――眼鏡、眼鏡は何処いずこ――」

 ツクシが足元に落ちていた眼鏡を拾い上げて、

「ヤマさん、ここにあったぜ。ホレ、割れなくてよかったな」

「あっ、それ、プラスチックレンズっすから滅多な事で割れないっすよ。あざっす、あざっす――あっれぇ? ここ、ネストのどこっすか?」

 眼鏡をかけてヤマダが辺りを見回した。

 ツクシが首を捻って、

「ヤマさんは、ここまで歩いて来たことを覚えてないのか?」

「えーと、カレラちゃんに誘惑されて――あひゃあ!」

 ゴロウが無言で拳を振りかぶると、ヤマダは悲鳴を上げて身を屈めた。

「おい、ゴロウ、もういいんじゃないか?」

 首を捻ったままツクシがいった。

「そうかァ? 俺ァ、ヤマがまだ寝ボケているように見えるぜ?」

 背を丸めたゴロウがヤマダの顔を凝視した。

 大通路へ視線を送ったヤマダが、

「だっ、大丈夫っす、もう大丈夫っすよ、ゴロウさん。とにかく、カレラちゃんに『あなたは趣味じゃないけれど、催眠にかかったものはもう仕方ないので、ついて来てください』っていわれたところまで、覚えて――あっ、また、ねずみだ。ワーラットっす。カレラちゃんと何か喋ってるのかな?」

「――クソッ。嫌な予感がするぜ」

 ツクシは呻いた。カレラは大通路の奥から向こうから走ってきたワーラットと何か会話を交わしている。そのワーラットは硬革鎧ハード・レザーとヘッド・ギアのような形の硬革帽子で身を固め槍で武装していた。「うん、うん」と頷きながら、耳を寄せてワーラットの話を聞いていたカレラが大通路の北へ向かって走っていった。「チュチュウ」と鳴きながら、そのワーラットもカレラを追ってゆく。

「あっ、おい、ちょっと待て、行くな、カレラ!」

 ゴロウは飛び出して呼び止めたが、カレラは振り返らずに、そのまま女の子走りで走っていった。

 歩幅が異常に長いので頼りない走り方でもかなり速い。

「ああ、おい、ゴロウ。この兵隊さんたちにも目覚ましをカマしてやれ」

 ツクシが二人の兵士の頬を両手でつまんでつれてきた。この二人は下りエレベーター・キャンプで夜警にあたっていたゴードン兵長とロッシ一等兵だった。

「あァもう、面倒だなァ――」

 ゴロウが走って戻ってきた。

「ゴロウ、焦らなくてもあの女の子の――カレラの行き先はわかるんだろ?」

 ツクシは兵士たちの頬を引っ張ったままだ。

「ツクシ、焦る必要があるんだよォ。くっそ、エミールとカレラを、今ここで会わせるわけにはいかねえんだ!」

「ぎゃあっ!」

「ぐあっ!」

 ゴロウの拳骨が二人の兵士を立て続けにブン殴ると、大の男の身体が宙へ軽々とぶっ飛んで落下した。二人とも路面に大の字だ。呻き声を上げているのでかろうじて死んでないように見える。ヤマダが爆弾のようなゴロウの拳骨力を目の当たりにして一息に青ざめた。

「――これで良しだな。ゴロウ、あの女の子を追うか?」

 ツクシが頷いて歩きだした。

「ああよォ、ツクシ」

 頷いたゴロウがツクシを追う。

「おっ、追うんすか?」

 そういいつつも、ヤマダもツクシとゴロウを追った。

 ゴードン兵長とロッシ一等兵は、路面に尻を落ち着けたまま、しばらく顔を見合わせていたが、三人の男たちを追うことに決めて立ち上がった――。


 §


 元貴族令嬢カレラ・エウタナシオは、ワーラット族の伝令兵モイモイ・アップル・タルタルソウスと一緒に、ネストの大通路を北へ走っている。今宵、危険を承知で下僕しもべを伴って『勧誘』へ出かけると決めたのは、このカレラ本人だ。カレラを苛む血への渇きは日を追うごとに強くなって、もう自分で制御しきれない。

 ご主人様は良い良いといっているけれど――。

 カレラは走りながらうつむいた。

 日中、脱力して無抵抗になる肉体からだを、しつこく弄びつつ、「おぬしには強い『魔の芽』がある」といって、カレラの主人は笑っていた。その行為は背徳であると知っている。カレラは知っているのだが主人の言葉を聞いて胸が震えるほど嬉しくなった。カレラは嫌がる素振りを見せていたが、しかし、それが闇の導きであっても、自分が必要とされることに、自分の立ち居地があることに、心も肉体も随喜した。

