過去とタイムトラベル
そこで。――出入り口の扉と結界が、爆破された。
「目標地点に到達か」
不気味な声音でしゃべりながら風穴より侵入してきたのは、牝山羊と人体を合成したような大柄の怪物だった。
「よ、妖精! いえ、悪魔!!」
「これは予定外だ」慄く女子中学生へと、しかし悪魔は恭しくお辞儀をして名乗る。「我が名はバフォメット。アンシリーコート連合東亜方面軍司令にして、儀式を司る大妖精なり」
「ど、どうも」反射的に起立、礼を返す少女。「中学二年生、十四歳の澄恵です……じゃなくて!」
ばっと悪魔を指差して、彼女は恨みをぶつける。
「あんたたち、なにしてくれてんのよ!! 出て行きなさいよ!」
「断る。世を追放されるべきは、貴様らだからだ」
彼が腕を突き出すと、魔力の衝撃波で澄恵は後方に飛ぶ。
「きゃあ!」
背後にあったケースも粉砕され、破片にまみれてゼノンドライブの真下へ仰向けに転がった。
「我は儀式の効能を引き出す才を有する。儀式魔術の基盤たる魔法円を模ったこんな室内なら、数多の魔法を手軽に扱えるのだ。さて、それが人間どもの開発したというゼノンドライブだな。よこせ」
バフォメットは要求しながら踏み出したが、クラインの壺は真っ直ぐに澄恵へと降臨しだしていた。
悪魔にはわけもわからないまま、壺が澄恵と同化する。
眩い閃光が明滅。バフォメットでさえとっさに目を覆った。
「これが、ゼノンドライブなのね」
光源が発声した。澄恵のものだった。
光が去っていき、悪魔は確認した。もはや、少女だけが平然と直立しているのを。
「おのれ」バフォメットは問う。「ゼノンドライブをどこにやった? 渡さねば痛い目にあうぞ!」
「やめておいたほうがいいわよ、あたしはもう無敵」
ゼノンドライブを装備した刹那に、理解できたのだ。恐れどころか異様な自信が、彼女の奥底から湧き上がりつつあることを。
不敵に応対する脆弱な人間に、悪魔は苛立ち混じりに返す。
「ぬかせ、貴様などより我のほうが強靭だ。脆弱な人より遥かに長命な妖精として、生命を保持しているのだからな!」
「じゃあ。過去のあんたをやっつけたら、現今のあんたもいなくなるわけかな」
「なに?」
「過去に妖精の襲撃準備を妨害すれば、未来も救われるかも」
「世迷い事を!」
「あたしには、もうそんなことすらできるのよ」
「ほざけ!!」
バフォメットは、すさまじい勢いで飛び掛ってきた。そこに、澄恵は唱える。
「――精神装置起動、無限エネルギー変換完了。ゼノンドライブ、発動。〝
奇しくも、彼女の把握した能力の活かし方はクロードのものに似ていた。抽象的な力を、発揮したい方向性に合わせた妖怪のイメージとして浮かべることで定着させるため、名前を唱える。
たちまち。逞しい横綱のような出で立ちの神が半透明の像となってスミエに重なり、天岩戸を抉じ開けた
バフォメットは後方にぶっ飛ばされ、壁を幾層も突破。外壁まで破壊。地中をも掘り進んでいった。
一方、澄恵は天井を突き破っていた。
「街は、街はどうなってるの!」
そんな想いで、彼女は真上の床面を貫通。地上に進出しても止まらず、研究所の一階から各階層、屋上、都市を覆う結界上空にまでも到る。
「……あたしたちの、街が!」
燃え上がる故郷が俯瞰できた。
研究所が描く魔法陣、幼い頃から遊んできた自然公園、よく買い物をする商店街、苦手だった学校、慣れ親しんだ自宅や住宅街。なにもかもが火の海に呑まれている。
砂嵐のような、様々な無数の悪妖精による
「許せない!」
激怒して、澄恵は敵妖精を根絶やしにしようとした。
「みんな、やっつけてやる!!」
それだけで、彼女から球形に放出されたエネルギーが悪妖精もろとも街まで押し潰した。
そこで気付いた。――まったくゼノンドライブを制御できていないことに。
そもそもここまで飛ぼうとしたわけでもない。地上に出ようとしただけだ。
ゼノンドライブは街どころか日本。否、地球をも陥没させた。
飛行も止まらない。
遥か彼方で地球が爆発した。澄恵自身はいくつもの星々を貫き、太陽系から銀河系まで遠ざかる。
「……と、止まって! 止まってよぉ――――ッ!!」
澄恵は音の伝わる媒体のない真空でも、もはや声で嘆けた。不可能なことはないが、可能の範囲も判別できなくなっていた。
混乱のさ中。ふと、バフォメットに冗談まじりに言ったことが脳裏を過ぎった。
〝過去のあんたをやっつけたら、現今のあんたもいなくなるわけかな。過去に妖精の襲撃準備を妨害すれば、未来も救われるかも〟
それだけだった。
ゼノンドライブは即座に地球と宇宙の崩壊を修復。同様の過ちを繰り返さないために、人体の機能周辺は健康を保つ以外、正常な人間になるようリミッターを構成して封じた。
一瞬で旅立ちの準備をして必要最小限の荷物を持ち、直前に読んだ書物にあった候補から最初に開いたページの『ハーメルンの笛吹き事件』を目標として選択。制服姿のままワームホールを形成して、時間移動をしたのだった。
十三世紀の、クロードと出会った晩に。
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