第104話 正式名称ホホジロザメらしい

「逃げないと!!」


 人一人を丸呑みできる鋭い牙付き口で、5メートル以上の体に、無意識で見てしまうリアリティーの高い口の周りに付いた血の跡。

 現実なら『白い死神』と呼ばれ、本物は知らないとは言え、映画やテレビで何度も見たことがあるホホジロザメの姿に、レストは焦って逆方向へ泳ぎ出した。

 さすがのレストでも現実味のないゴーレムとは違い、現実にいるホオジロザメには本能的な恐怖を感じたのだ。

 その現実と瓜二つというレベルのホオジロザメが、装備の存在を忘れさせるほど、レストの精神を錯乱させた。

 フォームが崩れたクロールで泳ぎ始めたレストは、崩れると分かっても背後を見てしまう。


(やっぱり追って来たかーー!!)


 ホオジロザメは背後から見た目ゆっくりとだが、着実に近づいていた。

 それに焦燥感をあらわにしたレストは、爆裂玉を召喚し投げる。


「ダメか…てか、普通にこぇぇえ…」


 ホオジロザメは当たる直前に先ほどとは見違える速さで海中に潜り、レストの数メートル下を素通りしていく。

 もし下から来たらと思うと背筋がゾクッとして、泣き出しそうなレストだった。

 浮上したホホジロザメが、立ち止まったレストを中心に、ゆったりと動作で旋回する。

 レストは常にホホジロザメから目を離さないよう、その場で体の向きだけ立ち泳ぎで変える。


「本当にどうすれば…」


 切実な様子で打開策を考え始めたレストに、移動していた円を徐々に小さくさせ、隙を虎視眈々と狙っていたホオジロザメが行動した。


「やばッ!!」


 レストが僅かにだけ遅れてホオジロザメがいるであろう場所を向いたけど、既にホオジロザメは居なかった。

 それにレストは冷蔵庫の中に入ったかのような、全身が一気に冷たくなる感覚を味わう。

 本能的な恐怖と言える衝動にレストは、何度も一回転を繰り返しながら周囲を見た。


「あっ…」


 ホオジロザメを見失って数秒、焦燥を掻き立てられたレストは初歩的なミスをしてしまった。

 故に足下から迫るホオジロザメを見逃した。

 目を頼りにしたばっかりに、【気配察知】と【視線察知】を疎かにして、足下から近づいてくるのを直前まで気づかなかったのだ。

 レストは周囲に居なければ海中へ潜ったというのも見逃していた。

 その事を視線と気配で気づかされたレストは何の行動も取ることなく、打ち上げられる。


「GRRRRRRRRRRR!!」

「ぐっ!」


 ホオジロザメの声を間近で聞くと同時に、レストは水面に叩きつけられ、下半身を噛まれたまま水の抵抗を正面から浴びながら引きずり込まれる。

 レストが反射的にもがいて、ホオジロザメの口から出ようとするが、 


(痛っ!!)


 ホオジロザメが一瞬だけ強力な噛みつきで大人しくさせた。

 その攻撃に口の中にあった空気が漏れ、海上へ昇る気泡に手を伸ばすが、虚しく指の隙間から抜けていく。


(ヤバイヤバイ!!どうしよう!!)


 噛まれた所が痛み、赤い光を漏れ出すレストは顔をしかめ、左手で口元を塞ぐ。


(何で…ここに)


 右手に持ったナイフを背後へ振り回し攻撃しようとするレストが、ホオジロザメを鑑定した。

 レストは現れた鑑定結果に放心した後、内心で悲痛な叫びを上げる。


(50)


 相手は決してエリアボスでは無かった。

 だが、36~40のレベル帯のはずなのに、ホオジロザメはレベル50というレベル帯を越えていた。

 ここのエリア“人食いの住み処”が名前から注意喚起をしていた代表格がこの“人食いシャーク”というホオジロザメなのだ。

 レストは忘れているが、これは14日に追加された要素、ごく稀にレベル帯以上のモンスターが出現する、で現れた存在である。

 意味不明な状況に絶叫するが、息苦しくなって長く続かず。


(そんなこと、今はいい。それよりも息が!!)


 レストが最後の抵抗として、必死に暴れてナイフを振り回した。

 それが偶然にも鼻先に当たり、ホオジロザメの噛む力が弱まる。

 それを噛まれた部分から感じたレストは、持っていたナイフを手放し、口元から下半身を出せる隙間を確保して抜け出した。


(死ぬ死ぬ死ぬ)


 痛む体を無視して必死に手足を動かし、己の浮力頼りに海面へ戻ろうとする。

 いつもより長く感じる中、無事に海面から出た。

 レストは海水も飲み込むが力強く空気も吸い込み、数度激しい呼吸をする。


「GRRRRRRRRRRR!!」


 しかし、背後から同じく浮上してきたホオジロザメに再度同じことをされ、海中へ引きずり込まれた。

 それどころか今回は片手も噛まれ、さらに深く深く潜っていく。


(くそぉ!!)


 暴れるレストに、強力な噛みつきで痛みが激しくなり、赤い光がより流れる。


(もう一度!!)


 再び攻撃をして逃げよう考え、左腕で攻撃するが離す素振りも見せず。


(せめて…武器を、出せれば…)


 高速で動き出して水の抵抗にメニューをする余裕もなく時間だけが過ぎていく。

 そして、徐々に抵抗らしい抵抗をしなくなった。


(あー、忘れてた…)


 息苦しさにピークが来た時、走馬灯のように過去の出来事が脳裏に浮かんだ。

 その出来事がレストの胸をざわつかせ、死ぬ間際なのに思わずにいられなかった。


(あの子天空龍に…会いた…かった……な…)


 陸上生物が水中生物を不利な水場で倒すには、有効な道具や確立された方法で倒すしかない。

 だからこそ、それを出来なかった者が死んでいく。

 最後に、天空龍の元へ向かう予定を忘れていたことを嘆き、レストの視界は暗転した。

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