第13話 それぞれの除霊方法

「ううぅうぅ…………」

背中を丸めて呻く平野さん。

老婆の真似をしているような姿勢だ。

口は半開きで、虚ろな目は白く濁っている。

一見すると憑りつかれた状態だ。

「ちょっと!平野さん!……平野さん聞こえる?」

和美さんが平野さんに声をかける。

部屋の隅にいる女の霊は動かない。


「こっちは任せたましたぞ」

そう言って嘉納が輪から離れて女の霊の方へ歩いていく。

一人で相手をするつもりのようだ。

「…………」

止めようか迷ったが、悠然と歩いていく嘉納の背中に妙な頼もしさを感じて、声をかけるのをやめた。


視線を平野さんに戻す。

平野さんは動いていない。

和美さんが怪訝な顔で呼びかけるも反応しない。

笠根さんは静かにお経を唱えている。

連雀さんは黙って様子を伺っている。

平野さんだけでなく、女の霊や、部屋の中にいるジローさんや林田家の様子も把握するように部屋全体を見ている。

実に頼もしい。

私も部屋全体の様子を把握しつつ平野さんに注意を向ける。


「これは霊媒だな」

神宮寺さんが呟いた。

「伊賀野さん、平野さんはこういう霊媒をやる人なのかな?」

和美さんに顔を向けて問いかける。

「えーと…はい。霊を降ろすこともあるっていうのは聞いたことがあります。実際に見るのは初めてですけど」

フムと神宮寺さんが鼻を鳴らす。

「なぜこのタイミングでいきなり霊媒を始めたのかはわからんが、明らかにあの写真の婆さんの霊が降りてきてるようだ。問いかけたら答えると思うぞ」

面白そうにニヤリと笑う。

神宮寺さんの余裕ある調子に少し場の空気が和らぐ。

「憑りつかれたのとは違うんですか?」

そう聞いてみた。

神宮寺さんはウンと頷いて、

「霊のほうから平野さんに憑いたなら、もっと何か意思が現れると思うんだ。さっきみたいに部屋が荒れたりね。今は何も起きないだろ?」

たしかに。

相変わらず蛍光灯は明滅を繰り返しているものの、部屋の中を荒れ狂っていたポルターガイストは、女の霊を相楽さんから引き剥がした時に収まっていた。

「これは平野さんが婆さんの霊を捕まえたって言った方が近いな。大したもんだわ」


その時、「唵(オン)!」という嘉納の怒号が部屋に響いた。

思わずビクッとして振り向く。

「青龍!白虎!朱雀!玄武!勾陳!帝台!……」

陰陽師が使う、四神から始まる九字を切って女の霊に短剣を突きつける。

そして何かを唱えながらゆっくりと女の霊に近づいていく。

女の霊は嘉納との間合いを維持するように後じさっている。

「…………」

気合いで押している。

嘉納康明。

いけすかないオッサンだが、母の言う通り霊能者としての力は本物のようだ。

「嘉納さんもやりますな。相楽さんを人質に取られてた時はちと焦ったが、姿を現した霊とのガチンコなら嘉納さんに任せとけばいいだろう」

神宮寺さんがあっけらかんと言う。

さっきまでの緊張感が感じられない?

