地球が滅亡するとき
タニオカ
運命のくじ引き
『10年後に地球が滅亡する。』
という予測が世界各国の研究機関から発表されてから、もう5年が過ぎた。
滅亡の発表には慎重に慎重を重ねたようで暴動が起きたり、自暴自棄になってしまったりする人はほとんどいなかった。というのも、火星のテラフォーミングが5年後には完了し、移住が可能になる、という発表も同時にさなれたからだ。
私も、周りの人たちも火星に移住した後のことはわからないが、滅亡の発表の前にみんながそうしていたように大学受験をして、無事に合格を勝ち取り、とりあえず大学に通っている。
つい先日、計画通りに火星のテラフォーミング完了の正式発表があり、移住計画も公開され始めた。
今日もその続報がニュース番組で流れている。朝食のトーストにブルーベリーのジャムをたっぷり塗りながらテレビを眺めていると、お決まりの今までの報道を要約が始まった。
火星には希望する人間は全員移住できる
ただし、優先順位はある
ペットには制限がかかる
持っていくことのできる荷物量は支給されるダンボール3つまで
などなど基本的な情報が書かれたフリップを持ったキャスターが話している。
住み慣れた地球を離れるのは不安ではあるが、最近では火星の方がむしろ住みやすいという話が多くなっていた。現在の技術を持って、一から火星開拓ができるのだから、確かに設備や装備、交通網などは合理的に、かつ便利に作ることができそうだ。実際、火星の開発は順調でもう住むことも可能らしく、すでに要人たちの住居などは確保され、お偉方はそろそろ実際に移住をはじめようとしているらしい。
手についたジャムのベタつきに気を取られている間に、テレビではいつのまにかいつもの要約は終わっていて、今は火星での生活に胸躍らせたコメンテーターたちの楽しそうな想像やら妄想やらが語られている。
パンの乗っていた皿を洗い、テレビの左上の時間を見ると7:56を表示していた。そろそろ大学に向かわなくてはならないが、なんとなく行く気が起きない。先生が出張でいないとなるとどうもやる気が起きない。自分に喝を入れるためにも、ココアでも飲もうと牛乳をマグカップに注いでいると、突然けたたましい警告音がテレビから鳴り響いた。
音に驚いた身体が反射的に揺れて、牛乳を少しこぼしてしまった。
画面の中の人たちも驚いている。画面とテーブルに溢れた牛乳を交互にみていると、テレビ画面が勝手に切り替わり、1人のおじいさんが映し出された。この人は確か地球の滅亡を発表した人の1人だったはず。
画面の中のその人物としばし見つめ合うと、悲しげな表情を浮かべながら英語で話し出した。ところどころしか聞き取れない単語たちを頭の中で結びつけながら、こんな英語力じゃとても海外での学会発表はできないなーなどと考えていた。
内容が分からず困っていると字幕が後からついてくるようになり、画面に次々と現れる文字を目で拾っていった。
—地球の滅亡は回避されます。
ただ、完全ではなく半分は犠牲になります。
そして、これまでの火星移住の計画では地球から全員で移住できるとなっていましたが、本当は不可能でした。騙していたことは謝罪いたします。しかし、地球は半分は残るので火星と地球で分割して暮らせば問題ありません。
つまり、半数の人は火星へ移住し、残りの半数の人たちには地球に残ってもらうこととなります。
全員が生き残るためにはこうするほかありません。—
字幕が出終わるとややあって画面が元の番組に戻った。出演者たちも私と同様にぽかんとしている。脳が文字に追いつかない。なにもかも考えがついていかなかった。よくわからないけど、このまま地球か火星かで生きていけるということはわかったので、とりあえず、大学に行こうと温めもせずに牛乳を一気に飲み干し、身支度をして、猫に挨拶をして部屋を後にした。
駐輪場にバイクを停めてから研究室まで向かう間にすれ違った人たちは皆興奮気味に、さっきの発表の話をしていた。
火星移住の計画に偽りがあったことへの怒りや憤りとか、火星と地球に残るのは希望制なのかとか、地球に残る場合にはどこに住むことになるのかとかの疑問。
みな不安なようでなんだかそわそわしている。きっと私を側から見ても同じようにそわそわしているに違いない。
うちの研究室の朝は早い。はずなんだが、今日も今日とて私以外は誰もいなかった。今日くらいは誰かしら早く来ると思ったのだが。
自分の席に着きパソコンを起動させ、立ち上がりを待つ間に、加湿器に水を補充し、スイッチを入れる。コーヒーメーカーのセッティングを終わり、コーヒーができるまでの合間を縫ってメールを確認する。先生から連絡はない。実験の予定的に急ぐ必要もないので、誰か来るまでゲームでもして時間を潰そうとスマホを横にした瞬間に通知が届いた。
