試合と決着
対戦順を決めるくじ引きで、なんとスミエが代わった元の出場者はシード権を獲得していた。
かくして、騎士部門と魔女部門のジョスト決勝戦。それは環視の中で対峙する、クロードとピエール、スミエとセシール、という顔見知り同士の同時開催になってしまっていた。
「クロード、容赦はしないぞ」
遠く離れた位置で、ピエールが呼びかける。
「わたくしも」セシールも声を投げた。「せっかくの機会ですから。異国の魔法というものを、ぜひ体感させていただきたいものです」
おのおのの審判員による、試合開始の合図はほぼ同時だった。
セシールの呪文詠唱を横目に、ピエールは馬を走らせる。クロードは棒立ちの未来人を案じながらも突進した。
発動が簡単な魔術もあるが、基本は手間を掛けた方が強力になる。なのに、スミエはなにもしない。
対する旧友の魔女は唱えるだけでなく、身体の動きまで付加した本格的な儀式魔術。もし未来技術がはったりなら、十中八九この時点で負けだ。
とはいえ、もうクロードは他者の確認をしている余裕がなかった。現在フランス王国の若手騎士では彼が一番期待されているが、相手は二番手と評される強敵だからだ。
一度目の突撃。
クロードの槍は掠ったが、向こうのは直撃し木製の柄が折れた。
腹の辺りに響く重い痛みを引きずりつつ、どうにかクロードはランスを捨てて両腕で馬上にしがみつき体勢を保つ。
突き当りまでやっと走りつく。ゆっくりと馬を振り返らせ、待機していた係員から代えの騎槍を受け取った。
「落ちないのはさすがだが、効いたはずだぞ」同じく槍を新調し、ピエールが警告した。「他人に意識を逸らしているからだ」
「……余計な世話だ」
クロードは鈍痛を堪えて返答する。一方、ちらと相方を窺ったピエールは顔付きを固くした。
「どうやら、余計な世話はおまえの方らしいな」
友人による発言の意味が気掛かりで、クロードも目撃した。
スミエは未だ、平然と立っていたのだ。
さっきまでの戦況からすれば、まだ攻撃を受けていないとしか考えられない。けれども、対戦相手は杖を振り下ろして魔法を放ったらしき姿勢で呆然としている。
「ど、どうして」セシールが不思議そうに囁いた。「無防備なところに当たったはずなのに、いったいどんな防御魔術ですか?」
「内緒。けっこうすごかったけどね」
のんびりと、事ともせずにスミエは感想を述べる。
クロードが戦況を理解しきる暇はなかった。二騎の中心からやや脇にずれた地点にいる騎士部門側の審判が、旗を振って再出発を促したのだ。
仕方なく、彼は馬を蹴った。
――二つの騎士が再接近しだしてまもなく。
「これは、本気でいったほうがよさそうですね」
セシールが呟き、詠唱を開始した。
「〝我は油を携え
ぞっとしたクロードは再度視線を尼僧候補に向けた。
未来では失われた事実だが、〝まずはじめに言葉があった〟と旧約聖書の創世記で記されるように、魔法的な言葉には元来そうした力があった。中でも、セシールが紡いだのは聖書の一節。異教妖精神モレクに基づく――
殺気。
ひとつだけじゃない!