と思ったが、

「一見押してるように見える。こういう時は注意が必要だよ。こちらを油断させといてひっくり返すのが、あいつらのやり方だからな」

と、ニヤリと笑う神宮寺さん。

さすがに経験豊富だ。

余裕の表情でも、しっかり緊張感を保っている。

同じように笠根さんも読経に集中している。

和美さんも連雀さんも油断している様子はない。

もちろん私もだ。

改めて平野さんの様子を確認する。

平野さんは何をするでもなく項垂れて、「うぅぅ……」と呻いている。


「それで……誰がやる?」

と神宮寺さんが問いかける。

「私がやるわ」

と和美さんが平野さんの正面に回る。

立ったまま背中を丸めて項垂れる平野さん。

頭二つほど低い姿勢の平野さんを見下ろす形になる和美さん。

数秒の沈黙の後、

「平野さんの中に降りてきた霊よ、あなたは誰?」

と聞いた。


平野さん――老婆の霊は答えない。

「うぅ……」と呻きを漏らすだけだ。

「あなたは誰?何を伝えたくてこの世にとどまっているの?」

和美さんが再度問いかける。

「………悔しい………」

老婆の霊が初めて呻き声以外の声を出した。

「そう。悔しいの」

和美さんが繰り返す。

「………悔しい………」

老婆の霊が同じ言葉を繰り返した。

意識があるのだろうか。

あるいは悔しいという念しかないのかも。

「何が悔しいの?何があったの?」

和美さんが踏み込んで聞く。

「……この女………煩わしい………」

どうやら意識はあるようだ。

この女とは平野さんのことか、あるいは和美さんのことだろうか。

「何があなたをこの世に縛りつけているの?」

和美さんの質問が続く。

「……うぬらに分かるものか……」

老婆の霊が答えた。

その時、頭の奥が少し重たくなった気がした。

「この恨み……無念……いかに伝えようと……」

ボソボソと呟く老婆の霊。

聞いているだけで気分が沈む、怨念そのものという声。

「和美さん、あんまり喋らせない方がいいかも。この声、聞いてると凄く嫌な気分になる」

老婆の霊の怨念が直接伝わってくるのだ。

「厄介だな。言葉に念がこもってる。こいつの声そのものが作用するぞ」

神宮寺さんが呻くように言う。

ネガティブな感情を引き起こす老婆の霊の声に、周りの皆も当てられたようだ。

先ほどよりも不快そうに顔をしかめている。

読経を続けている笠根さんも、心なしか顔色が良くない気がする。

和美さんは戸惑うように平野さんを見つめている。

「……悔しい…………悔しい……」

老婆の霊は誰にともなく呟く。

その声を聞けば聞くほどに気分が沈み、この場に居たくないという思いがこみ上げてくる。


「自殺騒動を引き起こしたのはこいつか」

神宮寺さんが額に浮いた汗を拭いながら言う。

「この声をネットで聞いた人の中に、少しでも自殺願望があったら利用されてるな」

「多分そういうことだと思います」

手短に同意を伝える。

死の欲動と和訳される概念。

デストルドーとかデスドライブといわれる、いわゆる「死にたい気持ち」だ。

誰もが持ちうる根源的な本能だが、通常は生の欲動、いわゆる「生きたい気持ち」のほうが強いため問題にならない。

しかしこの老婆の霊の声はその優劣を反転させかねない。

死にたい気持ちを増幅されてしまったリスナーさんの中には、本当に自殺を決行しようとした人も当然いただろう。

そしてそれに成功したリスナーさんも。

「…………」

危険だ。

女の霊よりもずっと影響範囲は広いかもしれない。

リスナーさんの中に、心が弱い人や、悩みを抱えている人がいれば、間違いなくその気持ちを増幅されているだろう。

孤独であればあるほど、自殺もひっそりと行われたに違いない。

ネットに書き込むようなタイプではなく、ラジオを聞くだけに徹している人達も多いはずだ。

番組宛に報告されている件数よりも、おそらくずっと多く被害は出ているのかもしれない。


「ノウマク・サンマンダ・バザラダンカン。平野さんの中に降りてきている霊よ。しばらく喋ることを禁じます。何もせず平野さんの体にとどまっていなさい」

和美さんがそう言うと、老婆の霊は「うぅ…」と呻いたまま黙ってしまった。

和美さんの言霊も相当なものだ。

何万回と真言を唱えて神に通じていないとあそこまでの効果は出せないだろう。


さて、と和美さんがこちらに向き直り、

「これからどうする?」

と言った。

ふとそれまで読経を続けていた笠根さんが口を止め、フウとため息をついた。

「どうしようか。嘉納さんの加勢に行くかい?」

そう言って嘉納と女の霊の方に顔を向ける。

笠根さんの視線を追って振り向くと、嘉納は嘉納で女の霊に剣を突きつけたまま膠着していた。

落ち着いた様子で何事かを唱えながら、時折印を切ったりしている。

女の霊は嘉納に襲いかかろうとするように両腕を少し前に伸ばした姿勢で動かない。

それまで黙っていた連雀さんが嘉納の方へ小走りに近寄っていく。

嘉納の加勢は連雀さんに任せて、再度平野さんに目を戻す。

時折呻き声を漏らしつつ、よろめきながら立っている平野さん。

老婆の霊は和美さんの言霊に縛られて動けない。


神宮寺さんがウームと唸って平野さんの肩に右手を置く。

そして何事かをつぶやいて目を閉じる。

しばらくそうしたのち、「このままだな」と言った。

このまま?

どういうこと?

