Le ?? juin 1284
フェーデと騎士道
さして強くはなかったが精神的にはこの上なく立派な封建騎士であった父が大病を患ったこともあり、クロードは十代前半で騎士叙任式を受けた。
でなくとも長男である彼には、別の道などありそうになかった。下には有力な兄弟もいなかったのだから。
もっともクロード自身も妖精〝ドラゴン〟を退治した聖ゲオルギウスに憧れ、そんな騎士になるのを夢見るような性分ではあったが、当初は実力が伴っていなかった。
にもかかわらず剣術に秀でているとフランス国王フィリップ三世の重臣たちから誉められたのは、反則的な手段を使っていたからに他ならない。従騎士として最初に殺した敵兵が高名だったせいもあろう。
アラゴン王国との小競り合いに参加したとき。クロードは騎乗突撃で振り落とされ、指折りの剣客と称される敵兵と偶然対峙したのだ。
相手の周りにはフランス王国側の死体がいくつもあり、明らかに戦ったあとで疲労していた。そこを愛用の長剣〝ジョフロア
殺した相手の顔はしばらく脳裏から離れなかった。初めての殺人だったせいもあるが、なによりかの兵はクロードが常人でないと戦闘中に見抜いたのだ。
他には誰にもばれていないが、以後はそれが辛く恥ずかしくもあった。こんな卑怯者の弱虫が、優秀な戦士の人生を終わらせたことを非難されているかのようだった。
かくして。
以降は、好評価の要因であった反則技は一切封じた。
人々は急に腕前の衰えたクロードを不思議がったが、もともと才能もあったのかもしれない。努力の末にやがて純粋な実力で功成り名を遂げた。
そうして一通りの学修期間を修了し、さらなる修行のために仲間たちと徒党を組み、遍歴の騎士として旅立った途中でのことだ。
「おれは反対だ」
数日前の昼頃、クロードは異を唱えた。
とある子爵居城の城壁内にたむろする百人近くの騎士や魔女や従者たちからやや離れた位置で、共に来た仲間たちに放った言葉だった。
「男爵のほうが正しいのに、その上で無関係なフェーデに一族でない者が加わるなど言語道断だ」
目前には、同じ遍歴騎士にしてクロードに似た鎧でやはり靴には同様の立場も示す金拍車を装備する男二人。と、カソックとヴェールを身につけた白魔術師候補――ボワヴァン姉妹がいた。
幼いほうの修練女だけが十歳ちょっとで、クロード含めあとはみな十代半ば。いずれも、将来を期待される屈指の実力者として評判だった。
「仕方ないだろう、子爵の方が金払いがいいんだ」
最年長者たる騎士ロドルフが腰に手を当てて反論した。
彼が勝手にエリートグループと誇るこの五人の中でも実力は最も低いが、〝強面のロドルフ〟と恐れられるがたいはよく、ひげをほとんど剃らない顔貌は歳を数年足したようなすごみがあった。
このとき、クロードたちの雇い主だった子爵はさる男爵に
しかし、男爵の主張は真実だった。
表向き、子爵がシャンパーニュ伯の要請に応えられなかったのは、不意に攻めてきた不良妖精――〝
結果、荒らされたとされる場所にそんな形跡などなかった。どころか、領民たちからは領主がフェーデと称して方々に略奪を行っていることへの不満が聞こえたほどだった。
このことは、ロドルフを含む友人たちも承知だ。
現場は申し訳程度に見張りなどで隠されてはいたが、探ろうとすればできる程度で、よその騎士たちにも子爵の嘘を見抜いた者はいた。けれども、彼らも真実より金を選んだのだった。
「騎士は傭兵じゃないんだぞ!」クロードは怒鳴った。「子爵には正当性までないんだ、騎士道はどうした!?」
「固いやつだな、フェーデ自体がもはや騎士道の体裁を失ってるだろう。おまえは父親に似ず、昔は調子に乗ってたというから期待したんだがな」
ロドルフは意に介さなかった。仲間の三人も、面を伏せて黙っているだけだ。
確かに騎士道は理想で、まともな実践者などまずいない。異教徒らに対する十字軍の蛮行など酷いものだった。
けれどもクロードは納得するわけにいかなかった。初めて人を殺したとき、改めて父のように立派な騎士になると誓ったのだから。
「あえて道を曲げずとも、仕送りやトーナメントなどで食うには足りるはずだ」
「……ちょうどいい機会だ、言わせてもらおう」
猪首を傾げたロドルフは、忌々しげに皮肉る。
「父親の七光りで家宝の剣の継いだり、戦場で手柄を立てたからとフィリップ三世に可愛がられたりしているようだが、優等生ぶるのはやめてもらおうか」
「なんだと!」
かっとして殴りかかりそうになり、クロードは一歩詰め寄った。そんな彼から目線を逸らし、ロドルフは仲間たちに呼びかける。
「みなどうする? オレ様と共に参戦して報酬を得るか、放棄してなにも得ないか」
「あたくしは、あなたに付いていくわ。クロードには悪いけど」
真っ先にそう述べてロドルフに寄り添ったのは、姉の方の白魔術師見習い。アンヌ・ボワヴァンだった。
これは予想していた。
彼女は聖女に肖った名が泣くほどの破戒尼僧だ。ロドルフとできており、やることもヤっている。素業の悪さから、半ば修道院を追放される形で旅に同行してきた。
豊満な姿態を包む服装も宝石で飾り、釣り目がちで全体的な印象も狐のような、赤い長髪の美女だ。粗暴なロドルフとはお似合いだった。
「……わたくしも、姉さまと離れたくはありません。ごめんなさい」
次いでか細い声を発し、ロドルフの側に行ったのは妹のセシール・ボワヴァンだ。
姉と似ず、おとなしめな少女である。容姿は似通っているが年齢相応の未成熟さで、狐というより猫っぽく目尻が垂れている。
なのに、まだ若いからか姉を慕っていた。付いてきたのもそのためだろう。実際、アンヌもセシールにはよき姉妹のように接してはいた。
なのでこれも、想定の範囲内ではあった。
「ぼくは――」
このあとが意外だった。残念そうに口にしだしたのは、もう一人の騎士ピエールだったからだ。
「――黙っていてすまなかったが、実はここの子爵には家族が世話になったんだ。セシールとも交際していた。……ロドルフに賛同するしかない。次の目的地で再会できるといいな」
初耳なことばかりだった。
子爵との関係についてはみなも無知のようだったが、恋仲にはボワヴァンの姉だけがいくらか存じていたかのような反応を示した。
ピエールとセシールは仲良さげではあったが、兄妹みたいな間柄だと残る男どもは認識していたのだ。こっそり恋愛を進展させていたことになるが、事情などもうクロードにはどうでもよかった。
最後の仲間たる同い年の少年ピエール=バンジャマンが、静かにロドルフの方へと移動したのである。
明るい雰囲気の彼は暗く沈んで、瞳にクロードを映そうともしない。バンジャマン……ベンジーは、パリの宮廷で知り合った最も親しい友人だったのだ。
「……そうか。是非もないな、幸運を祈る」
クロードはどうにか落胆を抑え、やっと、一言だけ発した。いろいろな気持ちが一挙に冷めたのだ。
自分の馬――ペダソスに跨ると、一人城門から出立したのである。
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