第27話 テロリストの捜索

 紙切れに書かれているのはこの一文だけである。


「ちなみに、テロリストの要求は魔王様の退陣だ。退陣しなければ闘技場を爆破すると言っている」

「なるほど。事情は把握したけど。じゃあ、ここは危ないみたいだから僕はお暇するよ。んじゃ」


 と、踵を返した僕の肩をディオネスが掴んだ。

 ディオネスの怪力で捕まれ、僕は「いたた」と悲鳴をあげる。


「待て。手伝え」

「断る。というか僕が役に立つとでも思っているのか」


「役に立つから言っている。私は立場上、顔が割れているがお前はそうじゃない。お前ほど一般人に紛れるのがうまい人材はそうそういない」

「そりゃあ一般人だからなぁ」


 紛れるもなにも僕は一般人である。

 テロリストだかペロリストだか知らないが、危険なことに巻き込まないでいただきたい。


 だが、ディオネスも引くつもりがないらしい。

 是が非でも僕に協力させるつもりで掴んでいる肩に力を込めてくる。


「クロ・セバスチャン。協力しなければ罪のない人々が死ぬことになるかもしれない」

「その責任は残念ながら僕じゃなくてお前に向けられるもんだよ。勝手に僕のせいにするな。人命優先ならテロリストの要求を呑めばいいじゃないか」


「魔王様に引けと? バカなことを言う」

「なら、どっちか選ぶんだな。人命か魔王か」

「なぜ協力しない……」


 だから、僕も守られるべき一般人なわけで……。

 どうも魔王軍幹部の間で僕がなにかしらの便利屋として扱われている節がある。


 しかし、僕は正真正銘なんの変哲もない人間なのだ。

 頼られても困る。

 あと、単純にディオネスの態度が気に食わない。


「なあ、ディオネス。人に物を頼む時にはそれなりの姿勢があるんじゃないか?」

「……」


 ディオネスは僕が言わんとすることを察して頬をヒクヒクとさせた。


「……こ、この私に、お前に頭を下げろと?」

「じゃあ、僕は帰るわ」

「ま、待て! いや、待ってください! わ、分かった! 分かりました!」


 ディオネスは慌てて僕を引き留めつつ、バッと腰を折って頭を下げた。


「お願いします! 協力してください」

「断る」

「⁉︎」


 ちゃんとお願いしたら引き受けるなんて、僕は一言も口にした記憶がない。

 だから、ディオネス。そんなに僕を睨むな。あと槍を持つな。落ち着け。

 僕は今にも襲い掛かってきそうなディオネスに向かって声を荒げる。


「だ、だいたい! お前ら僕に頼りすぎじゃないか⁉︎ 僕より頼りになる人なんて魔王軍の中にたくさんいるじゃないか!」

「た、頼ってなどいない⁉︎ 自意識過剰!」


「あ、じゃあ帰っていっすよね。失礼します」

「待ってくれ! ま……待ってください! ごめんなさい! いつも頼ってます! 頼らせていただいております!」


 本当に切羽詰まっているのか、僕を引き止めるディオネスがゼディスさんみたく半泣きになっていた。

 ちょっと可哀想になってきたな……。


「ったく、なんで僕を頼るんだか」

「ぐすんっ……うう……お前は自分の価値をちゃんと理解していない。もっと自覚するべき」

「僕の価値? イケメンとか、女の子にモテるとかそういう?」


 そうディオネスに聞くと、「は?」という顔で僕を見ていた。

 とても傷付いた。ちょっとした冗談なのに。


「とにかく、協力して欲しい。命がかかっている」


 ディオネスは改めて僕に頭を下げた。

 さすがに、ここまで言われたら僕もおいそれと断ることができない。


「……分かった。テロリストを探すだけなら協力する。だけど、見つけた後はお前に丸投げするからな」

「大丈夫。もとより貴様の腕力に期待などしていない」

「……」


 こいつ張っ倒してやろうかな。

 とにもかくにも、僕はディオネスの頼みで会場に紛れたテロリストを探すことになった。


 ディオネスから教えたもらったテロリストの情報は人間であるということ以外は特になかった。

 なんというか不親切極まりないハードモードなミッションだが、こっちも命がかかっている。

 僕は文字通り、命がけでテロリストを見つけ出さなければならない。


「魔王に退陣されるのも困るし」


 僕はボソッと独り言を呟きながら、ディオネスと別れて会場内をぐるぐると回る。

 闘技場の造りは円形。周囲一キロを超える巨大な建物だ。

 最新建築のコンクリートとやらが使われており、レンガ造りに比べて全体的にのっぺりとしたデザインをしている。


 建物内部は地下を含めて三階建てとなっており、闘技場の正面入り口から入ると一階エントランス、そこから左右に役員用の会議室や治癒魔法使いが控える救護室が用意されている。


 エントランスの上にある二階は、貴賓室となっていてお偉い方が文字通り高みの見物をしている。

 エントランスから地下へ行くと先ほどルーシアと別れた選手控室がある。

 選手控室から闘技場の中心にある円形闘技場へ出られるようになっていた。


 さて、これが闘技場のおおよその造りである。

 先ほど、ディオネスの証言からテロリストは闘技場を爆破するということだったし……。

 まあ、僕がテロリストだったら爆破するなら闘技場の地下しかない。


 選手控室になっている闘技場地下には闘技場を支える柱がいくつも並んでいる。

 爆破するならそれを爆破するのがもっとも効率的だろう。

 そして、選手控室には選手しか入り込めない。

 となると、テロリストは闘技大会出場者の中にいると推測できる。


 僕は選手控室まで足を運び控室前に立っていたごついお兄さんに止められたので、ディオネスの名前を出す。

 すると、すんなり通してもらえたのでディオネスから話が通っていたのかもしれない。


 選手控室に入り辺りを見回した。

 ちょうど今、試合が行われているみたいで控え室の上が騒がしい。

 広い地下空間である控え室の中にはチラホラと人が点在している。

 さて、爆破するならどこら辺かなと控室内に目を配ると、


「あっ……! てめえ!」

「ん?」


 と、聞き覚えのある声に僕が振り向くとそこには数刻前にルーシアがぶっ飛ばした――ギガント族のギガラがおっかない顔で立っていた。

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