「うん。このままお経でも唱えておいてやろう。平野さんも考えがあって婆さんの霊を体に降ろしたんだろうから、我々はこのまま場を維持してやるのがいいだろう」

なんともアバウトな判断だが、たしかに現状打てる手は多くない。

平野さんの考えに任せるのもいいかもしれない。

何かあった時や、平野さんが助けを必要とする時には即応できるようにしておけばいいだろう。


再び「唵(オーン )!」という嘉納の怒号が聞こえた。

嘉納が四縦五横の九字を切り、女の霊に剣を突きつけると同時に、連雀さんが五芒星の書かれた御札を嘉納の背中に貼り付けた。

ドーマンとセーマンを組み合わせた変な合わせ技だが効果のほどは大したものだ。

女の霊は風に吹かれる煙のように、嘉納の念を受けて後ろに吹き飛ばされ、かき消えた。

机の上に並べてある3枚の心霊写真に目を向ける。

その3枚のうち、若い女がにこやかに佇むスナップ写真だったはずのものに変化が現れていた。

カメラに向かってニッコリ笑っていたはずの女の顔が、やや俯いた形でこちらをにらみつけている。

俯いているため顔が影になって暗く落ちている。

すぐにその写真だけ他の2枚から引き離し、写真の四隅に塩を盛って短い祝詞を唱える。

かつて両親から教わった、霊を封じる旨の祝詞だ。

御守りに左手を添え、右手を写真にかざして、しっかりと発音しつつ、歌うような抑揚をつけて祝詞を唱える。

封じられるのを拒むように振動しはじめた女の心霊写真は、徐々にその振動を弱め、やがて完全に動かなくなった。

「お見事」

神宮寺さんが声をかけてくれる。

軽く会釈して平野さんに目を向ける。

平野さんには変化がない。

「…………」

女の霊は写真に封じた。

あとは老婆の霊と、山の心霊写真だ。


「少々手こずりましたな」

そう言いながら嘉納が戻ってきた。

堂々と大股で歩いてくるところに「どうだ。俺の力を見たか」という自信がにじみ出ている。

連雀さんは嘉納に歩調を合わせることなく、緩やかな速度で歩いてくる。

その顔には特別な高揚はない。

「ありがとうございます。女の霊は写真から出られないように封じました」

そう言って軽く頭を下げる。

嘉納はフンと鼻を鳴らし、

「結構です。そちらはどうなってますかな?」

と言って平野さんに目を向けた。

「様子見だな。平野さんが婆さんの霊と交感してるところだ」

神宮寺さんの言葉に少し驚いたように眉を釣り上げ、嘉納は平野さんの間近まで寄って観察し、フムとため息をついた。

「たしかに。憑りつかれたのとは違うようですな」

そう言って平野さんから目を離し、周りをギョロリと睥睨した。

いちいち偉そうな仕草が鼻に付く。

嘉納から視線を外したところで神宮寺さんと目があった。

やれやれというふうに苦笑して首を傾げて見せる。

そんな神宮寺さんの仕草に笑みを返し、改めて会議室にいる全員に目を配る。


白目をむいてうなだれる平野さん。

静かにお経を唱える笠根さんと和美さん。

平野さんを囲む面々を俯瞰する位置どりの神宮寺さん。

泰然と佇む嘉納。

我関せずといった様子の連雀さん。

怯える小林アナや林田家の皆さん。

ジローさんと阿部さんは気丈に事態を見守っている。

何かあれば対応するという覚悟が見てわかる。

「…………」

何か言うべきだろうか。

3枚の心霊写真のうち1枚は封じたと。

そう言えば心は軽くなるだろうか。

それとも皆そんなことは当然心得ているだろうか。

「…………」

それでも何も言わないよりはマシだろうと思った時、それが起こった。


それまで白目をむいて項垂れていた平野さんが、ふいに糸が切れたようにストンと尻餅をついた。

「あいたたた……」

まるで何事もなかったように、間の抜けた声を出しつつ腰に手を当ててさすっている。

老婆の霊の気配はない。

目からは白濁が消え正常な輝きが戻っている。

痛そうに眉をひそめて腰をさすりつつ、周りに目を配って状況を把握しようとしているようだ。

「ごめんなさいね。びっくりしたでしょう?」

そう言って笑った。

皆が平野さんの元に寄り、正常かどうか確かめている。

平野さんは大丈夫、平気よと繰り返しながら皆の質問に答えている。

そして、

「逃げられちゃった」

と言った。


「何があったの?」

和美さんが平野さんに問いかけた。

「…………」

皆黙って平野さんの言葉を待っている。

平野さんはよっこいしょと言って立ち上がると手近な椅子に腰掛け、数秒の黙考を経て話し始めた。

「あのお婆さんね、かなり強い怨念を持っていて、それが周りに悪い影響を及ぼしちゃう危険なタイプだったのね。皆が相楽さんの除霊をしている時にも、不意打ちみたいに見えないところから悪い影響を与えようとしていた。それで私は逆にお婆さんの方にちょっかいをかけて、ちょっと無理矢理だけど降霊してみることにしたのね。そうすれば不意打ちなんてできなくなると思って」