 このカレラという少女の劣等感を煽る要素は多い。

 没落貴族の娘。

 仕事を失い酒びたりになった父親に対して何もできなかった無力さ。

 母親を苦労させているうちに亡くした後悔。

 エリファウス神学学会の中退者。

 貴族階級を追放されても、エリファウス聖教会の布教師アルケミストとして成功した優秀な兄エミール・エウタナシオへの引け目。

 家政婦として勤めていたダッシュウッド侯爵の屋敷で、ダッシュウッド侯爵の長男テオドールに、労働者としてではなく慰みものとして扱われた屈辱。

 一方的に繰り返されていた情事を嗅ぎつけたダッシュウッド侯爵の次男フランクと、彼の悪い仲間に脅されて、屋敷の外に連れ出されたカレラは、精神も肉体も徹底的に痛めつけられ――。

 今の主人は地下道に捨てられ瀕死になっていたカレラを拾って助けた。元々、カレラのなかには幾層にも闇が沈殿していた。カレラの主人はその闇をすべて解き放つ。血を失う代わりに注ぎ込まれる魔導の力は、すぐカレラの肉体へ定着した。主人が驚くほど短い期間で捕食される側から捕食する側にカレラは変わる。

 カレラはもはやひとではない。

 魔の眷属、吸血鬼の家政婦ヴァンパイア・メイドのカレラ・エウタナシオである。


 §


「へえ、これなら、俺にも見えるぜ」

 ツクシがいった。

「ツクシさん、自分にもはっきり見えるっすよ。ゴードンさんとロッシさんは?」

 ヤマダが二人の特別銃歩兵に話を振った。

「見える」

「見えるっス」

 ゴードン兵長とロッシ一等兵が頷いた。

「ああよォ、素人にも見えちまうのかよォ。カレラは移動に魔導の胎動の効力オーラを使ってるな。この力は吸血貴族ヴァンパイア・ノーブル並みか、それ以上だぜ。こりゃあ、本当に参ったなァ――」

 ゴロウは困り顔だ。

 大通路にあるひずみ――魔の眷属が移動した痕跡が全員に見えている。

「ゴロウ、あの吸血鬼の女の子――カレラをどうするつもりだ?」

 ツクシがゴロウの困り顔へ目を向けた。ネストの闇を駈ける少女を追う五人の男たちは急いでいない。大通路の先の遠くから、チュウチュウと何やらねずみの騒ぐ声が聞こえている。カレラは騒ぎが起こっている現場に駆けつけたのだろう、ツクシたちはそう判断した。居場所がわかっているなら特別急ぐ必要もない。

 急いで駆けつけたところで何をどうすればよいのかという話でもある。

「どうもこうもねえよ。吸血鬼を狩る武装布教師どもが来てるんだ。カレラをここからどうにかして逃がすだけだろォ」

 ゴロウが唸った。

「ネストから逃がすといっても、出口はひとつだけっすよ。ゴロウさんに何か計画はあるんすか?」

 ヤマダが訊くと、

「あァ、それなんだよ、ヤマ。どうするかなァ。ちょっと手がねえんだよな。困ったよなァ――」

 ゴロウはがっくりうなだれた。

「な、何も考えてなかったんすか!」

 ヤマダの声も身体も震えている。

「あ、ああよォ――とにかく、すぐ逃げろと説得するしかねえだろうなァ。あのカレラってのは俺の古い友達ダチの妹なんだよ。俺のいうことなら一応聞いてくれる――かも知れねえだろ。ただ、吸血鬼がネストに拘る必要は全然ない筈なんだよなァ。大体、吸血鬼が何でこんな場所にいるんだ? たいてい、吸血鬼ってのは北部の村や都市でひっそり暮らしてるモンなんだがなァ――」

