第94話 孵化したのは…

「うっ…」

「マーリン!大丈夫?」


 頬と体にひんやりとした寝心地の悪い硬質の感触と、肌に張り付く不快な感覚を感じながら、昏睡状態だったマーリンが目を覚ます。

 それに片手に空のガラス瓶を持つレストが安堵の息を吐いた。


「やっと目覚めた…」


 マーリンは濡れた服に顔をしかめ、横たわる体を起こして周囲の確認をする。

 背後に通路の行き止まりである壁。

 隣で中腰となったレストの傍に火が灯る松明や、殻となったポーション瓶が錯乱していた。

 その様子から、寝ていた間にレストが治療してくれていたと考え、感謝を伝える。


「サンキューなレスト」

「いや、気にしなくていいよ…巻き込んだのはこっちだし」


 頬を掻いて苦笑するレストは、置いていたポーション瓶を片付け始める。

 その間にマーリンは頭の中を整理して、聞きたいことをまとめた。

 そして、レストの回収作業が終わると同時に聞いた。


「レスト。俺の記憶では卵の殻が飛び散った瞬間で途切れているが…その後はどうなったんだ?多分、あれ特殊な従魔だろ?」

「ステータスとか見られなかったけど、特殊だったよ」


 レストは天井に空いた穴の方を向いて遠い目となった。

 だたならぬレストの様子に、マーリンは慎重に言葉を掛ける。


「ステータスが見られなかったか…もしかして、レストが従魔を連れてない理由と関係しているのか?」

「…近いかな?」

 

 レストは遠い目が一転して、やましいことがあるように視線を横へやる。


「まぁ、何があったかは、今から話すね…」



 光が弾け、暴風に晒され、視界を真っ白に染める。

 されど、それは一瞬の出来事だった。

 この状態を起こした渦中の人物、レストは伏していた顔を見上げる。


「あっ…」

「……」


 弱々しくなる光の中、自分が持っていた従魔の卵から生まれたであろう存在に、レストは口を大きく開け、瞳へ焼き映す。

 レストが瞳に映す存在も、金色の瞳でレストを見据えていた。


『【使役術Ⅱ】を習得しました』

『【使役術Ⅲ】を習得しました』

『【使役術Ⅳ】を習得しました』

『【使役術Ⅴ】を習得しました』


 その瞬間、レストはスキル習得を知らせるアナウンスが聞こえ、意識を取り戻した。



「待て。何故、レベルⅤまでのスキルを習得しているんだ…」

「…さぁ?」

「分かってないのかよ…」

「うん。あの時、そこまで考える余裕がなかったから…続き話すね」



 アナウンスで意識を僅かに取り戻したレストは、目の前の存在に愕然とした。

 この状況が想定外だったのもあるが、それ以上に孵化した従魔が想定を逸脱していたのだ。

 レストはろくに頭が回ってない状態で、ぽつりと言葉を漏らす。


「りゅう?」


 廃坑も、坑道も、オオテ鉱山も、雲も貫いて、赤みがかった空をバックとした小さな竜。

 それもただの竜ではなかった。

 特徴的な翼が生えてない細長い胴体に、力強さを感じさせない短い手足。

 西洋の竜ではなく、東洋の龍だったのだ。



「ドラゴン改めて龍を孵化させちゃったみたい…」

「マジかよ」

「うん、マジ。金色の瞳に白色と空色をベースとした子龍」

「…それって、スカイドラゴンみたいだな」

「おっ!」



 レストは正面の鱗と背鰭と小さな角が白色で、残りの部分が空色の小さな竜を見て思った。


──なんか、雲がある空みたい


 そう思うと不思議で、レストは心に少し余裕が出てきて、


『現在の使役数では天空龍を使役することができません。【使役術Ⅴ】まで獲得しますか?残り47秒。Yes/No』


 と、表示されていたことに気づく。

 だが、本来の注目するであろう所と、天然の注目した部分は違った。


(この子は天空龍という名前なのか!!)