あの時、平野さんの背後に見えた影。

それがあの老婆の霊だったのだろう。

相楽さんに憑いたのが女の霊で、老婆の霊は不意打ちを狙っていたのか。

「びっくりしたわよ。いきなり霊媒始めるから、まさか憑りつかれたのかと思っちゃった」

和美さんが呆れたように言う。

平野さんは笑いながら答える。

「あはは。ごめんなさいね。でも皆さん凄い霊能者だから大丈夫だと思ってたわ」

たしかに。

神宮寺さんは一目で霊媒だと見抜いた。

しかし私だったら見抜けただろうか。

「…………」

自信がない。

霊媒かシンクロだろうとは予想したが、憑りつかれた可能性も考えていた。

和美さんも動揺してたっぽいし、笠根さんはそもそも判断するつもりもなさそうだった。

連雀さんはどうかわからないが、一目で見抜いた神宮寺さんが凄いのは間違いない。

そしてあの騒動の最中に、隠れて攻撃を仕掛けようとしていた老婆の霊を見抜いて捕らえた平野さんも、やはり只者ではないのだ。

そして嘉納も。

「…………」

明らかな手練れの霊能者達。

私とは経験値が違う。

両親や御守りに守られて子供の頃から霊には対処してきた。

そこらの悪霊相手なら充分勝てるという自信もある。

それでも彼らにしてみればまだまだヒヨッ子だということか。

「…………」

面白い。

これが終わったら是非とも取材させてもらおうじゃないの。

ぶっちゃけ母がダントツのオンリーワンだと思っていたから他の霊能者には興味がなかった部分もある。

認識を改めないと。

最初から色眼鏡で見てるなんて、ライター失格ってもんよ。


「それで、老婆の霊については何かわかったの?」

和美さんの質問が続く。

「ええ。全部ではないけど、必要なことはわかったと思うわ」

平野さんは事もなげに言った。

そのまま続けようとする平野さんを神宮寺さんが制する。

「その前に、あの婆さんの霊は今どうなってる?」

平野さんはああ、と一息ついた。

「今は多分どこかに隠れているわ。もしかしたら写真の中に戻っているかも。今すぐまた私達に近づいては来ないでしょうから、一般人の皆さんに注意してあげてれば大丈夫」

机の上の心霊写真に目をやる。

老婆の霊の写真に変化はない。

ジローさんと林田家の方に目を向ける。

皆さん怯えてはいるものの特に何かされている気配はない。

「それで……」

平野さんが周りを見回しながら言う。

「続けても構わないわよね?」

今度こそ口を挟む者はいない。


「あのお婆さんね。多分だけど高知か徳島あたりの霊能者だったみたいなの」

四国か。

今でこそ希少な存在だが、以前は拝み屋や民間陰陽師が群雄割拠していた地域だ。

「それで、お婆さん自身は戦前の人だと思うんだけど、川のそばにある村に住んでいたのね。それで川の向こう岸にも他の村があって、川の水の使い方でしょっちゅう揉めてた」

明治維新と第二次大戦。

日本はわずか100年足らずの間に二度、生まれ変わりとも言える大変革を経験している。

その時代の話か。

「その村、というか地域には霊能者が沢山いて、当然だけど相手の村にもいるわけね。それで村同士の揉め事の時には必ず呪詛が飛び交っていたのよ」

江戸の中世から明治の近代へ。

アメリカ中心の連合国に敗戦したことによる占領と高度経済成長。

ほんの数十年で日本は目まぐるしく変わった。

「お婆さんの村では蛇を使った呪術が盛んで、相手の村は犬や猫を使った呪術を代々受け継いでいた」

それまで当たり前のように身近にあった呪術は現代では消え去ったように見える。

それでも日本の各地に民間信仰として残っている。

特に四国では。

「それで犬神って言うんだけど、その呪術でお婆さんの娘夫婦が殺された。お婆さんは残ったお孫さんを守ろうと必死になって祈祷したんだけど、その甲斐もなくお孫さんまで亡くなってしまった」

老婆の霊のウィスパー。

犬神の血筋と言っていた気がする。

老婆の霊は犬神使いにやられた側だったのか。

「それでお婆さん、自分の家の神棚を壊して、滅茶苦茶にしたのね。それで家に火をつけてから、刀で自分の喉を掻き切って自殺した」

「…………」

神棚を壊す。

その上で家に火を放ち跡形もなく燃やす。

自らの命までも。

先祖代々受け継いで祀ってきた神を呪ったのか。

そんなことをすれば……。

「最後の最後でお婆さんの呪詛は相手の村の霊能者に届いた。家族の仇は打ったんだけど、恨みや呪詛の業だけならまだしも、神棚を壊したバチが当たって悪霊になっちゃった。それで唯一残ってた拠り所の写真に憑りついたっていうのがあの心霊写真の成り立ちね」

呪詛合戦。

昔話や風土記などに度々見られる話だ。

民間の呪術者がありふれた存在であった地域では、呪詛は喧嘩の形態の一つだっただろう。

チンピラ同士の喧嘩でナイフを抜くのと同じ理屈で、気に入らない相手に呪詛を飛ばして攻撃を行う。

平安時代の京都なんかはまさに呪詛に呪詛を返す魔界だったわけだし、近代まで残っていた民間陰陽師や拝み屋も日常的に呪術を行い、喧嘩相手に呪詛を飛ばしていたのだ。

中には相手を死に至らしめるほどの念や呪いも当然あるわけで、敵対する村同士で血みどろの呪術抗争を繰り広げていたのだろうか。

隣の村と殺しあうなど現代の感覚ではちょっと考えられないが、かつてはおそらくそういうことはあったのだろう。


「なるほどね」

和美さんがため息混じりに言った。

「言葉に重みがあるどころの話じゃないわね。あの老婆の霊の声は、そのまんま呪詛を受けているような感じかしら」

「うん。だが今は好機かもしれん。平野さん、老婆の霊にはどうして逃げられたんだ?」

神宮寺さんが質問を続ける。

平野さんはウーンと唸ってから答えた。

「それがね。お婆さんの過去をリーディングして、あらかたの情報を見た後で、できればそのままお婆さんの霊を消しちゃおうと思ったのね。成仏なんてとてもじゃないけど無理だったから。そしたら邪魔が入って」

