閑話06 アランの冒険者活動・後編

 鉄製の檻から取り出したワーウルフの子供を、商人であるアドリアンは馬車の前に放り投げた。ひどい扱いに、アランは顔をしかめる。


 最悪なことに、ワーウルフの子供はぐったりとしていた。死んでいないようだが、瀕死状態。ワーウルフたちの怒りを感じる。


「か、かいほうしたぞ!」


 なんとか生き残るために、アドリアンは捕らえ運んでいたモンスターを解放した。だが行動するのが遅すぎた。それだけでなく粗末な扱い。2匹のワーウルフたちは、もう商人を見逃そうとしない。


 仕方ない。


「グルルルゥ……!!」

「ひぃ!?」


 うなり声をあげて、飛びかかろうとしていたワーウルフの目の前に再び飛び込み、剣でワーウルフの突進を受け止める。アランは、後ろで腰を抜かし怯えている商人を守りきった。


「僕がこいつらの足止めをするので、今のうちに逃げてください」

「う、分かった。馬車を早く出せ!」


 視線をワーウルフに向けたまま、商人に指示を出す。アランに言われたとおりに、商人アドリアンは慌てて従者に命令した。すぐに馬車を走らせ、その場から振り返ることなく逃げ出した。


「お、お前は、どうするんだよ」

「タイミングを見て逃げます。お構いなく」


 少しだけ回復したアレックスが、アランに声をかける。ワーウルフを抑えながら、答えるアラン。手助けは必要ないと、ハッキリと拒否する。


「そ、そうか。任せた」


 情けない表情を浮かべて、アレックスは言った。助けに入ろうとは思わなかった。先ほど、3人がかりで抑えることすらできなかった。だから彼1人だけでは、絶対に敵わないだろうなと思いつつ、アランを残して逃げることにする。


 後ろに控えていたアレックスの仲間たちは安堵して、早くその場を離れていった。


 そして、2匹のワーウルフを目の前にして1人だけ残されたアラン。だが、これで良かった。


 商人のアドリアンに宣言した通り、馬車を追えないようにワーウルフたちの足止めをする。トドメも刺さない。防御に徹して、2匹のワーウルフに後を追わせないようにするだけ。


 馬車と3人組のパーティーが十分に離れたのを確認してから、アランはワーウルフの目の前で口笛を吹いた。これで、誰か気付いてくれるだろ、という気持ちで。


 森の奥から新たなモンスターが現れた。しかし、現れたのはアランの敵ではない。


「どうしたの? アラン」

「メラルダか! ちょうど良かった、その子を回復してくれ」


 近くに拠点がある森の中だったので、誰かいるだろうなと思ったアランは、仲間のモンスターを呼び出すために口笛を吹いたのだった。


 すると、駆けつけてきたのはメラルダだった。


 回復魔法が得意なメラルダが来てくれたのは、ちょうどよかった。早速、メラルダにお願いする。地面に倒れているワーウルフの子供を回復してくれ、と。


「え? うん。わかった」


 アランから指示され、状況も分からないまま言われた通り、メラルダはワーウルフの子供を回復するために近寄る。


「グルゥゥゥゥゥ!」

「大丈夫。回復するだけだから」


 メラルダが、子供に近寄らせないように襲いかかってきそうなワーウルフに言って落ち着かせる。すると見事に、2匹のワーウルフは大人しくなる。人化した姿だが、モンスター同士で意思疎通が出来ているようだった。


 静かになったワーウルフたちの前で、子供に回復魔法を使用したメラルダ。


「はい。どうぞ」

「クゥーン」


 苦しそうに呼吸も浅かったワーウルフの子供は、メラルダの回復魔法で意識を取り戻して、立ち上がった。すぐさま、2匹のワーウルフたちに駆け寄る。嬉しそうに、子供の回復を喜んだ2匹のワーウルフ。


 しかし、申し訳ないことをしてしまった。子供を捕らえられていたなんて。無事に商人の手から解放できて、回復もできてよかった。


 観賞用のために貴族や金持ちが、生きているモンスターを商人から買い求める時がある。モンスターを捕らえてきて売買することは、残念ながら違法ではない。ルールを変えることも難しいだろう。


 だから、できる限り、目の届く範囲で苦しめられているモンスターを助けるようにしなければならない。アランは、改めて思い知った。


 今はまだ、森の中に拠点を構えているだけ。人間に見つからないようにして、隠れながら不自由な生活をモンスターたちにさせてしまっている。いつか、モンスターが自由に住める拠点を作ることが出来たらいいな。そう考える、アランであった。



***



「ぶ、無事でしたか!」

「はい。なんとか」


 先に逃していた商人の馬車に追いついたので、合流する。驚いた表情で興奮状態の商人アドリアンに、アランは適当な返事をする。


「よく逃げて来られたな」

「運が良かったです」


 先に逃した3人組のパーティーも、商人アドリアンと無事に合流できていたようだ。アレックスも、驚いた表情でアランを見てきた。まさか、生きて戻ってくるとは予想していなかったから。


 ワーウルフたちについて話すわけにもいかないので、適当に濁して事実は伝えないで運良く逃げられたとだけ言う。


 その後は、無事に目的地の街までモンスターと遭遇することもなく到着することができた。ワーウルフのような例外がなければ、アランが腰につけた匂い袋でちゃんとモンスターを避けることができるから。


「ありがとうございました、アランさん。貴方のおかげで、生きて帰ってくることができましたよ」

「感謝は不要です。仕事ですから。この書類に、任務完了のサインをお願いします」


「えぇ、どうぞ! ところで、今後も護衛任務の依頼をお願いできますか」

「依頼は、冒険者ギルドにお願いします」


 実は頼りになるアランの実力を知って、すり寄ってくる商人アドリアン。個人的な付き合いをもって、頼りにさせてもらおうと考えていた。


 だが、アランは拒絶する。依頼の話は冒険者ギルドにお願いしますと。淡々と処理して、必要以上に関係を持とうとはしなかった。


 商人アドリアンには、今回のことで懲りてモンスターの取引には手を出さないようにしてほしいな、とアランは思っていた。口出しはしなかった。


「お疲れさま、アラン君」

「えぇ。お疲れさまでした、アレックスさん」


 商人との話し合いが終わって、あとは帰還するだけ。すぐに帰ろうと思っていると声をかけてきたのは、アレックスだった。彼らとも挨拶をして、すぐに立ち去ろうとすると呼び止められる。


「よければ、俺達のパーティーに加わらないか?」

「え?」


「ソロで活動しているだろう。もったいない。やっぱり仲間は居たほうがいいぞ」

「いえ、結構です」


 今回のように、実力を少し見せただけでアランを勧誘してくる冒険者パーティーは多かった。そんな仲間は必要ないから、アランは速攻で断る。


「そ、そうか。でもちょっとだけ、考えてくれないだろうか。いつでも、俺たちは、君がパーティーに加わることを歓迎するよ」

「失礼します」


 そう言って、アランはさっさと離れた。今回の勧誘は、しつこくなくてよかったと思いながら。そして、当分はソロで冒険者の活動を続けるだろうなと考えながら。


 結局、冒険者ギルドを追放される最後までずっとアランは、ソロで冒険者としての活動を続けることになる。



***



 ちなみに、その後はメラルダのおかげで子供を無事に救出できたワーウルフたちとアランは和解することができた。


 それから、森の中にあるモンスターの拠点に彼らを招いて、一緒に生活することになり、3匹のワーウルフたちは仲間の一員に加わってもらった。

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