幼馴染の魔王の娘が家出して、今はうちで居候してる
青春詭弁
幼馴染は世界最強の魔王の娘
第1話 幼馴染な魔王の娘
ルーシア・トワイライト・ロードは魔王の娘である。
「クロ。お茶」
魔王とは、この世界の八割を統べる世界最強の存在。
そして、その娘であるルーシアもまた世界最強に並ぶ人智を超えた存在。
「クロ、お茶よ。紅茶よ。早くなさい」
十人が通り過ぎれば十人が二度見する魅惑の美貌を持ち、
「ねえ、あなたは意図的にこの私を無視しているかしら? クロ、お茶よ。紅茶よ。お紅茶よ。私はおいしい紅茶をご所望よ」
肩口まで伸ばした艶やかな金髪で、ガラスが如きルビーの双眸に加えてすらりと長い手足。
これ以上、完璧なプロポーションの女性はいないだろう。
「これが最後よ。ギロチンにかけられたくなければ私に紅茶を出しなさい。今すぐ」
そんな女性が僕の家で偉そうにふんぞり返っていた。
「クロ、お茶。お前はいつもなにをするにしても遅いわよね。昔から」
「なあ、ルーシア」
「なにかしら」
「帰ってくれないか」
ルーシアは目をパチクリとさせ、ふっと小さな笑みを溢す。
「私の話を聞いていなかったの? 家出したのよ。私」
「聞いたよ。だから帰れって言ったんだ」
「お前……この魔王の娘であり、さらには幼馴染である私に対してあまりにも冷たい対応じゃないかしら?」
「かしらねえよ。普通の反応だ」
いや、魔王の娘と幼馴染で、しかもその魔王の娘がどんな理由からか家出して、僕の家に転がり込んできた時点で普通じゃないのだが。
ルーシアはボロ椅子の上で、スカート丈の長い黒を基調としたドレスからわずかに垣間見える脚を組んだ。
「ねえ、クロ。クロ・セバスチャン。私たち幼馴染よね?」
「そうだな。残念なことに」
「なら私を助けなさい。そう……これは……えーっと、なんと言ったかしら。ティックトック?」
「一体なにを言いたいのか分からないけれど、絶対にお前が言いたい意味とは違うな」
「ああ、そうよ。思い出したわ。ギブアンドトックよ」
「言い直したなら正しく言えよ! 正しくはギブアンドテイクだろ! どう間違えたらティックトックになるんだ!」
「別にいいじゃない。伝われば」
「伝わってねえんだよ」
結論から述べる。
見た目も出自も完璧なお嬢様だが……こいつはバカだ。
他に類を見ないレベルのバカだ。
戦闘面ではさすが魔王の娘と讃えられるのだが……それ以外の面は致命的だ。
「というか、どこら辺がギブアンドテイクなんだ?」
「私がここにいるという幸運をお前はギブされてるの。だから、お前は私にギブする。私はお前からテイクされてハッピー。お前もハッピー。ね?」
「アンハッピーだよ」
なんなら今のところルーシアの一方的なテイクしかない。
テイクアンドテイクである。
よく分からないけれど。
「それにしても、ボロい小屋ね。このルーシア・トワイライト・ロードが住む屋敷に相応しくないわ」
「なら帰れ。今すぐ帰れ」
「いやよ。家出したと言ったのを忘れたの? お前の頭には脳みそがあるの?」
「多分お前よりも大きな脳みそがな!」
「まさかお前、私をバカだと思っていない? 心外なのだわ。不愉快極まりない。ギロチンで処すわよ?」
「悪かった。僕が悪かったから、その物騒なものをしまってください」
目の前にギロチンが出現したので、僕は慌ててルーシアに頭を下げた。
見た目は普通の女の子だというのに、やはり魔王の娘。
人智を凌駕した圧倒的な存在だった。
ルーシアは、「分かればいいのよ」と踵で床を二回叩く。
すると、僕の目の前に鎮座していたギロチンがふわっと消え去った。
「さあ、それじゃあ改めてクロ。お茶」
「分かったよ。ただ紅茶なんてものは置いてないぞ」
「置いてないの? 気が利かないのね。使えない召使いなのだわ」
張っ倒すぞこの女。
僕は額に青筋が立つのが分かった。
しかし、僕がなにをするにしても力でルーシアに勝つ術がない。
ルーシアは世界最強の魔王の娘。
対して、僕はどこにでもいる平凡な人間。
赤ん坊の頃、僕は両親に捨てられて偶然にも魔王に拾われた。
そして、魔王城から離れた郊外の小屋でひっそりと暮らさせてもらっている。
こういう稀有な状況を除けば、僕は普通の人間と大差ない。
だから、僕はこの魔王の娘に……ルーシアに従うしかない。
「紅茶はないけど緑茶なら出せる」
「じゃあ、それでいいわ。早くなさい。喉が渇いたわ」