「邪魔?」

神宮寺さんがおうむ返しする。

「そう。お婆さんの霊と和美さんが話してたでしょ?その時はまだ言葉に念を込めて皆を攻撃するつもりでいた。それがバレて黙ってなさいって言われて、お婆さんの霊はなにもできなくなっちゃって、諦めて私の中から出て行こうとしたのね」

なんと。

あの嫌な声はワザとやっていたのか。

目の前の霊から直接呪いを受ければ、体調に影響を及ぼすのも納得だ。


「それを私が許さなくて、お婆さんの霊は女の人の霊に助けを求めようとした。でも女の人の霊は助けに来てくれなくて、それでもう1枚の写真に呼びかけたの」

嘉納が女の霊をかき消して、私が写真を封印したのが理由だろう。

もう1枚の写真とは、つまり。

「あの山の写真ね。アレだと思うんだけど、お婆さんの霊とは違う大きな気配がしたのね。私の意識にいきなり干渉してきた。ちょっと…っていうかかなり驚いたわ。そんなこと初めてだったから」

降霊中の精神世界に強引に干渉。

それこそ憑りつくようなものだ。

あの山の霊とは何者なのだろう。

「それでね。私がびっくりしてる隙にお婆さんの霊は消えちゃった。それと同時にその大きな気配も消えてたわ」

「大丈夫なの?」

和美さんが心配の声をかける。

「ええ。全然大丈夫。大きな気配はお婆さんと一緒に消えたから。それでその大きな気配なんだけど、どうも霊っていうのとは違う気がしたの」

「というと?」

「あれはね。多分、霊っていうより神様の波動に近いと思う」

改めて山の心霊写真に目を向ける。

遠くの山並みに黒い靄がかかっている。

これが神様?

「こんなに真っ黒な神様なんて見たことないんですけど…」

と言ったら平野さんもウンと頷いた。

「そうなのよねえ。今までにも神様が偶然写り込んだ写真っていうのは見たことあるんだけど、金色だったり色々な色だったり、とにかく輝いて写るものじゃない?そんな真っ黒に写ったのなんて私も初めて見たわ」

ウチの神社で写真を撮ると、たまに神様の光が写り込むことがあった。

幼い頃の、境内で遊ぶ私達姉弟を覆うように光が溢れている写真は、未だに母のスマホの待ち受け画面になっている。

他所の神様の場合でも、神様の光や御姿が写り込んだ写真は大抵、光の束のように見える。

山々を覆う真っ黒な靄とは。

「禍ツ神か」

神宮寺さんが短く言った。

私はウーンと唸ってしまった。

「どうなんでしょう。そんな神話の神様が現役で写真に写り込むなんて、という気もしますし、禍ツ神といっても穢れを担当するってだけで厄除けの神様の面もありますから、そんな真っ黒な御姿でっていうのは、ちょっと違う気が……」

「だよなあ」

神宮寺さんもウームと唸って黙った。


「いわゆる神様っていうのとは少し違くて――」

平野さんが思案げに続ける。

言葉に出しながら考えているような、そんな口調だ。

「皆も山とか森で神様とか精霊の気配や波動を感じたことあるでしょう?その感覚に近いって思ったのよ。根拠はないけど、うんん…直感…としか言えないけど」

平野さんも確信はないようだ。

「なんでそんな大層なもんが写真に収まってるんだ?」

神宮寺さんが当然の疑問を口にする。

「収まってる訳じゃないと思うわ。気配が現れた時も全く意志を感じなかったから。多分写真に写ってるのは神様の光の部分だけで、神様そのものが写真にとどまっているわけではないのよ」