 天空龍という種族名だった。



「マーリンも空みたいな印象を覚えるよね。名前も空を意味する天空だし、空をモデルにしていると思うんだよね。目は月か、それとも太陽。どっちと思う?」

「……いや、それよりも。お前…気づくべき部分があるだろう!」

「…残り時間?」

「違うわ!【使役術Ⅴ】までスキルを成長させる必要があるってことだ」

「………あれ、【使役術】が5?」

「真っ先に気づけよ…その龍、通常の従魔の5体分だということだぞ?」

「さすが、天空龍ちゃん」



 レストは種族名を知って、天空龍の姿をまじまじと見つめた。


(ヤバいな、よく見てみると想像以上に可愛いぞ)


 蛇と間違えそうなほど体に、ぱっちりとした縦に割れた瞳と、ぴょんと飛び出した手足。

 そして理知的で警戒した可愛らしい姿が自然と頬が緩ませ、庇護欲を掻き立てる。

 レストは今まで溜まっていた愛でたい欲求の相乗効果も合わさり、胸を押さえてノックアウトされた。

 高速で起き上がったレストがつま先立ちになり、


「大丈夫だからね、天空龍ちゃん~」


 子供へ掛けるような声で、天空龍に手を伸ばす。



「お前…」

「…可愛くて、つい衝動的に」

「何でそんなに誇らしげなんだよ」

「後悔はしてない!」

「……ダメだ。こりゃあ」


 

