30:レセナのA級ハンター

 カルスト台地を西進する間、二人は何度もヘルハウンドの襲撃を受けたが、一度も危機に陥る事なく、全て撃退に成功した。


 遮蔽物の少ないカルスト台地は、近接の武器と単発の魔法で固めた通常のハンターにとっては危険地帯であったが、自動小銃を持つ柊也にとっては、奇襲を受ける恐れのない格好の狩場だった。身を隠す物が少ないという点では、柊也とヘルハウンドは同じ条件だったが、ヘルハウンドの放つ火球は単発で精度が低い。一方、自動小銃は連射が利き、しかも身を屈めたり、地面に伏せても射撃する事ができる。さらに、自動小銃の脅威を知らないヘルハウンドは、奇をてらわずに突入してくる。結果、ヘルハウンドは柊也達に近寄る事も出来ず、一方的に鏖殺されるのであった。


 3日ほど経って銃に対する心の整理がついたシモンは、柊也に銃の使い方を請うた。柊也はシモンにM4カービンと予備弾倉を渡し、使い方を教えた。銃の使い捨てが利く柊也と違い、シモンは替えが利かず、そのため弾倉交換も練習する必要がある。この世界の機具に比べると明らかに機構が複雑な銃にシモンは当初四苦八苦していたが、やがて使い方を覚えると柊也に匹敵するほどの射撃手となった。獣人の身体能力の高さを使って銃の反動を力ずくで押さえる事で、集弾率は柊也を凌駕するほどだった。射手が二人になった事で、ヘルハウンドは今まで以上に寿命を短くした。


 10日間稜線を西進すると、台地の終わりとともに木々が鬱蒼と茂り始め、これ以上進めなくなったと判断した二人は、南下してカラディナへと戻った。すでに大分復調したシモンが先導し、索敵を行いながら森の中を進む。草木が生い茂って視界が遮られるようになったため、シモンは銃を捨て、従来の近接スタイルへと戻った。


 幸い魔物と遭遇する事もなく、二人は丸1日かけてカラディナの街道に戻る事ができた。起伏の乏しい草原を歩き続けた事で相当の距離が稼げており、すでにラ・セリエからは200km近く離れている。ここからは、シモンの噂が何処まで広がっているかだけが問題だった。


「しかし、それ、何度見ても信じられないな」


 頭から布をかぶって耳を隠し、灰色の腰巻に尻尾を紛れ込ませたシモンが、柊也の胸元を覗き込んで呟く。柊也の胸元にはエーデルシュタインの時にも利用した義手が吊り下がっており、先ほどまでシモンは何度も義手を突き、偽物である事を確認していた。


 シモンの噂はここまで広がっていたが、幸いラ・セリエで悪魔憑きが現れたという情報に留まり、シモン個人を特定する情報はまだ届いていないようだった。しかし、油断はできない。A級ハンターでしかも銀狼という珍しい種族は、十分に話題性に富む。追加情報が広がる前にさっさとカラディナを走破すべきだった。


 二人は堂々と街道を歩き西に向かったが、エーデルシュタインの時とは異なり宿は使わず、夕方になると二人は道を外れ、森の中で野営をした。なるべく人の目を避けたかったのと、「トイレ」の問題があった。テントの中では胃袋を掴まれたシモンが柊也の食事を繰り返しねだり、柊也もシモンと一緒に元の世界の食事を堪能した。


 結局、二人と追加情報の追いかけっこは二人の勝利に終わり、追加情報はカラディナの半ばで力尽きていた。二人は追加情報がへたばっているうちに距離を稼ぎ、やがてセント=ヌーヴェル王国へと無事に入国した。




 ***


 セント=ヌーヴェル東部の街、レセナ。その領主、ベルナルド・デ・レセナはこの日、レセナのギルドマスターであるサントスから来た報告に驚喜した。ここ8年もの間レセナにいなかったA級ハンターが、レセナに腰を下ろしたというのだ。


 レセナは他の東部の街と同様、ガリエルから国を守る防波堤として発展した街だったが、領主が男爵家という事もあってか人の集まりが悪く、ここ8年間、B級のハンターまでしかいなかった。久しぶりのA級ハンターの逗留に喜んだベルナルドはそのハンターの招聘を希望し、ハンター達の気質を知る執事は、領主の過剰な関与はせっかく下ろした腰を上げる結果に成り兼ねないと諫め、ベルナルドを思い留まらせた。