「写り込んだ光の名残りだけでそこまで影響するのか。確かにそこらの霊に出来ることじゃあないな。神、あるいはそれに近い自然霊と考えるのが妥当か」

「祟り神の類で、すでに祀るなり封印するなりされていて、現在では直接手を出してこれない状態なのかも」

和美さんが思いついたように言う。

「お婆さんに頼まれたから手を貸したけど、自分から積極的に何かする気はないってことかしら」

平野さんがそれに乗っかる。

「山の精霊だとしたら意思を感じられないのも当然?」

「もともと悪さをするつもりはないのかも」

「あるいはまつろわぬ神と呼ばれる存在かも」

「だとすると東北か。四国と東北の霊がコラボして妖怪化するとはな」

「東北とは限らないと思います。まつろわぬ神も民も、日本中で記録ありますから」

それぞれが考察を巡らせるも明確な答えなんて出るわけがない。

おそらくはどこかの山に現れた神のような存在の波動を写した、心霊写真ならぬ神霊写真であると、そんなフワッとした結論にまとまった。


「いずれにせよ、その老婆の霊をなんとかしてしまいましょう。いつまでもお喋りしていても時間の無駄だ」

嘉納がイラついたように議論を終わらせた。

「篠宮さん、写真に変化は見当たらないが、念のため封じてみてもらえますかな?」

嘉納に促されて老婆の写真に塩を盛り、手をかざして封印の祝詞を唱えてみる。

予想した通り全く反応がない。

やはり老婆の霊になんらかの打撃を加えて隙を作り出さないと、写真の中に封じられないのだろう。

本体あるいは拠り所が写真そのものであっても、霊の意識が外に出ていては封印できないのか。

この状態でお焚き上げしたとしても、霊の意識が写真から切り離されるだけで、意識体である老婆の霊そのものは残ってしまう可能性が高い。

それならばやはり拠り所の写真はそのままにして、老婆の霊と直接やりあうしかない。

「誰か呼び出せますか?老婆の霊を」

誰にともなく聞いてみる。

「うーん。私は無理かもしれないわね。すっかり警戒されて気配も感じないわ」

平野さんがため息をつく。


「俺がやろう」

そう言って神宮寺さんが皆を見回した。

その視線が私のところでピタリと止まる。

「篠宮さん。手伝ってくれるかな?」

そう言ってニヤリと笑った。


部屋の四隅に塩を盛り、糸と垂で簡単な結界を作って老婆の霊が部屋から出られないようにする。

こんなことになるとは思っていなかった私は、当然ながら糸や垂なんて祭具は用意していなかったのだが、なんと連雀さんが持っていた。

様々な道具が詰まった連雀さんのスーツケースの中には、糸と垂が結構なボリュームでしまってあったらしく、会議室を囲うように張り巡らせるには充分な長さと量だった。

「なんでこんなの持ってるの?連雀さん、風水師でしょ?」

と聞いたら。

「私はまあ…なんでも使うから。それこそ神でも仏でも…なんでも」

と言った。

なぜか少し照れているような、バツの悪そうな顔をしていた。

「真面目に信仰やってる人達からしたら気に食わないはず」

小声でそう続けたので、笠根さんや和美さんみたいに特定の神仏に帰依して力を引き出している人の目が気になったのかもしれない。


「さて」

神宮寺さんに目を向けて準備が終わった旨を伝えると、神宮寺さんは待ってましたとばかりに前に出た。

「篠宮さん、この部屋の中を清めて欲しい。婆さんの霊が居心地悪くなって姿を現すまで」

「…………」

だよね。

そうなるよね。

「婆さんの霊が隙を見せたら俺が捕まえるから、そうしたら平野さんなり篠宮さんなりがうまくやってくれ」

俺がやろう、なんて格好良く言ってたくせに、やることやるのは私か。

神宮寺さん、ズルいというつもりはないけど、なんかこう、うまく操られてしまったのが悔しい。


「では」

内心の葛藤を悟られないよう一息ついて、大祓の祝詞を唱える。

流石に大幣までは連雀さんも持っていなかったので、柏手を打ち、御守りに手を添えて祈る。

部屋の中をあちこちうろついて、老婆の霊の気配を探りながら祈祷していると、不意に頭の後ろで囁く声が聞こえた。


……ボソ……


その瞬間、全身に怖気が走った。

背筋が泡立つ感覚がして、頭の奥が重くなったような気がする。

一気に体温が下がり、それとは裏腹に冷や汗がドッと吹き出てくる。


……ボソ……ボソ……


言葉までは聞き取れない。

何と言っているのかはわからない。

部屋の中を飛び回るような囁き声。

何度も耳にした老婆の霊のウィスパー。


……ボソ……ボソボソ……


しかしその声がもたらす影響が先ほどの比ではない。

込められた呪詛の念が尋常じゃないのだ。

聞くたびに体から力が抜ける、生きる力が奪われるような感覚。

死にたい気持ちと訳される負の本能。

生きることの正反対に意識を向かわせる死の欲動が込められた囁き声。

それがさっきの何倍もの重圧を伴って聞こえてくる。


「ううぅ……ぁああぁあああ……」


そして言葉にならない呻きにはその念がさらに強く込められているようだ。

聞いているだけで命すら持っていかれそうな恐怖を感じる。


「ちいっ!」

神宮寺さんの舌打ちが聞こえて振り向くと、私の側を駆け抜けて林田家の方に走っていくところだった。

連雀さんも後を追っている。

