ジョストとルール

 一二八四年六月二二日。笛吹き男が出現したとされるヨハネとパウロの日まであと四日を控えて、時刻は昼を過ぎていた。


 マルクト広場の土壌で長く低い木造の柵を挟み、相反する方向から二人の騎士が接近する。どちらも馬に跨り先端を丸めたランスを構え、トーナメント用の装飾された全身鎧で馬ごと武装していた。

 二騎はしっかりと馬上にしがみつき、槍を握る拳に力を込める。


 すれ違う瞬間。


 片方の槍がもう一方を器用に弾き、相対する敵の盾から鎧にまで一撃を叩き込む。

 たまらず、射抜かれたほうは落馬した。

 未だ跨る騎士は木柵にそって走りきり、その終わるところで停止した。

 馬を反転させて前脚を上げさせ、兜を脱いだ勝者はピエールだった。槍を掲げ、勝利の雄叫びを上げる。

 客席の群集からは数多の拍手喝采が巻き起こった。


「やるな、ベンジー」

 それを観客用の見物台席から観賞し、クロードは感心した。

 これで決勝進出だ。ちなみに、クロードももう決勝まで進んでいる。

「うっわー」

 そんな声を上げながら背後から近付いたのはスミエだった。

「捜索は済んだのか?」

「う~ん」

 尋ねた騎士の隣に、スミエは並んだ。彼女は、今日も朝から笛吹き男を探しに出ていたのだ。そして報告する。

「ぶっちゃけ成果なし。ま、日数はあるから事件当日まで滞在すればいいでしょ。あんたももちろん、目標達成までずっと付き合ってくれるわけだし」

「当然のように言うな?」

「にしてもすっごい迫力ね、荒っぽいけど。これがトーナメントか。あたしたちの時代のスポーツはもっと健全よ。あのあたしに会う前は一緒だったってイケメン、ずいぶん強いみたいね」

 しゃべりながら、彼女が指差したのは戦友だ。


「あ、ああ」ごまかされた気分ながら、クロードは紹介する。「いいライバルだよ。純粋な騎士としての実力では、おれより上だったろう」

「へー、純粋な実力ねえ」

 含みがありそうな言及に若干疑問を抱きつつも、もう一度ピエールを視野に収めたとき。スミエは、宿屋の相部屋騒動でごたごたしたせいで記憶から消えかけていたことを想起した。

「……そうだ。そういやあたし、昨日笛吹きを探してたときあなたと顔見知りみたいな人に会って伝言頼まれたんだった」

「なに、誰がどんなことをだ?」

「顔を隠してたし名乗りもしなかったけど、女の子みたいだったわよ。あたしよりちょい年上くらいかな。あなたに、〝信用するな〟って伝えるようにって。なんだか正体も明かせないみたいだったけど」

 顎に手を当ててやや悩んだあと、クロードは呟く。

「……まさか」

「心当たりあるの?」

「どうかな。ただ、妙ではあるんだ」


 また歓声が沸き起こった。

 二人が目をやると、セシールがフード付きのローブ姿でシンプルな杖を持ち、にこやかに観客へと両腕を振っていた。彼女も試合に参加し、準決勝に臨むところなのである。幼く可憐な容姿と強力な魔力のギャップですでに人気者になっていた。

 そしてスミエは驚いた。彼女のローブは、路地裏で遭遇した女が纏っていたものと同一なのだ。


「次はあいつか」

 当然クロードが反応したので、スミエは訊いてみる。

「あ、あの子ピエールさんを応援に来た妹とかじゃなかったの?」

「セシールはベンジーの恋人で尼僧見習いだ。祓魔エクソシズム用の攻撃魔法も使えるからな、試合参加者だぞ」

「小学生くらいなのに? ピエールさんってロリコン?」

「ロリコンはなんだか知らんが、二人ともそろそろ結婚してもおかしくはない歳だろう。おまえやおれもな」当たり前のように述べたクロードだが、付け加える。「別に他意はないぞ」

