このコメントはあなたを見ています。

常陸乃ひかる

わたしの記憶

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ここ数日の話です。私は誰かに見られている気がするのです。まあこの私がモテることはあり得ないので、ストーカーではないでしょう。ふと思い出したのは都市伝説の内容でした。なんでも某小説投稿サイトで、『ある文字』を見ると呪われるというコアーシブな、はたまたチープなものです。ネットワーク管理された現代だからこそメランコリアな奴が食いつくということでしょうか。かく言う私も実は、家のパソコンで小説を書いては、たまに投稿しているのですが、まだまだ――。稀に頂くコメントを心の支えにして、今日も駄文をつづっているのです。ちなみにこの無意味な文章は私の日記みたいなものだったり。


 では、執筆の話に戻しましょう。私は数年前から文字を書いているだけで、文才があるわけではないのです。私なりに考えて流行りのライトノベルを読めば、同じような文が書けるかと思いましたが、これもまったく効果がありません。やっぱり、覚えたての難しい文字を装備しても、使用スキルが備わっていなければ無意味です。それを踏まえて、指南書を求めて本屋さんへ行きました。どういうのが良いか、ウロウロ見て回りましたが、種類も多く、値段も高くて決めあぐねました。次に古本屋へ行ってみると、『小説入門・まず一本書き上げよ』というタイトルが目に留まりました。いやはや、値段も安いしタイトルもぐっと来るし即買いだったね。以上が進捗です。また、これから執筆を行います。必死にやるので応援のほどヨロシクお願いしまーす。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 こんな感じで、進捗状況をポチっとな! 無事に投稿が完了した!

 のんびりと深呼吸。吸って吐いて――物書きは疲れるが、充実感がある。


 このあと風呂に入り、ふたたびモニタの前に戻ると一件のコメントがついていた。

 めずらしいことだ。嬉しくて、わたしの心がタバタ式トレーニングを始めそうだ。

 んーっと、コメントをくれたのはフォロワーではない一見いちげんさんである。

 というか、フォロワー以外からコメントが来るなんて久々かもしれない。

 ワクワクしながら内容を確認すると、わたしの顔は紅潮してしまった。

 あれ? 思っていたコメントと、ちょっと違うんですが……。


【なに考えてるんですか、変な文章を書かないでくださいよ! 『このコメントはあなたを見ています』って……まずいですよ! この言葉を見たら呪われるっていうことを、あなた知らないんですか! い、い、いま妙な視線が、……ど、dどうしt】


 見たところ、批判か? というより、ろくに日本語が打てていないので、明らかにリテラシーの低いキッズだろう。それにしてはやけに説明的で、それでもって的を射ていない。いや、待てよ……呪われる? まさか……?

 ま、まさか『呪われる』というのは例の都市伝説? でも、どこにそんな文字が?

 すぐにコメントを削除しようとしたが、逆にそれが怖くてクリックできなかった。


 もう今日は遅い、就寝準備をしてしまおう。こんな気持ちのまま布団に入っても、そうそう眠れそうにないが……。

 すっかり夜は更け、案の定わたしの目は閉じたり開いたり――。睡眠薬を服用すればぐっすりイケそうだが常備していない。『このコメントはあなたを見ています』を必死に思い出さないようにすると、余計に誰かに見られている気になる。正解へと至らぬ考えは、延々とわたしを苦しめた。


   ◇ ◇ ◇


「でも妙な視線ってなんだろ。わたしが投稿した文章、とか? いやいや、文字に見られてるなんて、ありえなっ……。大体、そんな文字……書いてないし」

 不意に真暗な部屋で、ほのかな光が壁を伝い、また床を這い、瞬く間に拡散した。わたしは首を動かしてデスクに目を向けると、電源を落としたはずのモニタが淡く光り、投稿したばかりの二十行ほどの進捗状況が映し出されていた。

「え、やだ……! なんで? 勝手に……」

 発汗がひどく、シーツ上の背中がけてゆくような不快感を覚える。

 だが、よくよく見ると、わたしが投稿したものとはなにかが違う。しばしばする目を細めると、モニタの中では、小さくて黒い象形がむくむくとうごめいており、次第に黒ゴマたちは音もなく消失し始めたのだ。

「わ、わたしの文字が……消え……っえ、バグ? ウイルス?」

 勝手に人様のパソコンを立ち上げ、モニタの電源を入れ、ワークスペースを開き、人が書いた文章をぶっ壊すバグ? 実際にあるならお目にかかりたいものだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 こ   の    私は   見  ている       。    私    こと         ストーカー は         思い出        の内 で                、 ある文字 を   呪     う


コア   な、    チープな     ネット        現代     メランコリ        と            言う私  は、  パソコンで小説 書いて     投稿し       、    ―― 稀に  コメント      して           いる   。    この無 味な文 は私  記   な のだ   。


    執筆の話       。私      文字を書いて るだけ  文才があるわけ  ない           流行  ライトノベル    、同じような文                まったく         やっ     た                      って     無意味  。それを踏まえ 、       本屋  へ     。どう            


見て         も  、      決めあぐね  た。  古本屋へ行ってみる  『小説入門・まず一本書き上げよ』という             。

い  や                     だ   。以上     。また、これから執  行   。 死に                 ま す。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ボロボロと削ぎ落された文字の中に、

【このコメントはあなたを見ています】

 という、縦に連なる十六文字が目に留まった。

 わたしに理解する暇は与えられなかった。その十六文字は、モニタから机上きじょうへバラバラとこぼれ落ち、昆虫さながらの足音を立てて迫ってきたのだ。

 次第にそいつらはベッドの脚を上り、シーツに乗り、布団に潜りこみ、あろうことかわたしのパジャマの中へ侵入してきた。

 ――動けない! 引っかくような痛みが下腹部を通過し、何匹かがそこで留まり鳥肌を誘発させた。残りの文字たちは腹部に到達し、分隊が左右に分かれた。右腕ルート、左腕ルート――どちらも三、四匹ずつ顔に迫ってきている! その間、胸より下のあらゆる穴に痛みが走った。体内に浸蝕しんしょくしてきたようだ。

 ほどなく半開きの口も例外ではなくなり、なにかしらの文字が喉の奥に詰まった。プラスチックを誤嚥ごえんしたような痛痒いたがゆさと、せきが出せないもどかしさに、背中のみならず汗が噴き出してくる。

 鼻からも呼吸ができないのは、そこも『あらゆる穴』だからだ。


 が、くしくも苦痛がどんどん消えてゆくのがわかった。きっと、ここのアパートの大家さんが助けに来てくれたのだ。良かった、良かった。

 という勘違いのもと、二度と意識が戻らなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る