 後日、領主への報告をする事になるサントスは、その日、この街に流れ着いたハンターとの会談に臨んでいた。流れ者のハンターがいきなりギルドマスターと会話する事は、そう多くない。それでも、職員から、カラディナの正規のA級ハンタータグで間違いないとの報告を受けたサントスは、予定を変更して、そのハンターを招き入れた。


 執務室に入室した女性を見たサントスは、そのあまりの美しさに息を呑む。銀色の耳と長い髪、尻尾を備えた彼女は、容姿だけ見ればハンターギルドより娼館の方が似つかわしいほどだったが、その目は苛烈で、元々の美貌との相乗効果もありサントスは思わず背筋を伸ばしてしまう。彼女は一人ではなく、隻腕の男を連れていた。サントスは二人に席を勧め、自分も席に座った。


「ギルドマスターのサントスだ。ここレセナによく来てくれた。レセナのハンターギルドを代表して歓迎する」

「シモン・ルクレール。カラディナでA級ハンターの認定を受けていた。隣はトウヤ。わざわざ我々に時間を割いていただき、感謝する」

「なんの。ここレセナは常に人手不足でね。君ほどの力を持つハンターが来てくれるのであれば、私の時間など些細なものだ。それで、要件とは?」


 サントスの問いかけに、シモンは笑みを零す。その笑顔に、サントスは一瞬話を忘れて惹き込まれた。


「よかった。どうやら我々の利害は一致しそうだ。しばらくこの街に逗留したいと思っている。流れ者の私だが、少しはこの街の役に立つと思うのでね、よろしく頼みたい」

「…素晴らしい!諸手を上げて歓迎しよう。君の活躍の場は、この街にいくらでもある。ハンターギルドとして、全面的に支援しよう。こちらこそよろしく頼む」


 そう言ってサントスは右手を差し出す。シモンもそれに応じ、二人は握手を交わした。


「ところで、差し支えなければ、何故わざわざこの国に?」


 サントスはシモンに疑問を呈する。レセナにとっては歓迎極まりない事だが、地域によって魔物や細かい流儀の違いといった問題があり、ハンターは基本的にホームグラウンドを変えない。また、既存のハンターとの確執といった問題もある。サントスの質問に対し、シモンは苦笑を返した。


「恥ずかしながら、仲間だった者の奸計に嵌ってね。地元に居られなくなったんだ。A級とも思えない、情けない話さ」

「何と。君ほどの強者を手放すとは、よっぽど頭が悪いか、狭量と見える。ここレセナには、そんな心の狭い人間はいないから、安心してくれ」


 シモンの告白に、サントスは心から同情した。ここ数年、セント=ヌーヴェルとカラディナは険悪化している。そのカラディナから追い出された美貌極まる女性となれば、セント=ヌーヴェルに住む男性としては、匿いたくなるのが道理と言える。しかもカラディナに比べ、セント=ヌーヴェルのA級ハンターは少なく、70人程度しかいない。自分達のA級ハンターを減らして、わざわざセント=ヌーヴェルまで送り届けてくれた彼女の地元のハンターに対し、サントスは内心感謝したいくらいだった。


「ギルドで管理している空き家が、何軒かある。遠慮なく使ってくれ。明日もう一度来てくれれば、1軒1軒紹介しよう」

「それは有難い。遠慮なく使わせて貰おう」


 そう言うと、シモンはトウヤの方を向き、頷いた。サントスは、おや?と思う。この二人は雇用関係かと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。二人の姿を比較してサントスは意外に思ったが、賢明にも口には出さず、気づかないふりをする。せっかく待望のA級ハンターが逗留してくれるのだ。余計な詮索をして逃げられたくなかった。




 こうして、レセナでのシモンの新しい生活が始まった。通常であれば既存ハンターとの確執のおそれがあるが、レセナにはA級ハンターがいない。既存ハンターとの棲み分けができた事もあり、彼女はすんなりとハンター達に受け入れられた。


