217:南部の抵抗(3)

 コルネリウス率いる100名の混成部隊は、石造りの建物の連なる通りを南へと駆け抜けていた。両脇に整然と並ぶ建物に破壊の跡は見られず、辺りには静けささえ漂い、コルネリウス達の石畳を蹴る音だけが鳴り響いている。だが、その静けさの中に安らぎはなく、代わりに冷たい死の臭いが紛れ込んでいた。


「…ハヌマーンどもめ…」


 周囲の様相を見たコルネリウスが、歯ぎしりをしながら呪詛の声を上げる。白を基調とした石畳と石造りの建物。そのあちらこちらに人々の死体が転がり、まるで踏み潰された絵の具のチューブの様に、白のキャンパスに赤い絵の具を飛び散らせていた。一行は沈痛な面持ちを浮かべ、心の中で人々の冥福を祈りながら、立ち止まる事なくキャンパスの中を南へと突き進む。


「□$%% 〇× ▽\&&△◇!」

「ハヌマーンどもめ!地獄に落ちろ!」


 時折、左右の路地から少数のハヌマーンが現れ、一行の姿を認めて襲い掛かって来るが、兵達は臆することなく、ハヌマーンへと立ち向かっていく。彼らは大将軍だったコルネリウスの手勢だけあって練度が高く、散発的ながらも次々に現れるハヌマーンにも怯むことなく、ほとんど損害も出さずに一頭また一頭と斬り伏せていった。




 やがて、両脇に並ぶ建物が疎らになり、一行の目の前が開けてくる。辺りに平屋の木造の建物が現れ、石畳の道も潰えた先に、木の塀に囲われた広い敷地が見えてきた。南部兵団駐屯地。だがコルネリウスは、その木の塀にびっしりとへばり付く茶色の影を認め、呻き声を上げる。


「何という事だ!もうこんな所まで…!」

「×□$%&& 〇△$++ □□#△〇 \〇!」

「$&&□ △+% 〇#@\!」

「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 駐屯地は、2,000ほどのハヌマーン達に襲い掛かられていた。幸い未だ塀は破られておらず、兵団は内側から矢や魔法を放って応戦している。だが、元々籠城を目的とした塀ではなく、数少ない物見櫓からの射撃と、塀越しの山なりの弓撃ちに終始し、目だった効果が上がっていない。


 そして、塀に張り付いたハヌマーン達の後ろには2頭のロックドラゴンが居座り、前方に立ち塞がるハヌマーンと駐屯地をじっと眺めていた。


「ミカ!起きてくれ!槍を頼む!」

「…んぁ?…」


 コルネリウス達がロックドラゴンの後方へ回り込むように駆け寄る中、オズワルドが腕を揺すり、美香を起こす。未だ寝ぼけ眼の美香に、オズワルドが追加情報を齎した。


「ハヌマーン約2,000、ロックドラゴンが2頭だ!ミカ、すまないが、ロックドラゴンを潰してくれ!」

「…ロック…ドラゴン…?」


 二度目の呼び掛けにも美香は要領を得ない答えを返すが、オズワルドの視線の先を追った美香の目の焦点が次第に合ってくる。美香は、絶えず走り回り、上下左右に揺れる視界でロックドラゴンの姿を捉えたまま、口を開いた。


「…オズワルドさん、ごめんなさい。これで、打ち止めで」

「ああ、構わない!後はゆっくり休んでくれ!」

「コルネリウス様!槍の反動がヤバい!アンタ達は此処に居てくれ!其処のアンタ、得物を交換しておくれ!」


 美香を抱えたままのオズワルドとレティシアが一行から飛び出し、ゲルダがコルネリウス達を押し留める。ゲルダは、コルネリウスの隣に居た兵士にヴィルヘルムを押し付け、その兵士の持つハルバードを奪い取ると、コルネリウスが口を開くのを待たず、一行を置き去りにしてオズワルド達の後を追った。


「オズワルドさん、一撃で行きます。射点をロックドラゴンの斜め後方に」

「わかった!」


 オズワルドが美香の指示に従い、射点の調整に入る。塀から離れていたハヌマーンの一部がオズワルド達の動きに気付き、反転して押し寄せて来た。


「汝に命ずる。礫を束ねて岩となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」

「オズワルド、露払いは任せな!」


 レティシアがロックバレットを放ち、先頭のハヌマーンがもんどりを打って倒れる。ゲルダがオズワルドの前に立ちはだかり、ハルバードを構えた。




 ――― そして、コルネリウス・フォン・レンバッハとヴィルヘルム・フォン・アンスバッハ、100名の兵達は、その光景を目にする。




「汝に命ずる。大地より鉄を吸い上げ、灼熱を抱いて鋼の錘を成せ。錘は長さ4.5m、底の直径1.5mとし、その数は4。我の前方10m、高さ1.5m、幅20mの間に等間隔で横列を成し、各々が青炎を纏いて我に従え」


