第5話



 徐々に、『ラルヘ』は自分なんだ、という感覚が強くなってくる。『ラルヘ』自身ではない。それはわかっているし、自分は確かにアランだ。でも、アランの一部が『ラルヘ』でもある。

それにしても不思議なことがある。ルベーナの瞳はどちらもグリーンだったはずだ。どうして、あの絵本ではあの子はグリーンガーネットとアクアマリンと違う色で書いてあったんだろう? あの子の瞳の色が違ったのはそれこそ、あの子が妹になる前、だけだったはずだ。


 あれ以来、ルベーナのことで気になることもあって、あの時姉さまが呼んでくださった絵本を読みたがったのだが、いくら頼んでも誰も見せてくれなかった。一番初めに姉さまに頼んだのだが、すぐに泣きそうになってしまうので一回であきらめた。兄さまは何を考えているのかわからない笑みを浮かべてだめだよ、と言ってくる。アベルたちもダメ。イシュン兄さまも許してくれることはなかった。


 これはあきらめる方が早いとさすがにすぐに理解した。それにしてもな……。


「つまらない」


よく遊び相手になってくれていた姉さま。どうやらそろそろ9歳のお披露目パーティーがあるらしく忙しくしているのだ。兄さまはお勉強、お稽古が忙しいって言っていたし。つまらない。


「それでしたら……。

 ヘーリ様の剣の訓練を見に行かれますか?」


 兄さまの⁉ 見に行ってもいいの、と期待を込めた目で提案をしてくれたサイガの方を見ると、なぜかうっと声を詰まらせてしまいました。


「も、もちろんです。

 ヘーリ様もアラン様のお年のころにはもう剣を持ち始めていましたからね」


 剣……。久しぶりに持つ剣。持ちたい、そう思うのと当時に怖いという思いもある。けど、やっぱり行きたい。


「行く」


 それだけを伝えると、サイガはすぐに僕を連れて行ってくれた。


「坊ちゃまはわが領には私設の騎士団があることはご存じですか?」


「しせつ?」


「国ではなく、辺境伯様、つまり坊ちゃまのお父上に忠誠を誓った者たちによる騎士団ということです」


 ほうほう。父さまは辺境伯だったのか。


「そういえば、まだお勉強をしていませんでしたね。

 今度このカーボ辺境伯領のことも含めて教えて差し上げます」


「お願いします」


 言いながら歩いていると、なんだか勇ましい声が聞こえてきた。何だろう。


「今から行くのは、その騎士団の訓練場です。

 カーボ様はそちらで訓練していらっしゃいます」


 騎士団! どんな感じなんだろうか、とつい足が早まる。声は徐々に大きくなっていく。そして、広く開けた場所に出た。なぜかまだみんながいるところからは遠いけれど、ここからと言われてしまった。


 すごい! みんな真剣に訓練をしてる。走りこんでいる人、剣を打ち合っている人、素振りをしている人。それぞれがそれぞれの力を高めている様子はとても懐かしい。兄さまは……。


「ヘーリ様はあちらにいらっしゃいます」


 サイガが示した方向を見ると、自分よりも随分と背の高い人と戦っている。勝てるの?

 はらはらとしながら、見ていると肩口を狙って振るわれた相手の木剣を思いっきりしゃがんでよけると、立ち上げる勢いのまま木剣を相手ののど元に突き付けた。兄さまの勝ちだ! 相手の人は剣の振るい方が力任せで荒いから、受けてしまうと重症だが、一度よけることができると反撃はしやすい。しやすくはあるけれど、よけ方を間違えるとバランスを崩すから反撃できなくなる、はず。


「兄さま、すごいです」


「ええ。

 ヘーリ様は剣術も大変優れていらっしゃいますからね」


 誇らしそうに言うサイガ。きっと兄さまはみんなにとっての誇りなんだ。何だか僕も誇らしく感じる。そのまま兄さまを見ていると、手合わせが終わったようでお互いに一礼をする。そしてふとこちらを見ると、僕を見つけたようで驚いた顔をしていた。いや、どうしてこんなに離れているのに見つけられるんだ?


 そしてすたすたとこちらに向かってきた。


「アラン!

 どうしてここに?」


 すっと差し出されたタオルで汗をぬぐいながらこちらへと向かってきた兄さま。とてもかっこいい。


「兄さま、とてもかっこいいです!」


「えっ⁉

 あ、ありがとう」


「実は普段遊び相手になってくださるマリー様が今はお披露目パーティーの準備でお忙しく、つまらないとおっしゃっていたのでこちらにお連れしたのです」


「そっか。

 でもここもつまらなくない?」


 そんなことない、と首をぶんぶん振る。かっこいい兄さまも見ることができたし、来ることができてよかった。僕も剣を握ってみたいな。


「楽しいみたい、だね。

 もしかして、剣を触りたいのかい?」


「はい」


 そのまま渡してくれるのかと思いきや、兄さまは少し待っていてねというとどこかへと行ってしまった。同じ場所で待っていると、思っていたよりもすぐに兄さまは戻ってきた。その手にあるのは小さめの木剣?


「僕が一番初めに使っていた剣だよ。

 アランもまずはこれからね」


 渡された木剣を受け取ると、腕にずしりとくる。こんな子供用の剣なのに⁉ これはまずい。ぐっと握りしめ、ひとまず素振りをしてみる。何とか、振るえるかな。それにしても、久しぶりの剣! 握れるだけでなんとなく気分が上がってくる。


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