レイラインとスマートフォン

「もう、どうなってるのよ!」

 遠方で家屋が倒壊する様に、スミエはぼやく。

 対面するセシールは無関心だった。勝敗の行方にだけ進言する。

「わたくしたちも、決着をつけるべきではないでしょうか」

「お断りします!」未来人は即答した。「あなたたちとの戦火が拡大すればどうなるか、熟知してるもの。争わずに済む方法はないの?」

「わたくしたちの土地を奪うなどして宣戦を布告してきたのはそちらでしょう」

「レイラインはなんなのよ! あたしたちの魔法を封じる準備は、往時からあなたたちがしてきたんじゃないの!」

「いいえ」

 妖精少女は頭を振り、厳かに教授する。


「あれも、古代のあなたたちがわたくしたちを遠ざけて住処を独占するために築いた結界の残骸です。それが、この世を物質的に変質させたのですよ。もっと以前は人と妖精が共生しやすい世界だったというのに、あなたたちの権力は真実を隠してきました。妖精に同情する人間の裏切りによって、わたくしたちの一部は真相を知れましたが」

 衝撃を受けるスミエへと、セシールは継続した。

「そんな結界も古代文明と共に崩壊し、この時代では人類にも忘れられかけていますがね。あなたの未来までに修繕して、逆にこちらで応用させて頂いたのですよ」


「……なんですって」


 未来人はショックを受ける。神話時代に戦争を仕掛けて妖精たちを追い払ったのは人間で、それを隠していたのも人間、事実を暴露して再度戦乱を招いたのも人間。全部人間の自業自得といわんばかりの話だ。

 しかも、スミエが未来から訪れたと見抜かれている。あらゆる常識がひっくり返るような心境だった。


 女子中学生の内心に呼応するように、地震が発生した。

 家々の外壁が若干崩れ、教会の鐘をでたらめに奏でる。妖精避けの退魔のベルにもなるのに、意味をなさないよう変化させられたらしい。セシールは平然としている。

 他方、市民たちは新たなパニックに陥る。まもなく揺れは治まったものの、恐怖は充分だった。


「ここも活用させていただきました」

 悲鳴を上げてよろめいていたスミエへと、妖精少女は明かす。

「都市を包囲する城壁は魔法陣の役割もありますからね。図形を変形させれば効果も変容します。昨晩の角笛によるパンが好む乱痴気騒ぎをもたらす催眠であなたがたが酔い潰れたあと、最後の仕上げが済んだのですよ。老兵の長講のせいで、だいぶ待たされましたが」


「な、なにするつもりか白状しなさい!」

 スミエが凄んだとき、東門のほうから声がした。

 避難しようとした市民たちが引き返してきたらしく、広場の隅に残留していた者たちとやり取りをしている。「不可視の壁面で門が塞がれ出られない」などと訴えていた。

 そんな光景に唖然とする未来人をよそに、妖精は両腕を広げて公言する。

「全ての出入り口は閉鎖しました。まもなく、城壁内にいる人間を死滅させる魔法も発動します」

「なっ」

 スミエはかっとなって、相手の胸倉をつかんだ。

「なんでよ! なんでこの街を狙ったの、どんな仕掛けをしたのよ!?」

「ここもレイラインの一端です」

 平静に、セシールは応じる。


「城壁は結界になりますし、市民には元から魔力の強い女子供がいましたからね。地球規模の魔法球構築の障害だったのですよ。ピエールの案で子供らだけでも円から遠ざける計画は、あなた方に邪魔されましたから。これは第二案です。大量虐殺になりますが、こちらのほうがトーナメントに集う強者たちも巻き込み、人類の兵力を一網打尽にできますね」

 妖精少女は人間少女が戦慄するのを期待して、いやらしく口にした。

 ところがそこで、相手はまったく違う反応を示したのだった。


「……ですって」

 未来人はほくそ笑んだ。妖精から距離を置くとブレザーの懐からスマホを出して耳に当て、独白したのである。

「――聞こえたわねアンヌさん、魔法円を修復できそう?」


『ええ。異変を察知したから、出入り口が封鎖される前に市内に戻ってたわ。任せて!』

 そこにいないはずのアンヌの音声が、どこからともなく木霊する。


「なにを!?」


「ゼノンドライブ」うろたえるセシールに、スミエは明示した。「で、波長を合わせた水晶球との電話通信。昨夜あなたたちの催眠にかかる前に、お姉さんから接触があって密かに計画したのよ。さっきの会話は筒抜け、彼女はとうに準備してたわ。どんなことがあるかはよくわからなかったから、街の外でハーメルン全体を監視して、なにかあったら対処できるようにね。あの音楽も市内にのみ響かせてたみたいだし、効かなかったはずよ」



 そう、昨晩のバルコニーでのコント後。乱痴気騒ぎ前に、二人へ密かな声が聞こえたのだった。

『……こえる? 聞こえるかしら?』

 アンヌだった。

 遍歴騎士と未来人は一驚したが、すぐに音声の発生源がスマホで、相手が誰かを察して応答を行ったのである。

 それによると、スミエが代わりに出場することになったトーナメントの棄権者は、クロードたちに接触する場を探していたアンヌだったらしい。そして彼女が欠場した理由は、そばにセシールとピエールがいたためであり、もう一つの手段を思い付いたためでもあった。


 この通信である。


 アンヌはスミエと接した際に、本人から魔力は感じなかったものの、魔法道具らしきものを持っているのは察知していた。半分魔法からなる魔法科学の産物、ゼノンドライブである。

 この時代の魔術師による遠距離通信手段たる水晶玉は、未来での携帯電話のようなもの。そして電話番号は、いわばそこから放たれる魔力の波長である。通常なら、無闇に相手へ教えないために魔術師が特段許容しない限りそんなものが漏れることはない。しかし、スミエは魔術に馴染みがないため垂れ流し状態にあり、密着することで感じ取れたのだ。

 通常の魔法道具ではないが、アンヌは魔術師としては優秀なため波長の記憶を頼りに試行錯誤し、昨夜、通信に成功したのだった。


 かくして、今日にもハーメルンの笛吹き男事件が発生する可能性を示唆したのである。時間がなかったのでロドルフの件などは伝え損ねていたが、どうにかピエールの演奏が始まる寸前に間に合った。

 それから共に行動していたロドルフに成果を報告したアンヌは、別な方面から対応していたのだった。

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