狐の恩返し

望月 葉琉

九の村編

いちは、男の子を拾う

第1話

「えーん、えーん!」

 昔のいちはは、泣いてばかりいた。

「うるせぇ、疫病神!」

「あっち行け! この狐野郎!」

 物心ついた頃には既に罵られ、蔑まれ、石を投げられる生活だった。

「ずる賢い女狐だね! 飯でも盗みに来たのかい!?」

――ちがうもん、そうじゃないもん。

――おねつがでてくるしいひとがいるって、きいたから……。

――ねつさましにきくはっぱ、とってきただけなのに……。

 恐ろしい顔をする村の人々を前に、本当のことを言えないまま、ただ殴られる痛みに堪え、口を閉ざして涙を流す。

 結局薬草を渡せないまま家に逃げ帰ったいちはは、布団にくるまり、嗚咽を漏らす。


 いつからだろう、そんないちはのもとへ、優しく声を掛けてくれる存在が現れたのは。

「いちはちゃん、いる?」

 ギィ、と扉を開け閉めした響きの後、室内に入ってくる足音。ぎゅっと掴んでいたはずの掛け布団を難なく剥ぎ取り、その青い瞳は見つめてきた。

「また泣いてる。目が真っ赤だよ」

 鼻をぐすぐす言わせながら、いちはの黒い目もまた、その瞳を見つめ返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る