短い夜の物語

アール

短い夜の物語

とある雪降る夜のこと。


村の近くにある森の中に堂々とそびえ立つ大きな洋館があった。


その洋館の中に造られた寝室のベッドに横たわり、寝息を立て、寝たふりをしている屋敷の主である1人の男は、泥棒が油断して近づいて来る時をじっと待っていた。





現在、かつてないほどの危機を迎えていること男の名はアール。


名のある有名資産家であった父や母は既にこの世を去り、その遺された莫大な遺産であるこの洋館や、使い切るには1度の人生では足りないほどの財産が彼の手元にはあった。


しかしアールは、その財産を前にして使い道を考えあぐねていた。


彼には遺産である洋館や財産を共有できる恋人はおろか、友人すらも存在していなかったからだ。


彼が生きてきたこの44年間もの人生を2文字で表すとするのならば、それはだった。


そしてその孤独な日々が原因となって彼の性格を歪みに歪ませた。


常に人と関わることを恐れ、人を常に疑う。


いわゆるになってしまったのだ。


そして両親が死んでしまったその日から、彼の人間不信の症状は悪化の一途を辿った。


強盗が遺産を狙って背後から襲って来るかもしれない、泥棒が闇に紛れてこの洋館へと侵入して来るかもしれない。


そんな心配を心の中で積もり積もらせた彼は、いつしか護身用のピストルを手放せなくなってしまったのだった。






そして話は現在に戻る。


彼の心配はとうとう的中してしまったのだ。


それは彼がすやすやと寝室のベッドで昼間の疲れを癒していた時だった。


不意にベッドへと忍び寄る一つの気配で彼は目を覚まし、相手に悟られぬようゆっくりとまぶたを開いた。


暗闇で姿はうっすらとしか見えないが、どうやら寝てる間に泥棒に入られたらしい。


大柄で帽子をかぶり、そして肩に大きな袋を担いでいる。


泥棒はしばらくあたりをうろうろしていたが、寝室に寝ているアールの姿を見つけると嬉しそうに笑い、枕元へと足音を立てずにそろりそろりと近づいてきた。


そんな手慣れた相手の動きを見て、アールの全身に鳥肌がたった。


「……とうとうこの洋館に賊が侵入してきやがったな。帽子を被って顔を隠してやがる。

あの手慣れた身のこなし方。

さてはこれが初犯じゃないな。

しかもあの大きな肩に担がれている袋。

……間違いない。

あの中に俺を押し込み、誘拐しようって魂胆だな。

……そうはさせてたまるか」


彼は心の中でそう呟くと、布団の中に隠れた手を上手く使い、ポケットの中から肌身離さず身に付けているピストルを取り出した。


「俺が寝てると思って油断し、近づいてきたところにこいつをお見舞いしてやるぞ……」


そんな彼の恐ろしい考えなど露知らず、泥棒はアールの枕元へと近づいて行く。


そしてその距離が僅か数センチと迫ったところでアールはバッとベッドから跳ね起きた。


そして驚く相手の泥棒の頭めがけて3発もの銃弾を発射した…………。








一方その頃、洋館の外では、飼い主の仕事帰りを今か今かと待つ2頭の忠実な部下達があまりの寒さに体を震わせていた。


まだ夜明けまでには時間があるが、のんびりしてはいられない。


不幸な身の上を持つ人々はまだまだ世界中に沢山いるのだから。


お金がない貧しい家、両親から虐待を受けている家、恋人に死なれて悲しみに打ちひしがれている家、そして誰にも愛されずに孤独な毎日を送っている家など、数え上げればキリがない。


でもそんな人々にも平等に幸せが訪れる、そんな一夜の奇跡があってもいいではないか。


なぜなら今日は12月24日の夜、イエスが生まれた聖なる夜なのだから。

























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短い夜の物語 アール @m0120

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