 ゴロウの声が弱々しい。

「だが、ゴロウ。ここなら吸血鬼が嫌う陽の光は届かん」

 ゴードン兵長が水筒を手にとった。

「それに、ネストならひとの目にもつき辛いっス。聖教会の目も届き辛いでしょうし――」

 ロッシ一等兵が水筒からぐびりとやるゴードン兵長を呆れ顔で眺めている。

 ツクシもゴードン兵長が喉を鳴らす様を鼻先をヒクヒクさせながら凝視していた。

「うーん。でも、吸血鬼やワーラットはどこからネストへ進入してるんすかね。管理省にある出入口を使ってるとはとても思えないっすよ。穴でも掘ってきたんすか?」

 ヤマダが腕組みをした。

「ああ、ヤマさん、それは案外、当たりかも知れんぜ。あのねずみどもは穴を掘るっていってたよな?」

 ツクシは脇道から出現したワーラットの一団を見やった。

 ワーラットの一団はツクシたちへ視線を返したが、すぐ仲間同士で急かしあって大通路の奥へチュウチュウ走っていった。

「もしかすっと、ワーラット族は、外からネストへ穴を繋げて出入りしてるのか?」

 ゴロウが唸った。

「王都にいるワーラット族は、ネストを棲家にしているんすかね?」

 ヤマダは鼻の先に拳を当てて考え込んでいる。

「ヤマ、それは考え辛いぞ。ワーラット族はそんなに好戦的じゃない。ネストは危険だ。普通に考えればワーラット族はネストを避ける」

 ゴードン兵長は水筒に栓をした。

「ワーラット族が穴を掘っていたら、たまたまネストを掘り当てた、のかも知れないっスねえ――」

 ロッシ一等兵が相槌を打った。

「それはそれで迷惑な話だな。そもそも、ワーラットどもは何が目的で穴を掘るんだ?」

 ツクシが訊いた。

「ワーラット族は穴を掘るのが楽しいらしいんスよ、ツクシさん」

 ロッシ一等兵が応えた。

「ツクシ、ワーラットは放っておくと一日中、穴を掘るんだ。公国のドワーフどもは昔からワーラット族と親交がある。坑道掘り専門家のワーラット族をドワーフどもは重宝しているらしいな」

 ゴードン兵長が補足説明した。

「そうなると、ワーラットはねずみというより土竜もぐらなんだな。見たところ、ワーラットは組織的に動いているようだぜ。ワーラット族にもナントカ組があるのか? 土建屋みたいな感じの――」

 ツクシが自分を追い越したワーラットを見送った。駄弁りながらダラダラ歩くツクシたちをチュウチュウと追い越すワーラットたちは、すべて大通路の奥を目指しているようだ。

「あァ、ツクシ。一応は『ラット・ヒューマナ王国』っていうワーラット族の国家があるらしい。夕べにもいったけどよォ、何しろワーラットは地下で暮らしている奴らだからなァ。普段は地上で生活している俺たちヒト族とワーラットは係わり合いが薄いんだよ――とかいってるうちに随分とワーラットの数が増えてきたな。ネストに何人のワーラット族がいるんだ。どうなってんだよォ、こりゃあ――」

 ゴロウは呆れ顔だ。脇道から出てくるワーラットがどんどん増える。たいていのワーラットは武装していた。これはねずみの軍隊である。

「あっ、黒マントもいるっすよ!」

 ヤマダは先の脇道から飛び出てきた黒マント姿を指さした。

 ツクシは黒マントがワーラットたちと会話している(会話らしい動きをしている)のを見て、

「チュウチュウいっているが、あれと言葉が通じるのかよ?」

「虎魂のペンダントを持っているなら通じると思うぜ。会話ができない相手じゃないんだろォ、たぶんだけどよォ――」

 ゴロウはそう応えたが自信がなさそうだった。

「うーん、ゴードンさん、ロッシさん。エレベーター・キャンプへ戻って、報告しなくていいんすか。かなり大事おおごとみたいっすよ」

 ヤマダが苦笑いでいった。

「ヤマ、ネスト制圧軍団が相手にしているのは異形種ヴァリアントだ。吸血鬼ヴァンパイアやワーラットの相手はしない。実際、俺たちがあいつらに攻撃されたことは一度もないからな。少なくともあの吸血鬼――カレラは俺たちに対しての敵意がなかった。夢のなかで俺は彼女と話をした。『誰にでも吸血鬼の適正があるわけじゃない』だとか、『下僕しもべならいつでもひとに戻れる』だとか、『嫌ならいつでも帰れる』だとか、どうのこうのと色々とだ。まあ、黙って基地から兵士をつれだすのは感心しないが――」

 ゴードン兵長は笑って返した。約束事なんぞはクソ食らえといった調子でネストの戦場を生き抜いてきたゴードン兵長は柔軟な考えの持ち主のようである。

「いい子だったスよ、カレラちゃん。眼鏡でちょっと地味だけど可愛いかったし。それに、ヤマさん。俺たちだけでエレベーター・キャンプに戻りたくても、帰り道がわからないっス」

 ロッシ一等兵も笑った。

「眠ったまま歩いてきたからな。異形種ヴァリアントは今のところ魔導式を使わない。ネストの兵士は対魔導式戦闘に不慣れだ。今回はまんまとあの子に――カレラにしてやられた――」

 苦笑いのゴードン兵長が役に立たなかった導式ヘルメットへ手をやった。ゴロウからブン殴られたとき、面当て部分についた導式レンズが割れて、使い物にならなくなったシロモノである。

「ねずみどもは何かをやらかしそうな気配だぜ」

 ツクシが低い声でいった。

「ワーラットは、今から何と戦うつもりなんすかね――」

 ヤマダが誰に訊くわけでもなくそういったところで、ワーラットたちのチュウチュウという喧騒に銃の発砲音が交じった。

 大通路の突き当たりの左で戦闘が始まっている。

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