【2-61】いつもより早く目覚めた朝に

 ◆◆◆



 ──翌朝

 早めに目が覚めたキリエが身支度をしていると、ノックの音と共にリアムが入室してくる。


「おはようございます、リアム」

「おはよう、キリエ。……いつもより早いようだが、どうした? 眠れなかったか?」


 そういえば、隣室にいてもキリエの様子は分かると、リアムは以前言っていた。普段のキリエは、使用人の誰かが起こしに来るまで眠っていることのほうが多い。それが早起きをして活動しているものだから、その気配が気になって様子を見に来たのだろう。


「いいえ、ちゃんと寝ましたよ。ただ、昨日は日中も気を失っていたせいで寝てばかりいましたから、それで早く目が覚めたのだと思います」

「そうか? それならいいが……、無理はするなよ」

「大丈夫です。もうすっかり元気ですよ」


 キリエに体調不良の様子が見られないからか、リアムはとりあえずは納得したようだ。そんな彼に対して、今度はキリエから質問を投げかける。


「リアムのほうこそ、早起きなのでは?」

「俺は、いつもこのくらいの時間には起きている。朝食前に稽古を受けているからな」

「いつも僕よりも遅く寝て早く起きているとは思っていましたが……、こんな時間から稽古もしていたのですね。君のほうこそ、身体は大丈夫なのですか?」


 使用人たちも早起きだが、そのぶん早めに就寝している。リアムは夜も遅くまで起きていることが多いように思えて、キリエは気になっていた。

 キリエが起きている限り、リアムも決して寝ようとはしないため、彼を少しでも早く寝かせるためにさっさと眠ることを心掛けているキリエは、側近の就寝時間を正確に把握できていない。だが、この時間から起床して活動するにしては遅い就寝であろうと、容易に想像できた。


 しかし、リアムは特に無理をしている様子も無く朗らかに笑う。


「平気だ。王国騎士は皆、睡眠時間は短くてもいいように訓練している。それに、俺は昔から眠りが浅めで睡眠時間も短いから慣れているからな」

「……でも、たまにはちゃんとぐっすり寝たほうがいいと思いますよ」

「ありがとう。だが、本当に大丈夫なんだ。……でも、まぁ、そうだな。キリエに心配をかけない程度に、たまには少し長めに眠るようにしよう」


 自分は大丈夫だと言い張ってもキリエが納得しない場合がある、ということを、リアムも分かってきたらしい。今のように先手を打たれてしまえば、キリエとしては「分かりました」「そうしてください」と言って納得するしかないのだ。


「……さて。キリエが大丈夫そうなら、俺は裏庭で稽古を受けてくる。今朝はぐっと冷えているから、キリエは部屋でおとなしくしていてくれ。昨日の今日だから、一応は体を冷やさないようにして安静に過ごしたほうがいい」

「そうですよね……、分かりました」


 本当はリアムの稽古を見学したい気持ちがあるキリエだが、邪魔をしたくはないし、余計な心配をかけたくもないのでおとなしくことにした。キリエの部屋は中庭に面していて、反対側にある裏庭は見えないのだ。残念だが、仕方がない。


「朝食の時間になったら迎えに来る。それまで、そうだな……、誰かを話し相手に寄越しておく。温かい茶でも飲みながら、ゆっくりしていてくれ」

「えっ、でも、みんな忙しいでしょうし、僕は一人でも大丈夫ですよ」

「まぁ、そう言わずに。せっかくの早起きなのに一人ぼっちでいるのもつまらないだろう? それとも、俺が稽古をやめて一緒にいようか?」

「そ、それは駄目です……!」


 剣技に誇りを持っているリアムにとって毎朝の稽古が大切な時間だというのは、本人が明言していなくても伝わってくる。彼の大事な日課に水を差すようなことはしたくない。

 リアムがキリエを一人にさせたくないのは、まだ昨日のことを懸念しているからだろう。それは理解できるため、キリエは彼の厚意をありがたく受け取ることにした。


「分かりました。もし誰かの手が空いているようでしたら、一緒にお茶をさせてください。でも、忙しそうであれば遠慮しますし、誰かが相手をしてくださるなら、その人も一緒に座ってもらってお茶を飲んでいただきたいです。……それでも構いませんか?」

「ああ、それでいい。もし誰の手も空いていなければ、俺が一緒に過ごそう」


 そう言って目を細めたリアムは、キリエの頭を優しい手つきで撫でてから退室して行った。彼を見送った後、キリエは窓辺に立ち中庭を見下ろす。大きなじょうろを抱えたセシルが手際よく花壇へ水やりしている姿が見えた。

 いくら早めに就寝しているとはいえ、使用人たちはまだ朝日がわずかに顔を覗かせ始めた程度の早朝からこうして動いているのだ。彼らの働きに尊敬と感謝の気持ちを抱き、小さな祈りを捧げていると、ノック音が聞こえてくる。


「はい、どうぞ」

「失礼いたします。リアム様より申し付けられて参上いたしました」


 来訪者は、きっちりと燕尾服を着込んでいる女性──エレノアだった。

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