こいつ、いつか泣かす。
僕は心の中でそう誓った。
※
全ての国が陸続きとなっている巨大な大陸を中心に、黒々とした大海に囲まれた世界――エンドヘイム。
三十年くらい前までは百以上の国々が凌ぎを削っていたそうだが、現魔王であるゲーティア・トワイライト・ロードの出現とともに大陸のほとんどが統一。
今では魔王支配下の魔族国を除けば数多くあった国々も片手で数えられるくらいしか残っていない。
そんな魔王の一人娘――ルーシアは魔族国の次期女王になる予定だ。
当然、僕の家にいるような存在じゃない。
「なあ、なんで家出したんだ?」
僕は相変わらずボロ椅子の上でふんぞり返っている我儘お嬢様に問いかけた。
「お見合いよ」
「お見合い?」
「そう。お父様ったら私に無断でお見合いをさせようとしたの。誰だったかしら……えーっと、ぱー……ぱー……パパイヤ?」
「なにと間違えたんだ……」
「ああ、思い出したわ。ヴァンパパイヤよ」
「ヴァンパイヤな?」
「たしか、そこの長男だったかしら。ヴァンパイヤロードの息子で云々……」
「ヴァンパイヤロードってすごいじゃないか。それで?」
「断ったわ」
「理由は?」
「あの男、別に私のことが好きじゃないらしいわ。政略結婚云々、魔王の娘と結婚すれば俺の力が増すとかなんとか」
「まあ、貴族とか王族の結婚なんてそんなものじゃないか?」
「私も王族に生まれたからには政略結婚も仕方ないと思っているわ。けれど、最低限この私を愛している男じゃないと結婚する気がないの」
「なるほど。それでお見合いを断ったと?」
「ええ。そしたら、お父様がダメだって言うから喧嘩になったわ。久しぶりの喧嘩だったから、加減を間違えて魔王城を半分壊したわ」
なんてスケールの大きな親子喧嘩なのだろう。
「ねえ、クロも嫌でしょう? 私がどこの馬の骨とも知れない輩に娶られるのは」
別に、勝手に娶られればいいと思う。
ただし、そんなことを言えば確実に僕はギロチンだ。
失言したら、ただじゃ済ませないとルーシアの目が言っている。
「そ、そうだね……どこの馬の骨とも知れないヴァンパイヤロードにルーシアが娶られるのは嫌だなぁ」
ルーシアは僕の返答に満足したのか、嬉しそうに頬を綻ばせた。
「ふふ……そう。やっぱり、そうよね。ふふ」
なにがやっぱりなのか。
ルーシアは豊満な胸を下から支えるように腕を組んで、また偉そうな姿勢で僕を見る。
「そういえば、肩が凝ったのだわ」
「そうか」
「揉みなさい」
「胸を?」
「肩よ」
なんだ肩か。
どうせ断ったらギロチンだ。
最初から僕に拒否権はないわけで、僕は大人しくルーシアの肩を揉むことにした。
「それじゃあお願いね」
「へーい」
僕はルーシアの肩に手を置き、様子見で一揉み。
なるほど、これはたしかに凝っている。
僕は指を鳴らし、本腰を入れて揉んでやるために袖を捲った。
いつか泣かしてやろうと思っていたのだが、その機会がまさかこんなに早く来るとは……なぁ!
口の端を吊り上げた僕は、手に力を込めてルーシアの肩を揉んだ。
刹那――。
「ふぁ!?」
ルーシアが変な奇声を発した。
「おや、どうされたのかな? ルーシアお嬢様?」
「べ、別になんでもないけれど……?」
「ああ、そうですか。じゃあ続けますねー」
「ちょっとま……ひぅ!?」
僕がルーシアの肩を揉む度に、彼女から艶かしい嬌声が漏れる。
かなり効いているみたいだ。
「く……んっ……!? お、お前……! なんでそんなに……っ!?」
「僕、たまにマッサージのアルバイトをしてるから」
「ある……ばいと……ん!?」
「うん。下町にある『六腕ハチベエの揉み屋』ってところ」
ハチベエ師匠の六腕による同時揉みは、はたから見ても気持ち良さそうだ。
僕もぜひ体得したいのだが、残念ながら腕が二本しかない僕には身に付けることのできない技だ。
「あっ……くぅっ……!?」
ハチベエ師匠直伝の揉み技術により、ルーシアは涙目で悶えていた。
なんだろう。
肩を揉んでいるだけなのに、酷くいけないことをしている気分になってきた。
「くっ……く、クロにしては上手いじゃない……んんっ」
「あ、うん。気持ち良さそうでなにより」
ふと、僕はそこで我に帰った。
僕はいったい、なにをやっているんだろう……。
結局、マッサージで泣かすことはできなかった。
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