 コルネリウス達に背を向けて仁王立ちする、一人の大柄な男。その腕に抱かれた少女の声に導かれ、男の周囲から黒い靄が立ち昇った。男の前方に湧き上がる靄は、やがて4つの渦を巻き始め、時折橙色に輝きながら次第に巨大な槍を形作る。黒と橙の斑模様に輝く禍々しい槍は、青炎と白煙を噴き上げ、凶悪な尖端を、口を開けて岩塊を撒き上げ始めたロックドラゴンへと向ける。


「×□〇 &%%△!?」

「□〇@% △▽%〇# \\〇%〇× ◇$!」

「通すわけが、ないだろぉっ!」


 突如出現した巨大な黒槍を前にして、押し寄せて来たハヌマーンの多くが立ち竦む中、数頭のハヌマーンが果敢にも燃えさかる黒槍の間を縫って、男の腕に抱かれた少女へと襲い掛かろうとする。そのハヌマーン達の前に一人の虎獣人が立ちはだかり、手にしたハルバードを軽々と振り回し、複数のハヌマーンを纏めて両断した。ハヌマーンの血が黒槍に降り注ぎ、新たな白い煙が立ち昇る中、少女の詠唱が続く。


「汝に命ずる。礫を束ねて直径10cmの岩を成せ。その数、200。我の前方5m、高さ1.5mに、幅100mで等間隔に並び、炎を纏いて我に従え」


 少女の声に導かれ、地面から複数の礫が空中へと舞い上がる。礫は噴水のように地上から湧き上がると渦を巻き、やがて拳大の塊へと成長する。石の塊は男の前に間断なく並び、炎を纏わせながら次第に橙色へと輝きを増し、それを見たハヌマーン達が慌てて背を向け、同胞の許へと駆け戻っていく。


「汝に命ずる。石を纏いて大いなる巌を成し、彼の者の前にそびえ立て」

「ゲルダ、下がれ!」

「あいよぉっ!」


 男の背後に佇む金髪の少女の声と共に男の前にストーンウォールがそそり立ち、男の指示に獣人が応えながら、ハルバードを逆手に持った腕を大きく振りかぶり、力一杯振り下ろす。獣人の放ったハルバードは背中を向けた一頭のハヌマーンに突き刺さり、その剛腕は胸を突き破って地面へと突き立ち、ハヌマーンは標本のように地面に縫い付けられた。


 そして、獣人が男の背後へと回り、金髪の少女に覆い被さって蹲ると同時に、少女の詠唱が完結する。


「――― 錘、前方12時、礫、11時方向。全弾、音速で水平斉射。彼の者を穿ち、食い破れ」


 途端、四人の前に無数の白い壁が出現し、四人の脇を通り過ぎて、轟音とともにコルネリウス達に襲い掛かって来た。




「ぐおおおおお!」

「わあああああ!」


 突然の襲撃にコルネリウスは両腕を顔の前で交差して歯を食いしばり、前方から容赦なく吹き付け、体に叩きつけられる風と音に堪える。背後に並ぶ兵達の中には咄嗟の事に対応できず、尻餅をつく者も続出した。一行は、突然吹き荒れた突風に身を寄せ合い、ひたすら嵐が治まるのを待ち続ける。


 やがて一瞬とも永遠とも思えた嵐が治まり、一行が恐る恐る顔を上げると、目の前に広がる光景が一変していた。


 四人の前に横たわっていた、4本の巨大な黒槍と燃えさかる無数の岩。その全てが消え失せていた。


 四人の前方、駐屯地に向けてブレスを吐こうとしていた2頭のロックドラゴン。そのうち手前側に居た1頭は仰向けになり、黒煙を噴き上げながら、無防備な腹を空中へと曝け出していた。そのロックドラゴンの横腹からは、2本、前方を向いていたはずの黒槍の凶悪な尖端がこちら側に顔を覗かせており、ロックドラゴンの体内から炎を噴き上げている。


 奥側のロックドラゴンには、後ろ足の付け根に1本の黒槍が深々と突き刺さり、体の中から煙と炎を噴き上げながら、のたうち回っている。そして、そのロックドラゴンの後ろには一本の溝が一直線に刻まれており、その直線上の家屋は全て倒壊し、遥か向こうの地平沿いを横切る街壁に1本の黒槍が突き立ち、煙を噴き上げていた。


 ロックドラゴンの左に目を向けると、駐屯地の塀に張り付いていたハヌマーン達が、塀にへばり付くようにして倒れ込み、その背中には灼熱の岩がのめり込んで、溢れ出る血が沸騰し炎を噴き上げている。そして、後方の同胞と前方の塀の間に押し潰されたハヌマーン達が呻き声を上げ、後方から燃え移った炎に撒かれ、苦悶と絶望に顔を歪めている。


 やがて、ロックドラゴンと塀にへばり付いたハヌマーン達の全身に炎が回り、辺り一面に煙と肉の焼け焦げる臭いが充満するさまを、コルネリウス達と物見櫓に居る兵達が、呆然と眺めていた。

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