どうやら政府からのようだ。
さっきの発表の続報で火星移住又は地球に残るかは抽選で決められるらしい。
この抽選は世界的なもので国同士で話し合い各国での移住と残存の割合などが決定するらしい。また、地球に残る人たちには火星に持って行くことのできない技術を守るための役割が与えられるそうだ。
随分と早い話だが、抽選は1週間後に行われるらしい。
多分、各国のトップなどには事前に話がされていて、みんなで準備が整ったから発表をしたのだろう。
とりあえず抽選までは自分にできることはなにもないと、納得し、淹れたてのコーヒーを飲みながら、気合いを入れて実験準備に取り掛かった。
今日1日の実験予定をまったりとこなし、ついにコアタイムが終わる時間となったが、この日は結局、誰も研究室へ来なかった。
帰りがけに今日の実験報告をメールを作っていると、逆に先生からメールが届いた。
内容は1週間後の抽選の会場になるために、明日から抽選が終わるまで大学が閉鎖になるということだった。
この1週間テレビでは常にと言っていいほど抽選のことが取り上げられていた。
大学もなく、研究時間を確保するためにバイトももうやめてしまっていたため、何もすることがなく、のんびりと家で過ごしているといつのまにか抽選の日になっていた。
抽選場所は大学の一番大きな教室だった。どうやら住んでいる地域で分けられているらしい。
人がたくさんいてみんな不安そうだ。未来がかかっているんだからそうだろう。
私ももちろん不安はあるのだが、
—どうしようもないことでは慌てない—
をモットーにしているので少しは冷静でいられている気がする。
そもそも抽選は個人個人で行われるため、家族が火星と地球でバラバラに生きていかなくてはならない場合もある。それはそれできついものがあるが、連絡が取り合えないわけではないのでなんとかなる気がする。
移住ができるんだから、落ち着いたらきっと火星と地球間で行き来もできるようになるだろう。
そんなことを考えながらぼんやりとくじ引きの順番を待っていると、高校時代の友人たちに声をかけられた。彼女たちは抽選の結果、火星に行くことが決定したそうだ。住む場所は事前に割り振られているのそうで、彼女らはご近所さんになるらしく、明るい未来が見えているようだった。
彼女たちを含めた火星移住者たちは軽い足取りで"火星移住説明会"と書かれた看板に従って進んでいった。
それと打って変わって暗い雰囲気を醸し出しているグループが地球残留のくじを引いた人々だ。
すでにくじを引き終え、地球に残ることとなった人々は自らに課せられた仕事について話していた。
「オンラインネットワークの技術保持ってなんだよー。俺そんなの全然わかんねーよ!」
「私なんて大型動物の飼育よ!動物苦手なのに…」
「僕は本の管理か、本は好きだから幸せだなー」
みんなそれぞれ火星に持って行くことができない重要な仕事をまかされているようで大変そうだ。しかし、しっかりと引き継ぎのようなことをしてくれるようなので多少は安心できる。
その人たちも不安そうな足取りではあるが、説明会用の教室へ向かっていった。
私の前に並んでいる人の姿が少しずつ減っていって、いよいよ自分がくじを引く番だ。できることなら火星に移住して新たな土地で生きてみたい。でも、責任重大な任務をこなすのは大変そうだが、地球の変化を目の当たりにするのも面白そうだ。
抽選は上面に丸い穴の空いた正方形のアルミ製の箱の中の紙を引くスタイルで行われている。自分の今後の運命がたった一枚の紙切れによって決められるのかと思うと、くじを引く手が震える。
そっと箱の穴の中に手を入れる。思いのほか空間が多く、下の方まで手を伸ばしてやっとカサリと紙の感覚が指先に伝わった。
どの紙を選ぼうかと、何枚か拾いは落としを繰り返したのちに、意を決して一枚の紙を取り出す。
緊張から紙を開くのがのが怖くなってきた。
ちらりと箱を挟んで向かいに立っているクジ管理の人を見ると頷いて、開けることを促された。
震える手で恐る恐る2つ折りにされた正方形の紙を開くと、上半分に
—地球— と書かれていた。
どうやら移住はできないらしい。
そして下半分には
—こんにゃくの製造—
と書かれていた。
「まじか。」
そう呟きながら、私はベッドの上で目を覚ました。しばらくの間、夢と現を行ったり来たりしながらぼんやりと天井にある照明を眺めてから、キッチンの方へ目をやると昨日作ったおでんの鍋が目に入った。
ふふっと自然と笑みがこぼれた。
地球が滅亡するとき タニオカ @moge-clock
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