261:カエリア
柊也の構えるM4カービンが咆哮し、銃弾がドームの入口へと次々に飛び込むと、通路の突き当りに衝突して耳障りな音を奏でる。暫くそのままの状態で入口に佇んでいると、通路の突き当りから2体の蟻が顔を覗かせた。
2体の蟻は入口に佇む柊也の姿を認めると、侵入を阻止すべく押し寄せてきたが、セレーネが放った2発の銃弾を頭に受け、通路の半ばで絶命する。柊也は再びフルオートで通路の中に銃弾をばら撒き、反響音を聞きながら中の様子を窺うが、新たな蟻は姿を現さなかった。柊也は振り返って、ボクサーの上で周囲を警戒するシモンに尋ねる。
「…周囲の様子はどうだ?」
「大丈夫だ、新たな蟻が出て来る様子はない」
辺り一面死骸が転がり、鼻が馬鹿になったシモンが、それでも視覚と聴覚を駆使して結論を出す。柊也の肩にしがみ付いた赤蜥蜴が、前足で目を擦りながら答える。
『ドーム内の生体反応は、およそ300。その半数は動きが乏しく、幼体や老体と推定されます』
「入口まで
サラの答えに柊也は頷き、決断する。
「シモン、セレーネ、そろそろ行こうか。カエリアに接触して、決着をつけよう」
「ああ」
「はい、わかりました!」
柊也の言葉に、シモンはボクサーから飛び降り、セレーネが立ち上がりながらにこやかに答える。三人は入口の中へと入って行った。
一行は先行する赤蜥蜴を追う形で、シモンが前を固め、後方をセレーネが警戒しながら慎重に通路を進んで行く。通路の中は他のシステムと同様、金属めいた材質で覆われ、無機質な直線で形成されている。その所々に蟻の排泄物と思しき土の様な塊が積み上がっていたが、全体として通路は整然としており、ドームに巣食う蟻達が内部を清潔に扱っている様子が窺えた。
時折、脇道から蟻が顔を覗かせるが、シモンの乱射とセレーネのヘッドショットによって瞬く間に駆逐されていく。一行は気が緩められないものの、さしたる危険もなしに順調にメインシステムに向かって足を運んで行った。
「…女王蟻に、近づいてきましたかね?」
やがて、周囲の変化を敏感に感じ取ったセレーネが呟く。入口付近では金属質に覆われていた壁や天井に、粘着質な糸がへばり付き、奥に進むほど廃屋に垂れ下がるカーテンや蜘蛛の巣の様相を呈してきた。脇道の奥には、部屋の中の蜘蛛の巣にからめとられたように宙に浮く蛹や、床を這う幼虫の姿が垣間見える。柊也は部屋の中で幼虫や卵を介助する蟻を無視し、襲い掛かって来る蟻だけに銃撃を続けながら、セレーネに答えた。
「これは恐らく、メインシステムに女王蟻が巣食っているんじゃないかな?あそこが一番、卵を産み易そうだ」
「…当たりだな」
柊也の言葉に、シモンが前方から卵を咥えて運んで来た蟻に銃弾を浴びせながら、答えた。
『マスター、間もなくカエリアのメインシステムに到着します』
先行する赤蜥蜴が尻尾を振りながら柊也に答え、一行を引き離すように駆け出して行く。柊也達が脇道から押し寄せる蟻を掃討するのを余所に、赤蜥蜴は一足先にメインフロアへと躍り出た。
「あ」
その後姿を眺めていたセレーネが、直後の光景に思わず声を上げる。メインフロアへと飛び込んだ赤蜥蜴の真上から突然蟻が落ちて来て、そのまま床を蹴って通路から見えなくなったが、残された跡には蜥蜴の姿が見当たらない。セレーネの声に釣られて振り返った柊也が、慌てて声を掛けた。
「おい、サラ!?大丈夫か!?」
『ご心配なく、マスター』
耳元に流れ込む女性の声と共に、メインフロアの入口に赤く光る蜥蜴が再び出現する。
『この姿はナノシステムを活用した、ホログラムです。先ほどはナノシステムを飲み込まれただけですから、ガイドコンソールには何の影響も』
「「「あ」」」
『あ』
メインフロアの真上から2体目の蟻が舞い下り、赤蜥蜴に覆い被さる。やがて蟻が入口の陰へと走り出すと、残された空間から、蜥蜴の姿が掻き消えていた。
その一部始終を見て思わず黙り込んでしまった柊也の胸元に赤い光が灯り、やがて蜥蜴の姿を形作る。
『…残念、それは偽物です』
「いや、明らかに本物だったろ」
『マスター、今確認された通り、メインフロアの上部に無数の蟻が張り付いております。ご注意下さい』
ツッコミを無視したサラの報告に、柊也は少しの間逡巡し、やがてサラに尋ねる。
「サラ、メインシステムは破片手榴弾の爆発に耐えられるか?」
『問題ございません』
「じゃあ、その手で行くか」
