Le 20 juin 1284

焚火と誓い

 ――中世の現在。一二八四年六月二〇日。

 常軌を逸した物語を、スミエは夜闇の焚き火のそばで悲壮に告白し終えた。

 傾聴したクロードは、新たな薪を炎に投じる。彼は自省して感想を洩らした。


「ここにしたのもおまえが来たのも、選択する余裕がなかったからか。すまん、いいかげんなことを述べてしまったな」

「いいよ。最初に会えたのがあなたみたいに親切な人でよかったし」

 自称未来人は、努めて明るく振る舞った。その割には自分への扱いがぞんざいな気もしたクロードだが、今回ばかりはツッコまないで質問をすることにした。

「で。この現在にあるハーメルンが、レイライン構築を防げる場の候補というのはどういうわけだ?」

「〝ハーメルンの笛吹き男〟が来るから」

「何者だそいつは」


 訊かれたスミエは傍らに置いてあったリュックサックから、昼間の乱闘での破損を修復したスマホを取り出し、メモを読み上げる。

「西暦一二八四年。ハーメルンの街は大繁殖したネズミに荒らされて困っていた――」


 そこに色とりどりの服を着た男が現れ、報酬と引き換えにネズミを退治すると持ち掛けた。人々が報酬を約束すると、彼は笛を吹いた。

 すると全てのネズミたちが出てきて、笛吹き男に誘導されるようにヴェーザー川で溺死した。

 ところがネズミ退治が済むと、ハーメルンの人々は約束を破って報酬を払わなかった。

 怒った笛吹き男はいったん街から姿を消したが、六月二六日の〝ヨハネとパウロの日〟に再び現れた。

 そして大人の住民が教会にいる間に笛を鳴らしながら通りを歩き、家から子供たちが出てきて誘われるように男のあとをついていった。

 一三〇人の少年少女たちは笛吹き男に続いて街の外に出ると、市外のコッペンにある洞穴に入り、穴は内側から岩で塞がれて、笛吹き男も子供たちも二度と戻ってこなかった。


「いくつかバリエーションがあるけど、だいたいこれが未来の記録。あの街にはレイラインが通ってるの。ああいうのが築かれるような遺跡のサークルとかって、中に入ると別な地点にワープするっていう噂があたしたちの時代にあったんだけど」


「妖精たちが輪になって踊った跡とされる、フェアリーリングなどの話か? 残留する妖力を魔術師が制御して、異なるリングに繋ぐ長距離移動に用いたりするな。おれは魔法使いではないから利用できんが」


「うん。そういうことができるのは、ワームホールだからなのよ」

「ワームホール?」

 謎の単語を反復したクロードだが、スミエはまたスマホを頼りに容赦なく進めた。


「――離れた空間同士を結ぶトンネルみたいなもの。遺跡をレイラインにすると時空が魔力で歪曲するからワームホールが形成されて、片側が光速で振動するの。相対性理論で光の速さだと時間が止まるから、もう片方のワームホールだけ時が流れる。時の流れ続ける側は不安定で崩壊しちゃうけど、ゼノンドライブは無限のエネルギーで量子泡からワームホールを摘出して再構築できて、くぐることでレイラインができた瞬間のもう一方に移動できるわけ。これは半分科学的な現象だから妖精たちは気付けてなくて、あたしたちは密かに研究してたの。進展はなくて、ゼノンドライブで初めて利用できたんだけどね」


「意味フ」

 ついに理解が追いつかなくなった騎士を、自称未来人は放置する。


「で、ハーメルンのワームホールが伝説にある日付辺りに繋がってるから、そこにもレイラインが構成されたと判明したの。たぶん、笛吹き男は妖精ってこと。でも直接行くということはもうそれができちゃってる時点に到着するから、時間的にも場所的にも直前のワームホールを探したらあなたと会ったあそこに通じたわけ」


「すまんが」クロードは正直に吐露した。「さっぱりだ」

「いいわ、あたしも聞きかじった知識に過ぎないから」

「そ、そんなものなのか」

「うん」スマホをリュックの上に捨て、あっけらかんと少女は答える。「とにかく、レイラインができる以前にハーメルンに着けばいいの」

 そして安心したような顔をする。さり気なく、騎士の保存食たる堅パンを齧りながら。


 飯の件はともかくとりあえず頼られてはいるのだな、とクロードは思った。スミエはとぼけたところもある少女だが、辛い体験を乗り越えてもきているようだ。

 守りがいがある、と感じた。

 だから騎士は、鞘に入った傍らの剣を目前に掲げた。彼らが授かるそれは司祭に聖別され、直交する柄と剣身は十字架を象り、一般的なものでも多少妖精に対抗できる。

 そこに誓ったのだ。


「心配ない。ヨハネとパウロの日まではまだ数日あるし、余裕をもって送り届けられるだろう。おれが、必ず無事にな」


 スミエは、たまに見せる本当にかわいらしい笑顔をした。

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