第4話 メロスの生い立ち
「で、結局あの市長は揉め事一つ解決できずに庁舎に逃げ帰ったわけか」
依頼を終えて小屋に帰る最中にまたふらりといなくなり、夜遅くにやっと帰ってきたと思えばこれである。ブツブツと文句を言いながら安酒をあおるその行動に、弟子のロンは不安を覚えた。
ふらふらしていて神出鬼没なのはいつものことである。愚痴をいうこともないことはない。問題はその内容と、酒が絡んでいることだった。
「師匠、お酒なんて飲まずに寝ましょうよ。お酒は身体に悪いですから」
「わかってるよ、くそ弟子。たまに飲むくらいいいじゃねぇか」
やはりおかしい、とロンは警戒心を高めた。グダを巻く感じからして相当に酔いが回っているらしい。日頃から酒で鬱憤を晴らすような人間ではなかったため、よほどのことがあったのだろうと弟子は心配するわけである。
「まぁたまにならいいですけど。それより、市長がどうかしたんですか」
メロスはため息をついて、途端にシラフの顔になった。酔いが回った演技だったのだろうか? 酔ったフリでもしないことには気がすまないほどのストレスだったのだろうか。ロンは気が気でない。
メロスは黙ったまま、酒を床に置いた。そして、ソファに腰を下ろしポツリポツリと語り出した。ゴミ捨て場にあったものを修理し、継ぎ接ぎのカバーを被せただけの小屋唯一の腰を下ろせる場所が、ギィと音をたてて歪んだ。
「俺はな、ヴァンの息子なんだ」
「ヴァンさん、というのが師匠の父上なのですね」
「ああ、そうか。若い者は知らないのかもしれないな。ヴァンというのは革命の英雄メゾンの別名だ。特権階級の出身ながら平等な世界を実現した偉大な人だよ」
「えっ、師匠がメゾン様の……いや、ちょっと待ってください。メゾン様はヒトとしての肉体を捨てた
「そうさ、ヴァンという人の実の子はいない。でも俺は、あの方から大切なことをたくさん教わったーー孤児だった俺に機械いじりの楽しさを教えてくれたのも彼だった。養子にしてくれるという話もあったが俺が断った。なんか、俺があの方の子だなんておこがましいと思ったからだ」
メロスは悲しげなまつげをロンに向けた。
「あの方は聡明な人だったーータエ様が亡くなってすぐ、世界に新たな不条理が近づいていることにお気づきになったのだ。それは、|同じ民族のなかでの富める者と貧しき者の
革命の英雄タエ・モンブランの死後、タエの長男は自らに名誉市民の称号を贈らせた。そして、工場経営者への税金を軽くした。すべて、有力な人間に支持を得たいという打算からきた行動だった。
貧しき労働者に力はなく、彼らをこき使う経営者が優遇される。タエの息子の虚栄心のために、不可逆の格差増大が始まった。それこそ、坂を転がり落ちるように。民族間の平等という理想が実現されてすぐのことだった。
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