 完全な暗闇と化し、僅な微風を越えてレストの指先が天空龍の頭に届く直前。


「キュッ!」


 天空龍は波のように動く胴体を回転させ、尻尾でレストの手を弾いた。

 可愛い鳴き声に頬はだらしなく緩み、弾かれては一瞬だけショックを受けた表情になるレスト。

 それでも、へこたれることなく天空龍へ笑顔を浮かべ、手を伸ばす。


「そんな警戒しなくても…」

「キュー!!」

「ぐべっ!」


 天空龍はレストの手から逃れ、頭上に来た天空龍が叫び声を上げると、レストを押し潰した。

 ただし、天空龍はまだレベル1で、相手レストはレベル50の装備付きだ。


「ふふふ。この程度で諦めるほど、この衝動は弱くないよ?それに暗くても【音響察知】で場所も特定できる」

「キュッ!?」



「諦めろよ!!」



 普通に立ち上がるレストに、器用に口を開いて驚いた表情を浮かべる天空龍。

 次は今の一撃より強力な攻撃を放つ。


「キュー!」

「あべし!?」

「……」

「ふふふ。さっきより重いけど問だ…えっ、そこまでする?」

「……キュッ!」


 天空龍は再び起き上がったレストに問答無用で風弾10発を放つが。

 僅かにノックバックするだけで、防御力が高過ぎてダメージは通らない。


「ふふふ。そっちがそう来るなら【天魔波旬】」

「キュー!?」



「少しは手加減して上げろよ!!」

「いや~、あー、その…」

「てか、天空龍?が驚いた姿が目に浮かぶぞ」



 黒い霞のようなものをレストは纏った。

 そして、【音響察知】や【気配察知】でおおよその場所を特定し、肩に黒い手を生成した後、見えない天空龍に魔の手を伸ばす。


「キュッ!」


 天空龍が鳴くと、何かが遮るように魔の手の進行速度を弱めた。

 さらに、自身の飛行速度を上げ、綺麗に魔の手だけを躱してから、


「キュー!」

「いたぁ!」


 レストの顔面へ強烈な尻尾のビンタを食らわせる。



「お前、完全に変質者みたいになってるぞ」

「……ちょっとテンションが上がってやり過ぎました」



「って、痛くなかった。もしかして、天空龍ちゃん、手加減してくれた?」

「キュッ…」


 一撃を食らわした天空龍は少し距離を取った。

 だが、硬すぎてダメージが入ってないレストは盛大に勘違いする。

 それに天空龍が後退りながら弱々しい鳴き声を上げる。

 レストは何で避けられるかを少し考えた後、火を点けた松明で照らす。


「ごめんね。見えなくて、不安だったよね?もう、大丈夫だから」

「キューー!?」


 レストは再度勘違いをする。

 黒い手が肩から生えた三本の腕を持つ人間びっくり箱に、天空龍は悲鳴のような声で鳴く。

 天空龍は照らされたことで背後を塞がれていることに気づき、キョロキョロと顔を動かし、天井の穴を見つける。


「キュー!!」


 予備動作のない全力の戦略的撤退を開始した天空龍。

 レストは飛ぶ方向を見つめ、天空龍が逃げようとしていることに気づく。


「うそでしょ!!」



「多分、一連のことは勘違いの勘違いだ。お前、普通に嫌われてるんじゃね?」

「えっ、そんなことあるのかな……あっ」

「心当たりあるのかよ」



「良かった、ケガしてなくて…」


 無事に着地したレストの声の後、カコーンと松明が落ちる音が響く。

 さらにその後、天空龍の鳴き声が木霊する。


「キュー!?」


 天空龍は気づいたら、顔と腕の間、足と尻尾の間を優しく掴まれていた。

 レストが今まで抑えていた力によって、過去最大の速さで動いた魔の手を使って天井の穴を塞ぎ、高速で跳躍して捕まえたのだ。

 その結果、着地する前に壁を蹴って勢いを殺したとはいえ、天井に肩と頭を打ってダメージを少し受けたが。


「キュッ、キュー!キューー!!」

「そんなに暴れなくても…」


 レストは暴れる天空龍に声を掛けるが、天空龍は動きを止めない。

 複雑そうな表情を浮かべるレストは閃き、足と尻尾の間に掴んでいた手を放した。

 そして、生唾を飲み込んだレストは天空龍の頭を撫でようと、その手をゆっくり近づけた。


「ギュゥー!!」

「うぉっ!?」


 胴体で叩いても効かず、暴れても優しく掴まれた手からは逃げられず。

 天空龍は撫でる為に伸びてきた手を噛んだ。

 それに驚いたレストは反射で両手を引いた。


「キュー!!キュィ?」


 このタイミングで一時撤退をしようと天空の穴に目掛けて飛んだ天空龍。

 だが、制限時間が来た。

 金色の光に包まれ、驚いて止まった瞬間に居なくなる。


「えっ、何で!?」


 この光景を目撃したレストはパニックになり、周囲を見ようとして目に入った。


『制限時間が過ぎたので、天空龍はプレイヤーホーム(または牧場)へ転送しました』


 レストはこの表示を何度も読み返し、安堵の息を吐いた。


「良かった…マーリン!?」


 自分の声でマーリンが倒れているのに気づき、松明を回収した後、ライフポーションなどを使って手当てし始める。

 そして、噛まれた時の光景が頭に浮かんだレストは、再再度勘違いした。


「急に驚いて噛んだのか」


 レストがこの言葉を呟いて数分後、マーリンは起きた。



 最後まで話を聞いたマーリンは空回りばっかりしている友人に、珍しく眉間を押さえて呻いた。


「レスト。聞いた感じ、最後のも勘違いだからな?」

「いや、本当に驚いたというのは…」

「ない」


 真顔で告げられたレストはガクッと項垂れる。

 そんなレストに苦笑した後、マーリンは優しく肩を叩いて聞いた。


「牧場へ会いに行くか?」

「……少し時間を置いた方が。お互い、冷静になれると思う。だから、廃坑探索が終わってから行くわ」

「そうか」


 恋人の喧嘩のような一言を聞いたマーリンは飛ばされた帽子と杖を回収し、レストに拾った使っているのとは別の松明を手渡す。


「なら、さっさと探索を終えて、冒険者ギルドの有料牧場に行くか」

「了解。取り敢えず、次は焦らず、ゆっくり接してみようかな」

「それが一番」


 と、言ったレストを立ち上がらせ、二人は廃坑探索を再開した。


「……」

「あっ、ごめん。そう言えばマーリンが来る前、反射的に投げた爆裂玉で出られなくなったの忘れてた」


────────────────────


従魔だからと言って、最初から懐いているとは限らない!!

この子は初期構想からマーリンが切っ掛けで孵化する予定だったけど、94話目でやっと出せたよ…

でも、本格的な登場はまだ先だけど。

後は、途中で思い付いたあの子の登場のみ。

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