言うや否や、柊也は手にしたM67破片手榴弾のピンを引き抜くと、メインフロアに放り込み、シモン達を引き連れて物陰に隠れる。数秒の後メインフロアの中で大きな爆発が起き、蟻と思しき複数の物体の軋みの音を聞いた柊也は続けて二度、M67破片手榴弾をメインフロアに放り込んだ。
「俺が先頭で突入し、上を掃射する。左右は任せる」
「了解!」
「はい!」
都合三度の爆発音を聞きながら柊也が二人に指示し、三人は柊也、シモン、セレーネの順でメインフロアに突入する。飛び込みざま、柊也は体を反転させて仰向けになり、上方の壁に貼り付く蟻達に向けてフルオートで乱射すると、舞茸の菌糸と蟻の粘液に絡まってぶら下がる蛹や幼虫、成虫の体に次々と穴が空き、おぞましい体液が宙に撒き散らされる。
「ふえぇぇぇぇぇん!気持ち悪いよぉぉぉ!」
続けて飛び込んだシモンが柊也の右側を固めて周囲に銃を乱射し、セレーネが涙目になりながら柊也の左側に片膝をつき、成虫だけを選んでヘッドショットを決めていく。
上空と左右にばら撒かれる致死性の凶弾の前に、蟻達は為す術もなく身を砕かれ、絶命していった。
「…」
蟻達にとって破滅的な狂騒曲が鳴り止み、メインフロアの中に束の間の静寂が訪れる。三人は互いに受け持った方向を注意深く観察していたが、やがて柊也が大きく息を吐き、身を起こした。
「ふう…ああ、きったねぇ」
彼は自分の服に染みついた粘りっこい体液に顔を顰め、濡れタオルを取り出して二人に放り投げる。
「シモン、セレーネ。ほら、これで顔を拭きな」
「ありがとうございます、トウヤさん。うぅぅ…」
「ありがと…で、コイツはどうする?」
「ああ…」
セレーネが心底嫌そうな顔で体にこびり付いた体液を拭う中、シモンがタオル越しに頭を掻きながら、親指を左に向ける。
シモンの親指の先には、巨大な女王蟻が横たわっていた。その大きさは5mほど。そのほとんどが白く肥大した腹部で構成され、胸部と頭部はその腹部からおまけの様に生えており、自力で移動する事さえもできない。
周囲に破裂した卵が散らばり、揺籠の様に張り巡らされた糸の中に鎮座する女王蟻は、文字通り虫の息だった。その巨大な腹部には手榴弾の破片が突き刺さり、大きく破けて内臓が飛び出している。3対6本の脚も右側は全て千切れ飛び、頭部も右側が失われていた。柊也は、目の前で死から逃れようと三人から顔を背け、残された3本の脚で方向転換しようと藻掻く女王蟻の姿に痛まし気な表情を浮かべるが、開いた口から飛び出した言葉は、表情に反するものだった。
「無駄に苦しませてもしょうがない。楽にしてやれ」
「わかった」
柊也の言葉に、シモンが銃口を女王蟻へと向け、少しの間死の狂騒曲が鳴り響いた。
戦いが終わり、シモンとセレーネが警戒を続けながらも一休憩する中、柊也は壁際へと歩み寄り、菌糸を掻き分けてコンソールパネルを探し出す。胸元に張り付いていた赤蜥蜴が柊也から離れ、スキャンシートの上に飛び降りると欠伸をするように口を開いた。
『システム・カエリアの被害状況を調査し、ワクチンを作成いたします。2,400秒ほどお待ちいただけますでしょうか』
「わかった。よろしく頼む」
柊也の言葉に赤蜥蜴は首を伸ばし、スキャンシートに根を下ろした菌糸にかぶり付く。
『…毒性はなく、食用にも適しております。調理方法は、バターソテーを推奨します』
「そんな情報、要らないから」
「…こりゃ、マズいな。酒が欲しくなる」
『お待たせしました、マスター。ワクチンの作成が完了しました。これよりシステム・ロザリア、並びにシステム・カエリアへインプットします』
フロアの中央で椅子に腰を下ろし、ガスコンロに置かれたフライパンを仲良く突いていた柊也達の許にサラの声が聞こえ、柊也がフォークを咥えたまま後ろを向くと、赤蜥蜴がスキャンシートに首を突っ込んでいた。蜥蜴はやがて顔を上げ、水を飲む様な表情で、近寄って来た柊也に報告する。
『システム・カエリアの総スキャン、並びに侵食箇所の隔離に成功。駆除作業は継続中ですが、マスターのユーザ登録、及び管理者就任手続きは支障なく行えます』
「ありがとう、サラ」
柊也は礼を言い、脇に避けたサラと入れ違う形で、スキャンシートに左掌を載せる。粘糸と菌糸に塗れた円筒の壁が輝き、赤青黄緑の光が縦横無尽に走り出す。やがて白い光の点が前方の壁へと集約し、粘糸のカーテンの向こうで瞬き、第四の女性の声が聞こえて来た。
『――― 遺伝子情報適合。有資格者を確認。初めまして、システム・カエリアにようこそ。ユーザ登録を開始します』
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