筆者の人生回顧録
Time goes by
20代の頃、恋愛がうまくいかず悩んだ。
ちょうど、自分が発達障害だということを理解した時期で、人の気持ちが分からないハンデを負っていることを知った。
そんなだから当然、女心などさらに手に負えない。
普通に恋愛し、自然な女性との関係が築かれて性欲を満たせることをあきらめた私は、風俗を利用するようになった。
決して高給取りではなかったが、親と同居で家賃光熱費がいらない身分だった。独身だし付き合っている女性もいないので、稼いだお金は一部を実家に渡す以外自由に使えたので、私は月に2、3回は風俗に通った。
いったいトータル何度行ったのか、今となってはもう分からない。オカネの力で、かなりの数の女性の体で欲望を処理した。
その中で、たった一人だけ、今でも時々思い出す女性がいる。仮に、名前を『れい』としておこう。
れいとは、あるイメクラで出会った。
私は、ただHするだけより、面白くやりたかったのでFヘルスよりこちらが好きだった。演劇が好きで、一時期は俳優を目指しかけたこともある私は、芝居がかったのが好きだった。
でも、ひとつ問題があった。お店の女の子は、よっぽどプロ根性を持った子でないと、イメクラの演技なんて実にいい加減。要は若さを武器にしてお金を稼げればいいわけで、お店は別にどこでもよかったというのがホンネの子がほとんどだろう。
女の子が可愛くても、だいたいはこちらが興ざめするような、身の入らないやりとりになってしまうのが常だったが、私はそこを要求するのは高望みだと割り切り、やがてそこはあきらめかけてきた。
でも、れいは違った。この子は、実に楽しませてくれた。ノリもよかったし、アドリブも意外性があって楽しかった。
自然な流れで、リピート指名し通うようになった。二回目に行った時、営業用ではないプライベートなメルアドを教わった。
そのやりとりの土台があって三回目にお店に行った時、アフターに誘われた。
夕方6時。れいが店を出てきてから軽くお茶をした後、ヒマな時に読む本を探したいと言うので書店へ。私が当時ハマっていた宮部みゆきの小説を薦めると、「読んでみる」と買った。
私が、カレーを作るのが得意だという話をしたら、なぜかスーパでカレーの材料を買い込み、彼女のひとり暮らしのマンションで一緒に作る展開に。
あの時間は、実に楽しかった。もちろん、カレーを作って食って終わるわけがない。食事のあとのタイミングで、私は本気で彼女が好きだと伝えた。もうお客としてではなく、本当に付き合ってほしい、と伝えた。
彼女もOKしてくれた。その日は彼女のマンションに泊まり、家に帰らなかった。
しばらくは、天国のような日々が続いた。
彼女イナイ歴が人生の長さと同じ私に、あきらめて風俗に行ったそこで『彼女』ができたのだ。
れいと会える時は、胸が高鳴った。お店がひけたら、迎えに行ってねぎらった。
その時の私は、これがずっと続くと勝手に思っていた。いつか彼女とはさらに深い縁になり、結婚の二文字も非現実ではない感覚にまでなった。
でも、その話をすると、彼女の顔は曇った。
実は彼女には、あるトラウマがあった。具体的にはまだ言ってくれないが、親からひどい扱いを受けてきたらしい。
特に、父親。ゆえに、れいには結婚願望というものが低く、絶対イヤというほどでもないのだが時としては怖くさえあると言う。
私は、とりあえず深いことを聞くのは避けた。急いではことを仕損じる。必ず解決の道はあし、私たちはきっと幸せになれる。
当時は、真剣にそう信じていた。
ある日、れいと私はケンカした。
きっかけは、私にとってはささいなことだった。ただ、向こうにしてみたらそうではなかったようである。
当時の私には、そこまで汲み取れるだけの思いやりと度量がなかった。つい私も、変な意地を張って言い返してしまった。何よりも彼女が大事なくせに。
結局、話し合いがもの別れに終わった帰り道。
とてもイヤな予感がした。私はその予感を、はたきではたくように心の中から追い出した。後日、仲直りができると信じて。
しかし。彼女と笑って会話ができる機会は、もう二度とやってこなかった。
私はできるだけ謝った。メールと電話を駆使して。
でも彼女は、私と会いたがらなくなった。
私は、焦った。もちろん、彼女が大好きだからではある。でも、当時の自分としては認めたくなかっただろうが「失うことへの恐れ」があった。
せっかくつかまえたものを逃がしてしまうのはイヤだ、という。そういう幼く自己中心的な部分が、必要以上に私をして彼女にしがみつかせていたのかもしれない。
頼み込んで、なんとか大阪駅近くのカフェで会う約束に漕ぎつけた。
先日、久しぶりにそのお店の前を通る機会があり、懐かしく、そしてほろ苦い思い出がよみがえったのを覚えている。
1時間半ほど話し合ったが、彼女が心を開くことはなかった。
もう二度と連絡してこないで——
別れた後、私は泣けなかった。
見た目には泣かなかったけど、普通に泣くよりその十倍はきつい痛みを負った。真面目な私は次の日仕事こそ休まなかったが、心はボロボロだった。
当時は思ったものだ。あんないい子を怒らせ、逃してしまった。私にはもう一生、向こうから私を好いてくれる女性など現れないんじゃないか……
未来が分からない過去の一時点での考えなど、その程度のものである。
もちろん、時間はかかった。そのあと、当時の仕事を解雇されて引きこもりになり、その後キリスト教との出会いを経て今の奥さんと出会うまで、10年ほどがかかった。
この世ゲームでは、全部後付けで意味が分かるようになっている。
そのリアルタイムにおいては、意味の分からないことがほとんどである。
なぜ? なぜ私にこんなことが起きる?
自分の利益や都合を考えたら、合点のいかないことばかり人生には起こってくる。
神がいて愛だと言うなら、なぜこの子とうまくいくのを認めてくれないのか?
実に勝手な言い分だが、当時はそうでも言いたい気分だった。
傷は癒え、私はイヤでも前を向いて人生を歩まねばならなかった。
それとともに、れいのことはどんどんと記憶から薄れていった。
そして、ここ数年ではほとんど思い出さなくなっていた。
私は結婚をし、まったくそれまでなら想像しがたい展開だが、賢者テラという名前でスピリチュアルのジャンルで生きる人間となった。だから、今なら分かる。
れいにフラれた当時を生きた、ということの価値が。
すべては、今のためにあった。
そして、まだ結末まで見ていない「これから」のために。
仲の良い奥さんと二人の子どもに恵まれ、そんな家族を横に見ながらひと言つぶやいてみる。
れい、ありがとうね。
出会ってくれて。
学びを与えてくれて。
僕は、今でも元気です——
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