第6話 狭い空

 身内から生ずる瘴気こと工場からの排気ガスは、ただでさえ狭くなった空を薄汚れた茶色で塗りつぶしていく。貧しい労働者たちが住まうのは、汚水処理すら満足に管理されていない集合住宅なのだ。


 かつて農村だった村は解体され工場団地になった。一方で、国の反対側では交易都市が破壊され大規模な農園にされる。交通の要衝だった谷は、隙間なく植えられた果物の木を貧しい小作人が管理させられる。どこもかしこも、大型化に効率化だった。


 効率がよければ経済が発展するのは道理だった。しかし、その発展とは一部の者にとってだけの発展だった。工場にも農園にも似たような簡素で耐久性のない集合住宅が建てられ、そこに労働者たちは住まいを❘充てがわれた《・・・・・・》。錐のようにきりきり舞いに働いて、その利益が労働者に還元されることはなかった。


 とこもかしこも、似たような狭い空を貧しき者たちが仰いでいた。


 そんな空に少しだけ近くなった青年がいた。相も変わらず師匠のやらかす様々なことの尻拭いをさせられており、しかしそれでいて誰よりも楽しそうだった。


 メロスが根負けしてロンを正式に弟子と認め、機械の構造や力学を教え始めたのは三年前のことで、ロンが自分で仕事を取れるようになったのが一年前。二人とも天才肌なので気づいていないが、これは職人としてはなかなかに早熟だ。


「師匠、あそこに宿があります! あそこで今夜は泊まりましょう!」


 ロンが指差したのは見るからに安宿だった。しかし、二人の持ち金はそれほど多くない。宿を選ぶ身分ではなかった。


「ふわふわな布団はなくていいから、ダニの類いがいない床だといいなぁ」


 この地域は湿度が高く、床は板敷きではなく湿気を吸ってくれる植物の茎で編んだ敷物で覆われている。湿気を吸った敷物は、きちんと手入れしないとたちまち虫が湧いてしまう。二人はそんな宿を何軒も経験してきた。


「ここは大丈夫だ」


「そうなんですか師匠」


「ああ。俺の幼なじみがやってるところだ。大丈夫、敷物はない」


 二人がそれほど世の中に悲観していないのは、自分たちが作っているものが貧しい労働者たちの助けになっているという自信があったからだ。


 貧富の格差が広がり、貧しい者は生きていけない賃金で永遠に働かされ続け、自分の境遇に疑問を持つことすら億劫になっていく……そんな世界を変えたいと、二人が開発したのは労働補助器だった。


 工場の天井から吊り下げられたアームが、重いものの上げ下げを補助する。労働者の背丈に応じて作業をするテーブルが高さを合わせてくれる。夢の力を手に入れて、労働者たちはさぞ助かっているだろうと意気揚々で納品先を視察しにきたのである。


 労働補助器というアイデアは、ロンが出したものだった。そのアイデアで、メロスにも生きる理由ができた。自分でも世界をよくしていけると希望を持てた。ロンを正式に弟子にしたのはそのお礼のつもりであった。

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