幸運な男

アール

幸運な男

その男は今の今まで不幸という言葉そのもののような人生を歩んできた。


生まれてすぐに親に捨てられ、橋の下にて仲間のホームレス達と共にその日その日をなんとか食い繋ぐ生活。


お金もなく、家もなく、生まれてすぐに捨てられた為、名前すらも持ってはいなかった。


しかしそんなある日のこと。


男はいつものように、どこかに小銭や食べ物が落ちていないかと街の中を探し歩いていた。


そして裏路地に設置されているゴミバケツにまで手を伸ばす。


そして彼は見つけた。


ゴミバケツの中にぎっしりと詰まった何百、いや何千枚もの札束達を。


「な、なんだこれは」


男は目を大きく見開き、そして確認の為にその中の一枚を自分の掌の上に置いた。


「やっぱり本物の万札だ……。

しかもこんなに……」


見たこともないような数の札束に圧倒され、男は思わずその場で尻餅をついてしまった。


しかしすぐに我に帰ると、その札束の山を出来るだけ多く、自分のポケットの中に突っ込む。


「これはきっと報われない人生を歩んできた俺に、神様がくれたご褒美のようなものなんだ!

ああ…、なんと素晴らしいことだろう」


男は早速スーパーマーケットへ駆け出すと、食品を山のように買い込んだ。


……お金はまだまだいくらでもある。

次は何を買おうか……。





やがて男は雨風を凌げる自分の新居を手に入れた。


壁に囲まれた生活は男の長い人生の中で、

これが初めての経験。


男にとってはまるで夢のような生活といえた。


「嬉しいねぇ、好きなだけゴロゴロしていられるってのは。

自由っていいものだなぁ」


男は寝そべり、部屋の天井じっと見つめながら笑顔でそう呟いた。








と、そんな時、不意に部屋の外からこんな声が聞こえてきた。





「おい、囚人番号1211番。


またお前か、消灯時間はとっくにもう過ぎている。

早く静かにしないか。


全く……、本当はお前に対してこんなにガミガミ言いたくないんだ。


偶然、お前は銀行強盗が隠していた金を見つけ、そして使ってしまった。


だが俺も、もともとホームレスだった時期があるから、使ってしまったお前の気持ちはよくわかる。


ああ……、なんてこいつは不運な男なのだろう」






だがその看守の声は彼の耳に届いていない。




こうして男は、衣服、寝る場所、食べ物。


そして名前までも手に入れる事が出来たと手を叩いて喜ぶのだった…………。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸運な男 アール @m0120

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