第8話


「その戦争の原因となったのは、貪欲な皇帝がこちらの肥沃な土地を求めたからです。

 皇国は王国同様広大な土地を持っているのですが、凍土と呼ばれる土地も多いですからね」


 そう、理由は間違っていない。でも、彼は決して貪欲ではなかった。とても心優しい男だったのだ。皇帝には向いていなかったけれど、ともにいると心地よい人だった。


「作物が育たない場所ですよね?」


「ええ。

 とても寒く、人が生きるのも厳しい土地だそうですね。

 ミューチェスタ公国も同様に凍土を持つ国で、貿易等で食べ物の確保をしています」


「そうなのですね。

 ミューチェスタ公国は確か、ツーラルク皇国の属国でしたよね?」


 最初に復習といったこともあって、先生と兄さまがどんどんと国の確認をしていく。『ラルヘ』は将軍という地位についてはいたけれど、元は平民だ。対戦国であるアルフェスラン王国のことは多少は知っていたけれど、ほかの国は全然知らない。それが周りから見下される原因でもあったけれど。ふむふむと聞いているしかない。


「戦争、といえば……。

 よく聞くのが大将軍ラルヘの名前と武勇ですよね」


 ⁉ び、びっくりした。初めて聞くなー、とぼんやり聞いていたらいきなり『ラルヘ』の名前が出るんだもん。でも、どうして?


「もちろん我が国にとっては脅威でしたが、同時にあこがれを持たざるを得ないとてもかっこいい男だったと、そう聞いています」


「カーボ家は関わり、というよりも剣を交えた回数が多かったようですからね。

 でも、確かに歴史を、この戦いを知るうえで彼の名は必ず聞きます。

 戦場で鬼神と恐れられるほどすさまじい力をふるったのに、この国の多くの人の命を奪ったのに、どうして彼の名は輝かしい武勇として語られたのでしょう?」


 そうだ、自分の、この手で僕はアルフェスラン王国の多くの国民の命を奪ったのだ。ここに、いていい存在では……。


「彼は、むやみに命を奪わなかったそうです。

 逃げ遅れた民には救いの手を差し伸べ、たとえ助けたものに批難されようと元気でよかったと笑っていた、と。

 彼に刃を向けなかったものにはどこまでも慈愛の心を、持っていたと。

 もちろん刃を向けたものには容赦はなかったようですが、でも、戦争はそういうものなのでしょう?」


 そう、だったろうか。そのあたりはあまり覚えていないな。とにかく必死に生きていたから。仲間だって次々と殺されて、残った仲間を守るのに必死で。

 そして、どうして兄さまはそんなに悲しそうな顔をするの?


 なんだかもうどうしたらいいのかわからない感情。それをどう処理したらいいのかわからなくて、思わずうなっているとちらりと兄さまの視線がこちらに向く。するとぴたり、と動きを止めてしまった。


 そのまま、僕に対して何か言うわけでもなく、それより! といきなり先生に言いだす。そのままもう一つの隣国、キーランテ王国のことについて話始めた。これは気を使われた? 今度は先ほどとは違って戦争とかの話ではなく、国交についてやキーランテ王国の歴史などを話始めた。


 そうしているうちに鐘が鳴る。三の鐘だ。


「おや、もうこんな時間ですか。

 ではお疲れさまでした」


 そういうとサクサクと帰り支度を済ませて出て行ってしまった……。なんというか、結局一度も表情を変えることない人だったな。


「ごめんね、つまらなかっただろう」


 頭をよしよしとなでながらそう言ってくれる。兄さまこそ授業を受けていて疲れただろうに気を使わせてしまって申し訳ない……。


「大丈夫です。

 兄さまこそおつかれさまです」


「今ので癒されたよ!」


 さらにギュッと抱きしめられる。そのタイミングで紅茶が入ったようで執事の人が兄さまの前に紅茶とクッキーを置く。ふわりと紅茶のいい香りが漂ってきた。


「どうぞお召し上がりください。

 本日はとても活発に話されていましたから、お疲れでしょう?」


「ありがとう」


 クッキー……。サイガが厳しくて、なかなか食べられないんだよね。でも兄さまはずっとお勉強していたから、甘いものは大事だよね。


「アランも食べるかい?」


 うう。目の前にはおいしそうなクッキー。すごく食べたいけれど、きっとサイガがいたら厳しい視線を送ってくるよね。がまんがまん。

 ぐっと口を閉じてぶんぶんと首を振ると、おかしそうにくすくすと笑われてしまった。


「ヘーリ様、間もなく次の先生がいらっしゃいます」


 もう次のせん、せい。まずい、ものすごく眠い……。昨日も、いっぱいねた、のに。


「眠いかい、アラン?」


「んー……」


「サイガ、いるんだろう?

 アランを部屋に」


「はい」


 サイガの声が、聞こえる。ふわりと体が持ち上がるのを感じると、そのまま意識を手放すことにした。


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