慌てて、進路のもう一つに目線を戻したが遅かった。
「よそ見するなと、忠告したはずだ!」
肉薄する騎士。そこからも殺意が押し寄せていた。
魔力まで含んでいる。
魔術師でない者も実体のない悪魔と戦えるよう、騎士の剣は退魔効能のある鉄製で、束まで含めると十字架を模すし教会から聖別が施され簡易な白魔術を宿す。しかし、ここまで強力ではない。だいたい、今の武器は試合用の木造槍だ。
なにより、ピエールは魔法を習っていないはず。少なくとも再会以前は、こんな魔力はなかった。
それにこの質はもはや、人のものではない。まるで――。
相手のものと接触したクロードの槍が、先端から粉砕されていく。
「――〝リュジニャン――
閃光。
空気を司る妖精を指名し、布一枚と竜巻を纏った半透明の美少女像が控え室に置いてきたジョフロアの大牙から広間外へと放たれる。
叫んだクロードの手には、競技用でない自分の剣が抜き身で握られた。空間を斬って引き寄せたのだ。
もはや半分以上が木っ端微塵な槍を捨て、ピエールの武器をジョフロアの大牙で跳ね上げる。
それでも相手の穂先が兜を砕き、勢い余ってクロードは落馬した。落ちつつも身を翻し、宙に浮いた一瞬で反撃を放つ。
ピエールのランスも両断された。ものの、彼は疾駆を続行する。
地面を転がったクロードは急いで身体を起こした。
もう、セシールの詠唱は佳境に差し掛かっている。
「――〝アンモン人の神たる憎むべきモレクの業火、ゲヘナ〟!」
尼僧見習いへ、腹部に燃え盛る炉を備えた二足歩行の獰猛な牛を模したモレク像が重複。彼女の杖に炎を授与して放たせる。
「ありえない、あいつは白魔術師だぞッ!?」
思わずクロードは声に出した。
そう。セシールが放出したのは広場一つ破滅させられるほどの、異端の黒魔術による巨大火球だった。
観客たちにも魔力を感知できる者はいる。それでも赤の他人の彼らは、セシールやピエールが使える魔術の種類までは知らないだろう。なにより、剣に由来する因縁でクロードは人一倍過敏に相手の魔力量も感じることができる。他の者達はまず気付いていないはずだ。
セシールも攻撃魔法は使えたが、あくまで
「えっ」未来由来の力で測ったのか、スミエも戸惑っていた。「これって、ルール違反じゃないの?」
クロードは黒魔術を狙って剣先を突きつけ、口ずさみかけた。
「〝リュジ――」
が。
「ま、いっか」
追い越してそんな言葉を発したのは未来人だった。
「〝リミッター解除〟」
スミエは両手の親指と人差し指を合わせて四角を作り、そこに迫る魔力を捕捉して吼えたのだ。
「〝ゼノンドライブ、解放。
その背に、太陽を後光とした麗しき日本の巫女が瞬間的に顕現する。
彼女は放ったのだ。極太のエネルギーによる光柱を。
そいつは大砲のようなサイズの魔力を掻き消して直進。
「う、嘘?」
囁くのがやっとのセシールは、たまらず横に跳んだ。円を離脱し、場外負けを選択したのだ。
それでも衝撃でローブが破れて幼い半裸になり、いろんな意味で群集をざわつかせた。
一方。ゼノンドライブのエネルギーは衰えず、マルクト広場を囲うトーナメントのための柵を融解。奥にある建物をも塵にした。
なおも暴走は継続し、城壁を貫通。丘を削り、山々までをも呑む。
そいつは地球の傾斜に構わず直進したためやがて宙に浮き、雲を突き抜け、大気圏さえ突破。進路上の星々を貫いて光速を超え、宇宙の果ての事象の地平線すら超越した。
「あ、ごめん。なかったことにするね」
愕然とするハーメルンの人々を前に、照れたように頭を掻くスミエ。するとまもなく、彼女がもたらした破壊は再生された。もちろん、セシールの着衣も。
……やや遅れて、大喝采が巻き起こる。
熱狂する観客へと、歓喜しながら両手を振るスミエ。飛び退き倒れたままの姿勢でセシールは茫然とそれらを眺め、クロードはかつ目して呆気にとられていた。
ピエールは馬を走らせきった広場の端で光景を観賞し、忌々しげに洩らすのだった。
「……こいつは、第二案も覚悟すべきか」
とても評判のよかったスミエの魔術だが、結局、勝負には負けることになった。威力自体がでかすぎたので聖女の降臨と騒がれかねない危険があったが、修復もされたため大部分は幻術の類いと思われることで難を逃れた。問題は、いくらか好評だったもののセシールを脱がせてしまったことで、こちらがルール違反とされたのだ。
もちろんクロードのほうは普通に敗北である。
そんなことよりもクロードとスミエには、衝撃的なことがあったのだが。
かつてない規模で展開された迫力の名試合を制したピエールとセシールを称える人込みにたちまち呑まれ、彼らが落ち着いて話し合う機会は日暮れまで訪れなかった。
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