英雄の起源
海水木葉
第1話 プロローグ(アリアハン城にて)
ネクロゴンド大陸の中央部で、大地が割れ、闇の中より魔王が現れた。魔物達が凶暴化し、数え切れぬ人々が犠牲となり、多くの村が魔物の襲撃にあって壊滅した。事態を重く見た各国首脳は討伐隊を編成し魔王の居城に攻め入ったが、そのいずれもが失敗に終わった。
軍隊というものは無尽蔵に血税を貪るものと考えていたアリアハン王には、それまで必要最低限の兵しかおらず、魔王討伐に向かわせる戦力も持たなかった。
魔王討伐に即席で未熟な兵士を派遣するのは兵糧や戦力的観点から見ても、望ましくないと考えたアリアハン王は、友人であり、国の英雄であるオルテガという男に魔王討伐を打診し、オルテガはこれを承諾した。
オルテガは王命を受けたその日から準備を始め、数日で荷物をまとめると、妻と子を残し、魔王討伐に向かった。
オルテガがアリアハンを発って数年の後、アリアハンにオルテガ死亡の報がもたらされた。魔王の居城に侵入するため、オルテガは火山を越えようとしていたが、飛来した魔物と相打ち、共に火山の中に落ちていったという。オルテガほどの英雄をもってしても、魔王に剣を突き立てる事すら叶わなかったのである。
アリアハンの人々は絶望に沈み、兵士達は恐怖に慄いた。日に日に凶暴さを増す魔物達に怯える人々にとって、アリアハンの勇者オルテガは魔王打倒の唯一の希望であったのだ。
それは王にとっても同じであった。だが、英明なるアリアハン王は自身が悲嘆にくれるより先に、オルテガの妻を謁見の間に呼び、自らの言葉でオルテガの死を語った。それが、友であったオルテガに自分がしてやれる唯一の事だと、王は知っていたからだった。
オルテガの妻は、連れていたオルテガの息子を胸に抱いたまま、蒼白な顔で王の話を聞いていた。しかし、決して彼女は取り乱す事もなく、最後まで話を聞き終えた。
最後に、アリアハン王が沈痛な面持ちでオルテガの妻に謝罪をすると、オルテガの妻は言った。
王様、謝らないで下さい。あの人が旅に出ると決めた時に、私も覚悟はできておりました。あの人は自らその道を選んだのです。こうなる覚悟はあの人にもあった筈です。
何という気丈な奥方だろうか、とアリアハン王は驚き感心した。そしてその強さにあてられたのか、王は大きなため息をつき、呟くように言った。
しかし、オルテガほどの男ですら魔王に勝てぬとは、一体どうしたらよいのか。
アリアハン王が弱音を吐くのも無理からぬことである。魔王が出現して数年が経ち、各国で魔物が凶暴化し、街が滅ぶ話をいくつも聞いている。それがアリアハンに明日起こらぬとも限らないのだ。民を守るのが王たる自分の責務と心していた王にとって、英雄オルテガの喪失はあまりに大きな痛手だったのだ。
すると、王の心を察するようにオルテガの妻は言った。
まだ、この子がおります、王様。オルテガの息子がここに。
オルテガの妻は胸に抱く子供を示して言った。
アリアハン王は悲痛な面持ちで、息子を抱く母を見た。
一体何を申されるのか、奥方。わしは貴女の夫を死地に向かわせ、一人火山で討ち死にさせてしまったのだぞ。今また、夫を失った貴女から息子まで奪えと申すのか。
オルテガの妻はそんな王の言葉に目を伏せ、思慮深く、自らの懐の息子を見ながら言った。
おそれながら王様、この子はオルテガの息子です。あのオルテガの息子なのです。
そう言いながら、母は涙を流していた。
王様やこの国の人々が、そして母である私が何を望んだとて、息子を止められる筈がありません。あの日の夫を、私が止められなかったのと同じように。
アリアハン王は、オルテガの妻の絞り出すような言葉に、奥歯を噛みしめて目を伏せた。
オルテガの息子が、父から何の資質をも受け継いでいなければ良いが、もしその一端でも受け継いでいたならば、それは最早、何者にも止められるものではあるまい。いや、止められたとしても、自分にそれを止める資格がある筈もない。
誉れ高き名君アリアハン王は、再びオルテガの妻にすまない、と言い、謁見の間を後にした。
これより後、世界を救う英雄、ロトの伝説は始まる事となるのだが、今更語りつくされた伝説は語るまい。今より語るのはロトの伝説の裏にあったもう一つの物語。名声も栄達も何一つ得られなかった男の物語を今語ろう。
とはいえ、そもそも伝説にすらならぬ男の話であるから、彼を知る5人の証言者の物語をつなぎ合わせただけに過ぎず、その中には多分に創作も含まれるものと思われる。
だが、歴史を学ぶ上で重要なのが年号や呼び名ではなく、その内容と解釈であるように、この物語の正当性よりも、その意味する所を斟酌して頂ければ幸いである。
それでは物語を始めよう。
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