彼らが向かう先、林田家がいる方向に目を向けると、頭を抱えてうずくまる父親と、なすすべなく狼狽する母親、そして抱き合って震える姉妹の姿が見えた。

全員が大量の涙を流し、ここからでもはっきりわかるほどにガタガタと震えている。

老婆の霊の声が林田家の人達にも影響しているのだ。


ジローさん達を見る。

彼らも似たような状況だったが、それでも気丈に耐えているように見えた。

神宮寺さんが林田家のもとに駆け寄って、父親の背中に手を置いて何かを唱える。

そして林田家をかばうように背に負う形で部屋の中を見回す。

連雀さんも彼女なりの方法で林田家を守る手段を講じている。

笠根さんがジローさん達のもとに歩み寄り、その場で読経を始める。

その笠根さんの額にも脂汗が光っている。


部屋の中を見回す。

老婆の霊の気配は今や部屋中に満ちていて居場所が特定できない。

祝詞を唱えつつ部屋の中を歩き回る。

折にふれて柏手を打つ。

老婆の霊の囁き声はあちこちから聞こえてきていたが、ついに特定の場所から動かなくなった。

部屋の一点、そこから微かな囁きが聞こえてくる。

聞いているだけで逃げ出したくなるような暗い声。

怨念が音となって響いてくるその声は、たしかにそこから発せられていた。

目を凝らすと微妙に空間が滲んで見える。

ここだ、間違いない。

「神宮寺さん、ここです。ここにいます」

そう呼びかけると神宮寺さんはお経のようなものを唱えるのをやめて駆け寄ってきた。

「お見事。あとは俺がやるからそのまま祝詞を続けてくれ」


神宮寺さんは手を前で組み、不思議な形の印を結ぶ。

寿司を握るような動作で次々に印の形を変えていき、それに合わせて何事かを呟く。

そして十以上もの印を結んだあと、人差し指と中指を立てて口元に寄せ、その指先にフーッと息を吹きかけてから、目の前の空間に何か文字を書き付けるような仕草をした。

「シッ!」という鋭い吐息と共に、その空間に書きつけた文字を縦に切るように上から下にスッと指先を動かす。

その瞬間、目の前から聞こえてきていた囁き声が、怒りを孕んだ呻きに変わった。


「ぬぅぅうぅぅ……!」

ブワッと、本当にそうとしか表現しようがない感じで、老婆の霊のいるであろう場所の空気が膨らんだ気がした。

そのかすかな圧力と共に老婆の霊が姿を現わす。

空間に溶け込んだようなおぼろげな影。

よく目を凝らすとそれは人の形をしている。

顔があって、着物を着ていて、腰から下は霞んで見えない。

上半身だけの老婆が、かすかな色彩をさらに滲ませた姿でこちらを睨んでいた。

その姿を見た瞬間、頭の中に『死』という文字が浮かんだ気がした。

正確にはイメージだ。

自分の死という強烈なイメージ。

死にたいと思ったのかもしれないし、死ねと言われたのかもしれない。

よくわからないし知る必要もないが、とにかく強烈な死の感覚が頭を満たした。

そして一瞬おいてこみ上げる恐怖。

ひっ、という声がどこかから聞こえる。

自分の声か、あるいは誰かの声か。

老婆の霊の姿を見た者は一様に、同じような死の欲動を感じたのだろう。

本能で目を背けたくなる老婆の霊の姿を、気力を振り絞って見据える。

こんな顔が人間にできるのかと思うほどの醜い表情。

目を見開いたかのように見えて眉根を寄せ、薄く開いた唇の中に食いしばった歯が見える。

口をわなわなと震わせ、口の端に溜まった小さな泡がジワリと垂れる。

狂っている。

そう感じた。

怒りや恨み、憎しみや害意、悪意や怨念、後悔や絶望、そういったドス黒い感情が全て詰まったような凄まじい顔で、老婆の霊は私達を睨みつけていた。

その視線を受けて頭の中を死のイメージが埋め尽くす。

強烈な死の欲動が思考を真っ黒に塗りつぶそうとしてくる。

老婆の霊から闇が広がり、私の全身を覆っていく。


その闇を見据える。

取り出した御守りを胸の前で強く握りしめて、大声で祝詞を唱える。

負けてはいけない。

怨念に飲まれてはいけない。

先ほどの嘉納ではないけども、気合いで負けなければ霊にやられることはない。

「シッ!」

鋭い吐息とともに神宮寺さんが再び空間に書いた文字を縦に切る。

「……シッ!……シッ!……シッ!……」

印を結んでは何事かを空間に書きつけて切る。

数度繰り返してから両手を胸の前に組み、小さな声で何事かを唱える。

そして気合い一発。

「シッ!!」

と大きく息を吐いて右手を剣のように見立てて老婆の霊に突きつけた。

その瞬間、老婆の霊から感じていた圧が弱まり、老婆の霊の顔が驚愕の表情に変わる。


「恨みを残し、神を呪って死んだ者よ、お前は残念ながら救われることはない」

神宮寺さんが静かに言う。

「せめてお仲間の写真とともに安らかに眠りにつけ。それがお前さんのためだ」

「……ぅぅぅうぅぬううう……!!」

老婆の霊が唸り声を上げる。

しかし先ほどのようにはならなかった。

死の欲動を孕んだ呪詛が襲いかかってこない。

その代わりに老婆の霊の姿が徐々に薄くなっていく。

「……悔しい……悔しい……」

老婆の声は弱々しく、囁きはほとんど聞き取れない。

「執着を捨てろ。お前はもう生きていない」

くっくっ、と老婆の霊がかすかに笑った。

「……みんな死ぬ……我が子も…孫も……お前の息子のように……」

老婆の霊が最後の力を振り絞るように虚勢を張る。

