第7話



 翌朝、二の鐘が鳴るころに兄さまの部屋へと向かう。お勉強は部屋でやっているみたい。そして、さっそく眼帯をつけています。


 なんだか緊張してきたけれど、ノックをしてみる。するとすぐにどうぞ、と返ってきた。


「おじゃまします、にいさま」


「いらっしゃい、アラン。

 本当に来たんだね」


「おじゃま、でしょうか?」


「そんなことはないよ!

 いつも勉強の時間は退屈なんだけど、今日は楽しみだ」


 ニコニコとそこまで言うと、ふと動きを止める。その目の先は、眼帯かな?


「それ……」


「イシュン兄さまがここにいくならつけるようにって」


「そうなんだ……」


 そっと眼帯にふれてくる。どうして、そんな顔をしているんだろう。


「ふふっ。

 くすぐったいです、兄さま」


「ああ、ごめんね」


 カーン、と鐘の音が響く。二の鐘だ。もう先生が来るね、と兄さまは授業の準備を始めてしまう。今日は暇をしないように、と石筆と石板も持ってきたのだ。いそいそと近くに場所を陣取り、自分でも準備を始めた。


 そこにノックの音が響いた。先生が来たのかな!


「どうぞ」


 兄さまが答えると、ガチャリと扉が開いた。入ってきたのは思っていたよりも若い人。お人形のようにひどく整った顔に、ひとくくりにした真っ白な白銀の長髪、氷のように冷たい色の瞳。ちらりと視線がこちらへ向けられると、それだけでびくりと肩が跳ねる。


「おはようございます、ヘキューリア様。

 こちらの方がアラミレーテ様でしょうか?」


「そうです。

 こちらのわがままを聞いてくださり、ありがとうございます」


「いえ、旦那様からお話は聞いておりますので。

 初めまして、アラミレーテ様。

 ヘキューリア様の家庭教師を務めております、ボスアンと申します」


 ボスアン先生……。


「アラミレーテ・カーボです。

 お願いします」


 ニコリと笑うどころか全く表情が動かない。そんな人に会ったことがないからなんだか怖い……。


「では、本日は復習から初めていきましょうか」


 そういうと、ばさりと何かを広げる。これは地図? こんな感じになっているんだ。


「ヘキューリア様。

 我々が暮らすアルフェスラン王国があるこのビッケア大陸。

 ほかにどのような国があるか覚えていますか?」


「ほか……。

 ツーラルク皇国、キーランテ王国、あとはミューチェスタ公国です」


「そうですね。

 では、今日はまず隣国であるツーラルク皇国とアルフェスラン王国とのお話をしましょうか」


 アルフェスラン王国? ここはアルフェスラン王国だったの⁉ どこにいるのか全く意識していなかったけれど、まさか隣国に生まれ変わっていたなんて思わなかった。てっきりもっと遠いところだと思っていた。危うく声を出すところだったけれど、何とか耐えられた。兄さまの邪魔をするわけにはいかないしね。


 それにしてもツーラルク皇国とアルフェスラン王国との話。すごく興味がある。『ラルヘ』がいたのはツーラルク皇国だったから、そちら目線のことしか知らないのだ。そう言えばどれくらいの時間が流れているんだろう?


「この地にとってツーラルク皇国との関係性はとても重要です。

 もし、関係性が前のように悪化して、戦争が起こるとするとこの地が開戦の地になりますからね」


 この地が開戦? 待って、そういえばここはカーボ家が治める土地だよね。どこかで聞き覚えがあると思っていたけれど、あのカーボ家か!


「アラン?」


 兄さまの声にそちらを向くとなんだか心配そうにこちらを見ている兄さまとやっぱり何を考えているかわからないボスアン先生が見える。変に考え込んでしまったから心配させちゃったかな。


「具合悪い?」


 いつの間にか額に当てられた手に少しだけ焦る。熱はないと思うけれど、ありそう、だけで部屋に戻されちゃう! 急いで首を振ると、そう? と一応引いてくれたけれどいまだに心配そうだ。


「続けても?」


「すみません、大丈夫です」


「では。

 この国との関係性が最も悪化したのは約150年前。

 ランティクア王が治めていた時代です」


 ランティクア王。聞き覚えがある。確かにアルフェスラン王国の王だった男の名だ。つまり、『ラルヘ』が生きていた時代。150年前、のことだったの?

 ああ、もう。驚くことが多すぎてわからない。今はひとまず話を聞いた方がいいよね。


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