196:三姉妹

「…ロザリア様に逢うって…」

「シュウヤ殿、それはどういう意味ですの!?」


 あまりにも浮世離れした発言に、美香よりレティシアの方が前のめりになり、柊也に詰め寄る。


 神話に語られる三姉妹。この世界の人族、獣人、エルフであれば子供でも知っている、この世界を作り上げた、始まりの三人。だが、彼女達は人々の目に映る存在ではなく、ロザリア教が管理する少数の聖遺物を介し「素質」という形で間接的にしか接する事ができない、空気の様に見えないものと考えられていた。だが、レティシアの問いに柊也は首を振る。


「レティシア様、三姉妹は、実在します。ただ、この世界の人々には、耳を傾けないのです」

「…え…?」


 柊也の言葉の意味が理解できず、今度はレティシアが呆然とする。オズワルドとゲルダも理解が及ばず、呆けた様な表情を浮かべる中、柊也が宙を向いて口を開く。


「シルフ、ノーム。俺の前で自己紹介をしてくれ」

『『はい、マイ・マスター』』


 車中の何もない空間から二人の女性の声が響き渡り、美香達は驚いて車中を見渡し、身構える。すると、柊也の視線の先に黄色い光が、柊也の膝の上に緑の光が現れ、やがて光は妖精と小人の様な姿を形作った。


『私は、システム・サーリアのガイドコンソール・シルフと申します』

『システム・エミリアのガイドコンソール・ノームです。マスター、よろしくお願いいたします』


 空中に現れたシルフはスカートの端を摘まみながら頭を下げ、膝の上のノームは右腕の腹の前に当ててお辞儀をする。その姿を四人があんぐりと口を開けて呆然と見つめる中、柊也は左手を上げて答えた。


「ありがとう、シルフ、ノーム。下がっていいぞ」

『『はい、それでは、失礼します』』


 柊也の応えを受け、シルフとノームはもう一度深く一礼すると空中に溶け込む様に消え、車内が静かになる。目の前で繰り広げられた光景に、四人は口を開けたまま暫く動かず、やがてそのままお互いの表情を見た。


「今のが、サーリアとエミリアのリモコンと言うか、分身と言うか、まあ、実在する彼女達の姿だ。今の俺は、サーリアとエミリアの『管理者』という地位に就いている」

「「「…」」」

「古城、お前なら今の光景を見て、何か思い当たるふしがあるんじゃないか?」

「ミカ?」


 柊也に話を振られ、レティシア達三人とシモンから一斉に目を向けられた美香は、それでも少しの間口を開いたままだったが、やがてゆっくりと唇を動かす。


「…スマート…スピーカー?」

「そうだ」


 美香の答えに柊也は頷き、一同を見渡して説明する。


「音声認識、IoT。俺達の生まれた世界には、そういったサービスが存在していた。シルフやノームの挙動は、こういったサービスと非常に似通っているんだ。…もっとも俺達が居た世界のサービスは、もっと原始的なものだったけどな」




「…つまり、サーリア様とエミリア様は、…その…『すまぁとすぴぃかぁ』や『あいおーてー』なるものの化身、という事でしょうか?」


 レティシアが、この世界で生まれた四人を代表して柊也に尋ねる。レティシアの質問に、柊也は頭を掻きながら答えた。


「…語弊がありますが、一旦その認識で結構です。これは基礎知識がないと、到底理解が追い付かないものですから」

「…」


 柊也の言葉を聞き、シモンを含む現地人四人組は顔を見合わせる。オズワルドとゲルダはすでに頭から湯気が出ているようで、腕を組んだまま、渋い顔をしていた。理解の追い付かない四人を置いてきぼりにして、柊也は美香に顔を向けた。


「それに、サーリアとエミリアの『管理者』に就任するにあたって、俺は遺伝子認証を求められたよ」

「…え、遺伝子…?」


 突然この世界とは全く縁のない言葉が柊也の口から飛び出し、美香が思わず口ずさむ。柊也が頷き、結論を述べた。




「神話の三姉妹にアクセスするには、俺達人類の遺伝子が要る。三姉妹はおそらく、人類が作った、IoTに似た何らかのシステムだ」




「…えっと…『いでんし』とは、一体何ですの?」


 オズワルドとゲルダが匙を投げ、シモンが柊也の左手を取って遊び始める中、レティシアが眉間に皴を寄せながらも懸命に話について来る。柊也は内心でレティシアに感心しつつ、説明した。


「遺伝子とは、いわば生き物の設計図です。人族なら人族、獣人なら獣人、エルフならエルフの遺伝子を、それぞれ体内に持っています。生き物はその遺伝子を元に子を作り、孫を作るのです」

「はぁ…」


 男と女が交われば、子ができる。そんな当たり前の行為に訳の分からない単語が飛び出し、流石のレティシアも生返事を返す。ついに現地人が全員脱落したところで美香が掌の上で拳を打ち鳴らし、得心した様に頷いた。


「…ああ、それで、日本の度量衡が使えるんだ…」

「ん?古城、それ、どういう意味だ?」


 柊也の質問に、美香が意外そうな顔をして答える。思ったより受け答えがしっかりとしているが、怒涛の如く押し寄せる新事実に縋り、先ほどのショックから逃避しているのかも知れない。