神宮寺さんの眉がピクリと動き、眉間にしわを寄せて老婆の霊を睨みつける。

「……お前の妻も……もうじきだよ……」

くくっと笑う老婆の霊の声が聞こえる。

何を言っているのか。

おそらく神宮寺さんに揺さぶりをかけているのだろう。

おぼろげに見えていた老婆の霊の姿はもう、かろうじて視認できるほどに薄くなり、それすら消えつつある。

神宮寺さんの術?祈祷?が見事に効いているのだ。

それでも最後の最後まで神宮寺さんに呪詛を吐き続ける。

断末魔とでもいうべきか。

神宮寺さんはフウとため息をついて、睨みつけていた目の力を抜いた。

「もはや何も意味はない。お前はただの哀れな亡霊だ。せめて最後は安らかに逝け」

そう言って胸の前で合掌する。

「……ぅぅ……ぅ……ぁ……」

老婆の声は弱々しく、姿はもう完全に見えなくなっていた。

「篠宮さん、写真を頼む」

神宮寺さんがため息をつくように言う。

机の上の写真に目を向けると、老婆の霊は写真の中で項垂れた姿に変わっていた。

男の子と手を繋いだ姿勢はそのままに、頭を垂れ、顔が影になって見えなくなっている。

女の霊と同じような感じだ。

写真の四隅に塩を盛り、右手をかざして祝詞を唱える。

女の霊のように抵抗する素振りは見せず、老婆の霊の写真はすんなりと封印できた。

「お見事」

先ほどと同じ言葉をかけてくれる神宮寺さん。

いやいや。

すごいのはあなたですから。

「凄かったです。神宮寺さん、あれ、何をやってたんですか?」

そう聞いてみた。

「ん?……ああさっきの?」

神宮寺さんはニヤリと笑って、

「……企業秘密に決まってるだろ」

そしてくっくっと笑った。


「いやあ、すんごい悪霊でしたなあ」

そう言いながら笠根さんが歩み寄ってきた。

「あっちから見ててもとんでもなかったですよ。アレの呪詛を間近で食らった篠宮さんと神宮寺さんが無事でいるのが信じられないぐらい」

額に滲んだ汗を拭いながら続ける。

「私は普通にヤバかったですよ。意識飛びそうになりましたもん笑。凄いのは神宮寺さんですから」

そう言って皆から神宮寺さんがよく見えるように、神宮寺さんから一歩ほど距離を取る。

「なんだよつれねえなあ。俺と篠宮さんの初めての共同作業じゃないか」

そう言って笑う神宮寺さん。

「いやいや、篠宮さんも充分よくやってましたよ。見事にあの霊を見つけ出して封印までスムーズに。ホントお見事です」

笠根さんの言葉に軽く頭を下げて答える。

「すごいわねアレ。私にはあんなことできないわ」

平野さんが神宮寺さんに話しかける。

嘉納も心なしか神宮寺さんに敬意を払っているように見える。

和美さんは爛々と光る目で神宮寺さんを見ている。

私と同じで興味津々なのに違いない。

連雀さんは早くも部屋に巡らせた糸と垂を片付け始めている。

写真はあと一枚残っているというのに。


部屋の中を見回す。

林田家はどうやら落ち着いたようだ。

連雀さんのものと思しき御札をそれぞれ持っている。

ジローさん達は緊張が切れたように呆けた顔で椅子に体を預けている。

「さて残るは…」

そう言って山の写真に近寄る。

皆も話をやめて近寄ってくる。

机の上に並んだ3枚の心霊写真。

そのうち2枚はすでに封じた。

残る山の写真にも、先ほどの2枚と同じように塩を盛って手をかざし、祝詞を唱える。

震えることもなく、まったく何のそぶりもない。

それでも確かに封印したという実感を感じる。

これでこの写真が外部に影響を及ぼすことはないはずだ。

「終わりました」

そう言うと誰ともなくため息をついたのが聞こえた。


「いやあ、それにしてもすごい経験だった。呼んでくれてありがとう」

神宮寺さんが話しかけてきた。

写真を封印して、ジローさん達や林田家に終わった旨を説明し、相楽さんを介抱しつつ撤収しようかという頃だった。


「フン。実際にはさしたる苦もなく終わりましたな」

嘉納が偉そうに言う。

神宮寺さんはくっくっと笑う。

「嘉納さんよ。アンタが凄腕なのは充分見せてもらったさ。でもな、あの3枚をアンタ1人で対処せにゃならなかったと考えたらゾッとするだろ?」

嘉納は眉間に皺を寄せてムウと唸る。

「まあ確かに、厄介な相手でしたな」

「そういうこった。今後も何かあったらお互い手を貸そうや」

神宮寺さんはそう言って気安く嘉納の肩を叩いた。

年の功、なのだろうか。

神宮寺さんの余裕綽々ながら嫌味のない態度に嘉納も抵抗しようがないようだ。

つくづくすごい人だと思う。


母と神宮寺さんの会話を聞いてみたい。

多分、普通の世間話で終わりそうな気がするが。

嘉納、そして平野さんもすごい霊能者だ。

もちろん和美さんや連雀さん、笠根さんはまあ…アレだった気もするが、一回り以上若い世代にも実力派の霊能者達がいる。

私はどうする?

彼らと同じステージに立つのか。

オカルトライターという職につきながらでも霊能者として働くことはできる。

「…………」

わからない。

が、久し振りに修行をしてみたい。

幼い頃に両親から教わったこと。

それらを改めて学び直したい。

今度ゆっくり実家に戻って母と話をしたい。

そう思った。


第3部 完

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