 シモンは数日の間、レセナ周辺の情報収集に努めていたが、その後は精力的にクエストをこなしていった。


 彼女はレセナのハンターと行動を共にする事はなく、必ず彼女が連れてきた、ポーターと思しきD級ハンターと2人で行動していた。そして、事実上の単独行動でありながらも、A級ハンターに恥じない成果を、レセナに齎した。特にレセナの北部に2年以上も居座り、誰も討伐する事ができなかったアースドラゴンを単独で討伐した時には、街を挙げてのお祭り騒ぎとなった。領主のベルナルドは国にS級として推薦すると言い出し、シモンからの、取り下げなければ街を出奔するという脅迫めいた懇願で、ようやく断念する始末である。討伐されたアースドラゴンは、体中に蜂の巣のような大小の穴が開き、素材として使えるものではなかったが、それでも2年にも及ぶ脅威が払拭された事で、街は喜びに沸いた。シモンは既存のハンター達からどうやって倒したのか質問攻めにあったが、一族に伝わる秘奥義である事を盾にして、口を割らなかった。


 シモンの名が周囲に知れ渡ると、レセナのB級ハンター達はもちろん、近隣の街のA級ハンターからも、パーティの勧誘が山のように押し寄せた。絶世の美女で、アースドラゴンを単独で討伐できるだけの実力を持ち、しかも独身である。ポーターはいるが単独行動という事もあって、腕に自慢のある男どもが我先にと群がり、お姉様と慕う女性も多々現れたが、シモンは一顧だにせず、片っ端から撫で斬りにした。


 やがて、シモンに注目していたハンター達は、意外な事実に気付く。彼女に同行するD級ハンターは、当初雇われポーターだと思われていたが、二人の行動が単なる雇用関係に収まらない事に気付く。二人が一緒にいる時はポーターが先を歩き、シモンは後から付いて行くような素振りを見せた。そして、ポーターがシモンに何か話しかけると、シモンが答え、あるいはポーターの意図にシモンが従うような行動を見せる事もあった。


 A級でしかも絶世の美女であるシモンを自由に連れまわすポーターを見て男どもはやっかみを覚え、ある時ポーターが一人でいる時に、レセナのB級ハンターが難癖をつけた。シモンが何か弱みを握られていると判断したそのハンターは、ポーターを脅してシモンを解放、あるいは弱みを知ろうとしたが、騒ぎを聞きつけたシモンに遮られる。そして、シモンの苛烈な瞳にあてられたそのハンターはおろか、その場に居た全ての男女が、次のシモンの一言で皆殺しの憂き目にあう。


「私の良人に手を出すなら、私が相手になろう」


 たった一言で周囲を鏖殺したシモンは、周りの目を気にする事なくポーターの手を取ると、颯爽とその場から去って行った。


 実のところ二人は未だ男女の関係には至ってなかったが、噂は瞬く間にレセナ中に広まる。シモンの完璧とも言える容姿と実力に対し、隻腕で中肉中背、D級ハンターのポーターはあまりにも釣り合わなかった。人々は自分を納得させるために無責任な推論を立て、他人がいれば意見交換をし、やがて人々の間で化学反応を起こした噂は、様々な醜聞を撒き散らした。


 ある日、酒場で一人のハンターが、仲間達にとっておきの噂を披露する。実はシモンは重度のブラコンで、弟に似たポーターを囲っているのだと。シモンの完璧すぎる容姿と噂とのあまりの落差に、男どもは卑下た笑いを立てたが、その笑いが突然凍り付く。ハンターが後ろを振り向くと、そこにはシモンが立っていた。


 ハンターが思わず後ずさると、シモンはつかつかとハンターに歩み寄る。そして、ハンターの喉元を指差すと、猫を思わせる挑発的な笑みを浮かべた。


「良く分かったな。君の言う通りだ。私は彼の事が、可愛くて可愛くて可愛くて仕方ないんだ」


 喉を掻き切るかのように突きつけられた人差し指を前に冷や汗を流し始めたハンターに、シモンはそう言い放ち、やがて威嚇された彼らでさえ見惚れるほどの笑顔を残して、酒場を後にした。


 こうして噂は潮のように引き、シモンがブラコンである事を知った多数の男女がレセナのあちこちで屍を晒し、その恋人や妻が胸を撫でおろすのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る