第11話 迷いの墓地と初めての……
ボロ家から下町までの移動中。
ルーシアは、目につくいろいろな物に関心があるみたいで花を見れば、
「わぁ! お花ですわー!」
とはしゃぎ馬を見れば、
「わぁ! お馬さんですわー!」
とはしゃぐ。
なにが物珍しいのかと問いかけると、ルーシアは少しオドオドしたようすで答えた。
「そ、その……わたくし、あまりお城の外には出たことがなく、ほとんど本で読んだ知識でしか世界を知らないのですわ。だ、だから……その知識が正しいのか、知りたくて」
「それで城から抜け出してたわけか」
「はい……ぐすんっ……」
この頃のルーシアはすぐに泣き出す。
虫を見つけて、
「あ! 虫さんですわ!」
と近づいて、
「ふえええ! おしっこをかけられましたわぁ!」
と泣き出したり、
「あ! ネコさんですわ!」
とネコを見つけて近づいて、
「ふえええ! 引っかかれましたわー!」
と泣き出す。
今からじゃ想像もできないくらい彼女は泣き虫であった。
僕は彼女が泣き出す度に、彼女の頭を優しく撫でてやった。
「よしよーし。大丈夫だぞー」
「ふえええん! ふえええん!」
そんなこんなで、僕はこの泣き虫なルーシアを連れて下町に到着した。
下町に着けば、町の中央に聳え立つ魔王城に向かって歩くだけだ。
歩くだけ――なのだが。
「あ! パン屋さんですわ! ご覧くださいクロ様! あっちにはアイスクリームが!」
「そうだね。はいはい……」
下町でもルーシアははしゃいでいた。
否、これは予想できたことだろう。
あのなにもない郊外から下町までの一本道でさえ、あれだけ瞳を輝かせていたのだ。
下町なんて来ようものなら、目に映る全てが真新しく見えてしまうだろう。
そんな感じで、ルーシアはあっちに目を向け、こっちに目を向け、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、一人でどこかへ行ってしまう。
その度に、僕が連れ戻すものだからとても疲れた。
「ったく。あんまりウロチョロするなよな。はぐれたらどうするんだ」
「そしたら、クロ様がわたくしを見つけ出してくれますでしょう?」
「くれますでしょうって……」
あまり信頼されても困る。
しかし、ルーシアが僕を見る目は信頼しきったもので――僕は怒るにも怒れず、
「気をつけろよ……」
と、我ながらぶっきら棒に返すのだった。
ふと、ここで僕はあることに気づいた。
ルーシアを追いかけていたら、高い建物が並ぶ路地裏に入ってしまっていたのだ。
おかげで、魔王城の所在が分からない。
「一回ここから出ないとな。ルーシア、僕にちゃんと付いて……」
「クロ様! こっちにも道がございますわよ!」
「おい」
気をつけろと言った矢先、ルーシアはすでに僕から離れていた。
僕は慌ててルーシアを追いかけるのだが、ルーシアはそんな僕を嘲笑うように駆け出した。
「うふふ~。こっちですわよ~」
「お、おい! 待てよ!」
「捕まえてごらんなさいですわ~」
そんな感じで、僕とルーシアの追いかけっこが始まった。
調子に乗ったルーシアはどんどん道を突き進み、やがてまったく知らない土地に足を踏み入れてしまう。
そこを一言で表現するなら、「赤」であった。
さっきまで下町にいたはずなのに、青い空がいつのまにか赤く染まり、レンガ造りの建物はなくなり気味の悪い墓地が広がっている。
「ここ……どこだ?」
「ぶ、不気味な場所ですわね……ひう⁉︎ 今、なにか物音が⁉︎」
「カラスが飛んだんだ」
「ひう⁉︎ 今度は囁き声が⁉︎」
「風の音じゃないかな」
「ふえええん! ここは怖いですわ! 帰りたいですわ!」
「残念ながら帰り道が分からないんだなぁ」
元来た道を振り返っても、そこには道がなかった。
聞いたことがある。
下町の人気のない路地を進むと、迷いの墓地と呼ばれる気味の悪い場所に導かれるとか。
この墓地が、その迷いの墓地なのかもしれない。
「ルーシア……僕から離れるな」
「は、はい……」
僕は今度こそ離れないようにルーシアの手を握る。
ルーシアは震えながらも僕の手を握り返してくれた。
それから迷いの墓地から抜け出すために、僕たちは手あたり次第に歩きまわった。
しかし、数時間ほど経っても迷いの墓地を抜け出せず僕たちは途方に暮れた。
やがて、空腹に襲われると僕は途端に動けなくなった。
子供の体というのは燃費が悪いみたいで、お腹が空くと動こうにも力が湧かなかった。
さらに、その時の僕はお昼ご飯を食べていなかった。
そのため、余計にお腹が減り、喉も乾いて脱水症状気味だったと思う。
頭が回らずふわふわとした思考の中、地面に腰を下ろしていると隣で座っていたルーシアが心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫……ですの?」
「ちょっと疲れただけだよ。お前は?」
「わたくしは大丈夫ですわ」
さすが、魔王の娘と言ったところか。ルーシアは幼少期から規格外の存在だった。
お腹も減っていないみたいだし、疲労もしていないみたいだ。
「少しだけ休憩させてくれ」
「は、はい!」
ルーシアは頷くと僕の隣に腰を下ろした。
それからしばらく無言だったけれど、時折聞こえるカラスの鳴き声などにルーシアが「ひえっ⁉︎」と悲鳴をあげていた。
「うう……ここはとても恐ろしい場所なのですわぁ」
「妙に赤いもんな」
「クロ様は怖くないんですの……?」
「あんまり」
「ど、どきょうがあるですね?」
「どきょう……? 同い年くらいなのに難しい言葉を知ってるな」
「本で読んだのですわ! ちなみに、『度胸』と書くんですわよ?」
ルーシアは言いながら白い指先を使って地面に、「度胸」の文字を書いた。
「へぇ。文字が書けるんだ」
「クロ様は文字を習ったことがないんですの?」
「うん。文字なんて貴族や商人しか教えてもらえないんだろ?」
「そんなことありませんわよ? お父様が今、全国民に教育普及するようご尽力されていますから。いずれクロ様も文字だけでなく、計算までできるようになりまわよ?」
「へ、へぇ……」
この時僕は、ルーシアが言っていたことが難しくてよく分からなかった。
「ふふ。よろしければ、わたくしがクロ様に読み書きや計算を教えて差し上げましょうか?」
「僕、お金持ってないんだけど……」
「お金なんていただきませんわよ!」
そんなこんなで三十分くらい休息し、また動けるようになったので再び迷いの墓地を二人で歩き始めた。
そうしてしばらく歩いて――僕とルーシアは巨大な門を見つけた。
「なんだろこれ」
「なにかの本で読んだことがありますわ! たしか、この門の先が冥界に繋がっているとか!」
「冥界って……死んだ人の魂が最後に行き着く場所……だっけか」
普通ならそんなことを聞けば、恐れ慄いて引く場面のはずだが――この時、僕とルーシアは冥界への門に導かれるかのように足を前に踏み出した。
一歩……また一歩と……そして、僕たちは踏んでしまった。
冥界と現世の狭間を。
ケルベロスの尾を。
『グルルッ』
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