「一言多いのよあんたわ。けどそんなもんだったのね、へー」

 などとまた未知の知識に感心して話題が逸れかけ、慌てて女子中学生は戻す。

「じゃなくて、それよりあの格好。あなたへのメッセージを伝えた人と一緒……」


 彼女がそう口にしたところで、相手選手も同じ衣装で登場した。

「あの着衣なら騎士のもののように、試合用に貸し出されている」クロードは助言する。「するとそいつも参加者か、あるいは顔でも隠すためにそこから拝借したのかもしれん」

 確かによく見渡せば、似た格好の参加者たちがちらほらと窺えた。

「なーんだ」

 謎が解けると、スミエには新たな興味がわく。

「じゃあ女性の騎士もいっぱいいたのね。ジャンヌ・ダルクは珍しくなかったんだ」

「ジャンヌとは、おまえの知人か?」

「まだ彼女誕生してないんだっけ」

「また未来人気取りの予言ってやつか」

「本物ですぅ!」

「そうだったな、ならば教育してやろう」

 幼子のようにふくれっつらで怒る少女にももはや慣れて、クロードは説明した。


「セシールたちは騎士ではない。太母神や地母神などといった各地の神話にある原初の神が女性神で、魔女という単語が男の魔法使いも指すのに女を想起させる名称であるように、生まれつき女子のほうが魔術師には向いている。逆にたいがい腕力は弱いからな、魔術師の一騎打ちジョストはまず女の参加場所だ」


「ほー、そだったんだあ」

 スミエは感嘆する。そういえば、セシールの対戦相手も可憐な乙女のようだ。

「トーナメント自体に無知だけど、魔法対決もあるのね。てことは、あたしの時代じゃ調べても記録になかったのかな」

「さあな」

「で、ルールはどんななの?」


「ふむ。――まず対戦する者同士が距離を置き、」

 解説しだしたクロードに合わせるように、広場では対戦者たちが動きだしていた。

「それぞれに用意された小さな魔法円の内部に向かい合って立つ。両者を結ぶ直線からやや横にずれた真ん中辺りに審判員が立ち、それが旗を上げたのを合図に構え、下げると同時に魔法を撃ち合う。先に相手を転ばすか円から出したほうが勝ち。大怪我を負うような魔法は禁止、衝撃を与える程度のものに限定だ」


 まさに二人の魔女が、そんな魔術を披露し合う。

 セシールの放った火球は反対側から飛んでくる氷柱を融解させて貫通。これによりちょうどいい火加減の塊となり、スカートを大きくめくる勢いで相手を円の外に弾いた。

 二重の意味でどよめく観客たち。


「あいつもさすがだな」クロードは称えて、席を立った。「さて、おれも行くか」

「んじゃ、あたしも魔術で参戦ね」


「 は あ ッ !? 」


 途端、スミエがほざいたので騎士は絶叫した。

「あれ、言ってなかったっけ」

 口を開けたまま呆けるしかないクロードに、少女はあっけらかんと告白する。

「さっき笛吹き男を探してここらを通り掛かったら、受付の人に声掛けられちゃって。棄権者が出たから代わりに出場しないか、って勧誘されたのよね。だから、エントリーしてみたの」

「いやなぜ了承する? トーナメントの基礎も知識にないやつが」

「だって女性専用の部門みたいに誘うから、てっきり美人コンテストとかもまとめて開催されてんのかなあって誤解しちゃったんだもん。なら優勝確実だし。けど、あんた曰く魔法対決ってことなんでしょ。だったらしょうがないかなって」

「アホか!」とっさに未来の漫才みたいに少女を軽くはたく騎士だった。「さっさと取り消してこい!」


「ううん、せっかくの機会だから証明してあげる」

 スミエは、うろたえるクロードを置いて足早に見物台を駆け降りつつ予告した。

「未来の科学使いだってことをね」

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