第36話 生産プレイヤーの習性

「ここは任せて、先に行ってアリス!!」


 変な色のキノコや紫色の草木が生えたデコボコな地形のボス部屋。

 水溜まりのような毒がある近くで身を屈めたレストは、苦しそうな声で叫ぶ。

 右手に持つのは空のポーション瓶。


「…レスト」

「いいから…大丈夫だから」


 等々限界なのか、レストは片方の膝も地面をつく。

 左手の赤い玉は地面に転がし、前屈みに倒れるのを支えるために、左腕を地面へついて体重をかける。

 レストは近くに浮かぶメニューを操作しながら、少しだけアリスへ顔を向け笑いかけて言った。


「そっちのことは頼んだ」


 アリスは一瞬だけ向けレストにジト目を送って、マッドネスラットの体当たりを避ける。

 そしてすれ違い様に一閃。

 避けた勢いのまま走り、マッドネスラットから距離をあけた。


「…アイテム集めはあとで」


 お玉で毒液を掬って、ポーション瓶に注ぐレストに呆れた声が届く。

 背後を向けているのにやっている当てられ、内心ヒヤリとしたレストはしらを切る。


「ゲホゲホ。毒が身体中に回ってキツイ。ゲホゲホ」

「…鑑定すればレストが毒じゃないことぐらい分かる」


 パーティメンバーは距離があろうと見ようと思えば、HPや状態を見る機能を使うアリス。

 変色の森へ入った途端、目を輝かせてアイテム収集を始めたレストに、ウスウスこうなるのではないかとアリスは考えてた。

 何しろ群生地ごとアイテムを刈り尽くすプレイヤーだ。

 アリスがマッドネスラットのHP半分減らすまで、取れるアイテムがあれば収集するだろうと。


「…ボス戦中」

「素材欲しさにボス戦邪魔して、すいませんでした」


 だが、それを許すとは話が別。

 戦っているアリスから注意され、レストはばつが悪くなる。

 5本の毒液ポーションを地面に並べ、レストは土下座で謝った。

 でも、レストにも言い分がある。


「2分経過すると無くなるんです。この毒」


 毒の水溜まりはマッドネスラットが口から毒液を飛ばすという攻撃で生まれたもので、地面に着弾して2分経過すると無くなる。

 ちゃっかり使っていた【採集】で回収できることをレストが知り、ボス戦終わってからと考えてたが、時間経過で無くなった。

 それにレストは気づいてしまったので、毒になったよう見せかけ、回収していたのだ。

 素材になりそうなものを見つけたら取りに行ってしまうのが、生産プレイヤーの性。


「…せめてやる時は言って」

「ありがとうございます!!やっていいですか!!」


 レストは否定しないアリスにハハーと土下座して感謝を表現し、最高の一本を作って贈ろうと決心する。


「…いいけど、このペースで行けば、すぐに交代になる」

「了解です」


 マッドネスラットが口から出した毒玉をアリスは避けたが。

 レストが言うと同時に顔を上げた為に、


「…あっ」

「目がぁあ!!毒がぁぁ!!」


 アリスの方を向いて土下座をしていたので顔面に毒液が被弾する。

 こうして、名ゼリフに似た言葉を今日で2回聞くアリスだった。



 マッドネスラットはマッドネスシープより身体能力で劣るが、麻痺効果の胞子が充満したボス部屋で、毒や眩暈などの状態異常を使う厄介なボス。

 それもプレイヤーが状態異常に掛かるまで、ほとんど攻撃してくることはなく。状態異常に掛かると、さらに状態異常を掛けて弱らせてから、攻撃してくるという徹底ぷりだが。

 アリスは【退魔之剣】を使うことで状態異常を解決し。レストは装備に状態異常耐性が付き、状態異常を軽減する効果を持つ初級ライフポーションが100個以上。

 つまり、二人とマッドネスラットは相性が良すぎた。

 アリスのコンボ技を使う機会も、レストが3つ以上の爆裂玉を使う機会も無く、本来の戦い方が出来なかったマッドネスラットに勝った。


「…本当に一人で挑む??」


 9時から変色の森へ向かって、2回のマッドネスラット戦を終えたあと、夜の間も行動し、12時過ぎのゲーム内では深夜という時間帯。

 現在二人がいるのはゴツゴツした足場と時々強い風が吹き、落ちたら洒落にならない谷がある“突風の谷”。

 先行しているアリスは振り向かず、帽子が無くなったレストに聞く。


「もちろん」


 それをレストは躊躇いなく答えた。

 二人の足音が響く。

 夜の襲撃を経た後にアリスの足が止まり、レストも止まる。


「…私も戦おうか?」

「いい」


 後ろを向いたアリスに、レストは首を振って答える。

 無謀とでも言いたそうな雰囲気に、レストは苦笑する。

 そして、再び突風が吹く。

 地面を掴み飛ばされないようにしてたレストが、なだめるようにいう。


「アリスは暴獣とさせる獣だけを討伐する、こっちは鴉も含めた暴獣を討伐するって決めたでしょ。なら、鴉は一人で挑まないといけない。なんせこっちは、ドロップアイテム目当てだから」

「…そうだけど」


 アリスが得た情報に、突風の谷のマッドネスクロウとさざなみの湖のマッドネスタートルが暴獣ではない可能性があるというもの。

 変色の森へ行く道中、その二体をどうするか話し合ったレストとアリスは、二つの意見に別れた。

 アリスは獣のみのクエスト中心主義と、レストの暴獣素材欲しい主義。

 この二つの意見はとある条件を満たせば、両方実現できた。

 それが、これまで通り暴獣を倒しつつ、レスト一人でマッドネスクロウとマッドネスタートルに挑むというもの。


「アリスは心配し過ぎ。こっちはマッドネスベアをソロで倒した経験もあるんだよ」

「…でも」


 レストは安心させるように言うがアリスの顔が晴れない。


「…回避まだまだへたくそだし。さっき、私が助けないと吹き飛ばされてたし。たまによく分からないことするし」

「………」


 悪気のない、心配しているアリスの言葉に、レストの心にクリティカルと弱点攻撃と弱点属性によるダメージが入る。

 確かに、突風で飛ばされた帽子を取ろうとして谷から落ちかけ、羊に乗ったり、玉乗りしたり、投擲勝負をしたり、回避もまだまだ上手く出来ない。

 アリスに心配されるのも無理はないだろう。

 ちなみにだが、【回避術】はもっと回避が上手くなってから獲得する予定だ。


「だ、だいじょうぶ。当たりさえすれば大ダメージの爆裂玉があるから」

「…本当に??」

「ライフポーションもたくさん余ってるから、大丈夫!!それに作戦を考えてるし!!」

「…ダメだったら次の場所行くから」

「サンキュー」


 二人は再び歩き出す。

 面倒見が良い人だなーと考えつつ、心配してくれるアリスに嬉しく思うレストだった。

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