プライベート

勝利だギューちゃん

第1話

「街で見かけたら、気軽に声をかけて下さい」


有名人が、たまに口にする言葉。

でもそれは、一種の社交辞令で、本心ではない。


だれだって、プライベートにまで、首をつっこんでほしくない。

見る側もわかっているので、余程の傍若無人か厚かましい人でないと、声をかけない。


まあ、僕にはそんな勇気はないし・・・

ていうか、街で見かけても、わからない・・・


それに、こんな田舎では、芸能人はいないし・・・


で、たまに都会に行くことはあるが、とても居心地が悪い。

なので、要件だけすませて、早々に退散する。


その日も、東京に用事で出かけて、遊ぶでもなく、駅に向かう。

昔は、夜行列車が走っていたが、今では数える程しかない。

なので、新幹線が重宝だ。


ありがたい。


切符を買おうと、自販機に行く。

でも、自由席はもちろん、指定席も空いていなかった。

なので、グリーン車を見てみると・・・


「あっ、空いていた」


どうにかチケットを確保できた。


「通路側か・・・窓際がよかったが・・・

まっ、夜だから、見えないか」


そうして、腰かけた。


先に席についていると、後からサングラスをかけた女性がやってきた。


「すいません」

「あっ、お隣ですか?」


僕は一度立って、女性を通した。


「ありがとうございます」

女性はおじぎをすると、腰を下ろした。


僕も改めて、席に着く。


でも、周囲の席がこっちを向く。


(俺、何か悪い事したか?)


そう思う。


この女性が、タレントさんではないだろう。

タレントさんなら、マネージャーと行動するはずだ。


他人の空似だな・・・


「さてと・・・」


着くまでに少し時間がある。

ラフだけでも、仕上げよう。


僕は、ノートを取りだした。

僕の仕事は、イラストレーター。

といっても、カットを描くだけの仕事だが、それでも、ありがたい。


「えーと、今度はどんなキャラにしようか?」


僕は、ノートにさらさらと描いてみた。


すると、隣の女性から・・・

「失礼ですが、○○さんですか?」

「はい。そうですが、どうしてご存知なんですか?」


不思議で仕方なかった。


「私、○○さんの、ファンなんです。」

「ありがとうございます」

「サインしてください。握手してください。写真撮って下さい」


驚いたが、全部答えてあげた。


「ありがとうございます。ところで、私の事はご存知ですか?」

「すいません。タレントさんとはわかりますが、お名前が・・・」

「あなたが、優しい人でよかったです」


後日、この女性が著名なタレントである事を知った。

最近、有名な女優らしい。


でも、僕には関係ない。


さっ、今日もお仕事をしますか・・・


僕の手から、生み出されるのを、子供たちは待っている。

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プライベート 勝利だギューちゃん @tetsumusuhaarisu

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