「あれ?先輩、気づいてなかったんですか?魔法の詠唱でmとかcmとか、日本の度量衡が使えるんですよ」

「え、そうなの?」

「ええ。…汝に命ずる。直径5cmの火球となり、我に従え。秒速5cmで飛翔し、彼の者を打ち据えよ。…ほら」

「げ、マジか…」


 目の前に現れた小さな火の玉がゆるゆると飛ぶのを見た柊也が目を瞬かせ、美香が苦笑する。


「ええ。おかげで私の魔法、今じゃ単なる数字の羅列です」

「これは気づかなかったなぁ…だが、これはお前も知らないだろ?」

「え?」


 柊也は美香に向かってニヤリと笑うと、シモンに遊ばれていた左手を振りほどき、目の前で目まぐるしく動かす。その途端、


「        ?」

「           !」

「      !       !?」


 突然、周囲から一切の音が消え、絶対的な静寂が車内を支配する。オズワルドとゲルダが慌てて腰を浮かせ、ボクサーが蛇行し始めたのを見た柊也は、急いで「サイレンス」を解除した。


「トウヤさぁん!急に『サイレンス』を発動させないで下さいよぉ!危うく事故るところだったじゃないですかぁ!」

「ス、スマン、セレーネ!悪かった!」


 操縦席からセレーネの叫び声が聞こえ、柊也が頭を下げて詫びる。ゲルダが珍しく狼狽えながら、柊也を詰問した。


「ア、アンタ、何て事を仕出かすんだい!?『サイレンス』を無詠唱で発動させるなんて、勘弁しておくれよ!?」

「悪かったよ、ゲルダさん」

「い、今のは、素質か?」


 平身低頭の柊也に、オズワルドが上ずった声で尋ねる。オズワルドの知る限り、「サイレンス」に相当する素質は発見されていないはずだ。オズワルドの問いに柊也が首を振る。


「いや、今のは魔法だ。俺の居た世界には手話と言って、手の動きで表現する言葉があるんだ。…その手話を使っても、魔法が発動する。これも、魔法を作ったのが俺達人類であるという証拠だ」

「…勘弁してくれ。『サイレンス』を無詠唱だなんて、レジストのしようがない」

「ちなみに、『ブラインド』も撃てるぞ」

「止めろ」


 柊也の言葉に、オズワルドががっくりと項垂れる。回避不能な「ブラインド」「サイレンス」なぞ、悪夢としか思えない。ハーデンブルグの二強をあっさりと戦意喪失させた柊也だったが、その柊也に今度は美香が飛び掛かった。


「ちょっと、先輩!何で魔法が使えるんですか!?確か先輩、ロザリア教の神託で、何も素質が無いと言われたじゃないですか!?」

「そうなのかい、アンタ!?」


 美香の言葉を聞き、オズワルドとゲルダが驚きの声を上げる。ロザリア教が管理する聖遺物を介し、ロザリアから授からない限り、素質や魔法を使いこなせない事は、この世界の常識だった。


 美香の指摘を受けた柊也は、頭を掻き、口をへの字にしながら答える。


「それは、俺にもわからん。ただ、ロザリア教の神託では何の素質も得られなかった事、にも関わらず魔法が使える事は、古城の言う通りだ」

「…ちなみに、どの属性魔法が使えるんですの?」


 レティシアに問われた柊也は、左手指を順に折り曲げながら答える。


「全部だ。地・水・火・風・光・闇。6種類全て使える」

「え、マジで?」

「ああ」


 答えを聞いた美香が思わず素になって聞き返し、柊也が頷く。再び腰を浮かせたゲルダが、思わず呟いた。


「…アンタ、もしかして…魔族なのかい?」


 その途端、シモンがゲルダの前に立ち塞がり、牙を剥き出しにして威嚇する。


「…やるか?」

「い、いや、そんなつもりはないよ。悪かったよ…」


 シモンの剣幕を目の当たりにしたゲルダは、思わず両手を上げて引き下がる。落ち着かなげに腰を下ろすゲルダに、柊也の声が響いた。


「正直な所、その辺りは全くわからないんだ、ゲルダさん。もしかしたら、俺達人類の事をこの世界では魔族と呼んでいるのかも知れないしな」

「でも、先輩。私は同じ人類なのに、素質を授かってますよ?」

「そうなんだよ。そこが意味不明なんだよなぁ…」


 美香の指摘を受けた柊也は、左手を後頭部に回して上を向き、天井を眺めながら大きく息を吐く。そして再び前を向き、美香に対し口を開いた。


「とりあえず、一旦その件は脇に置いておこう。いずれにせよ、魔法が人類の産物である事がほぼ確定したわけだが、何故この世界にそんなものが存在しているのかが、わからない。実はサーリアとエミリアの機能が制限されていてな、真実を聞くためには唯一本稼働しているロザリアに逢って、『管理者』に就任するしかないんだ」

「そういう事ですか…」


 狙いを知った美香が得心し、柊也が神妙に頷く。彼は座席に座り直すと顎に手を当て、考え込む。


「この世界は、情報の伝達が遅い。お前がハーデンブルグから脱出した事がヴェルツブルグに悟られるまでに、1ヶ月はかかるだろう。それまでにヴェルツブルグに潜入し、決着をつけなければな」


 七人の乗ったボクサーは中央軍を振り切り、ヴェルツブルグへと通ずる道を、砂埃を撒き上げながら爆走する。


 日はまだ高く、目的地は遥か彼方。2年半にも渡って音信不通だった二人には、お互い話す事が山ほど残されていた。

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