やくそく

@araki

第1話

 涼は目の前の机、そこで開かれたノートを指さす。つらつらと記された文字の羅列、その最後が事の発端だった。

「なんでこんなこと書いちゃったんですか、日向」

 涼はじっと私を見つめている。罪を糾弾する、ひりつくような眼差し。夏の日ざしに似ていた。

「……あはは」

 思わず声が漏れる。頬を搔きつつ、私は弁明した。

「その方が面白いかなって」

「面白い?」

「私が悪うござんした」

 私はすぐさま机に顔をつける。一瞬、涼の顔が般若になった。多分、気のせいではないだろう。

「ござんしたじゃないです。どうしてくれるんですか」

「丈留にはまだ見せてないんでしょ? なら問題な――」

「これを」

 涼はさらにノートのある一点を指さす。そこには小さく『楽しみにしてるね』との文字があった。

「チェック済みかぁ……」

 私はもう一度ノートに視線を下ろす。そこには私の筆跡で確かにこう書かれていた。

『校庭でキャンプファイヤー』。

「もう後には引けないんです。いい加減、事の重大性を理解してください」

「はぁい」

 私は机に頬をつける。学校の敷地内、それも一番目を引く場所での焚き火。世間の目が厳しくなっている昨今、実現困難な課題だ。

「とりあえず夜中、あいつの小学校に忍び込もう。それで即席のセットを作って――」

「丈留の学校は夜間警備員が常駐してます。不審者なんてすぐにお縄ですよ」

「……お仕事熱心なことで」

 警備員を抱き込むことはどうせ不可能だろう。生まれつき身体の弱い子供のため、なんて情に訴える作戦もあるが、あまり使いたくはない。

「なかったことには…できないよね」

「当然です」

 涼は深く頷く。

 ノートには箇条書きでいくつもの出来事が記されている。それらはこれまで全て実現されてきた。それはこれからも変わらない。

「……よし」

 私はむくりと身体を起こす。覚悟はとうに決まっている。あとは実現するだけだ。

「いっそのこと日程も決めちゃおう」

「は? ただでさえ困難なのに、そんな――」

「こういうこと」

 私はペンを取り出すと、吹き出しを書き、そこにある単語を書き加えた。

涼が確認する。そして、くすりと笑みを漏らした。

「骨が折れそうですね。まずは地域住民の理解を得ないと」

「地道に地道に。まずはビラ作成から始めよ」

 『文化祭』まであと一ヶ月。着実に企てを進めていこう。

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