第2話 中国語と日本語が理解できる人で、さらに霊のことを見たり聞いたりできる人…?

その日は雪村君に彼を連れて帰ってもらった。

仲間のところに連れて行くのか、雪村君の家に泊めるのか知らないが、とりあえず今日のところは何も起きないだろうと言っておいた。

確証はないけども。

「…………」

さて困った。

一方通行の意思疎通はできるものの、それで除霊なんかできるはずもない。

あの父親の霊が何を訴えているのか、それが分からなければ始まらない。

「…………」

通訳だ。

何はともあれ通訳が必要だ。

中国語と日本語が理解できる人で、さらに霊のことを見たり聞いたりできる人物。

「…………」

ため息しか出ない。

どこにいるんだ、そんな人。


再び伊賀野さんに電話をかける。

またすぐ繋がった。


「もしもし?」

「ああ、伊賀野さん、すいませんたびたび」

「いえ大丈夫。それで何かありました?」

「ええ、とりあえずオバケと接触してみようと思って経を上げたんです。それでまんまと出てきてくれたんですがねえ」

スマホの向こうであらーと言う声が聞こえる。

「笠根さんも意外に大胆なことしますね。素性も知らない霊をいきなり呼び出すなんて」

「いやいや、もちろん私は慎重な男ですよ?でも今回の場合はまったく手がかりがないわけですから、そこはもう仕方なく」

「ふふ、まあそうですよね、私でもそうなるかも。それで?」

「ええ、それでどうぞ安らかにという念を込めて経を上げたら、親子のオバケが現れた。依頼人の彼にしたみたいに荒ぶる感じじゃなくて、対話する用意がある感じでね」

「あら、じゃあ簡単に解決した?」

「いやー、はは、それが全然」

思わず笑ってしまう。

我ながら情けない。

「言葉が全く通じないんで、ご対面してそれから進まないんですよ」

再びあららという声が聞こえる。

「スマホで翻訳したりしてみたんですがねえ。私の声は翻訳できるんですが、当たり前だけどオバケの声は翻訳できない。正直、あちらさんも困ってたと思いますよ」

今度はうーんとうなる声。

「たしかに、その状態だと無理やり成仏させるしか手がないか。でもそうしようとすると攻撃されそうだし、困りましたね」

「そうなんですよ。その父親のオバケがちょっと激昂しやすい感じで、私もいきなり胸ぐら掴まれまして」

「大丈夫?」

「ええまあ今回は大丈夫だったんですが、そうなると私は弱っちいただのお坊さんですから、全然勝てる気がしないんですよ」

ふふ、と笑う声が聞こえる。

まったく、我ながら情けない男を演じさせたらピカイチだ。

……演技じゃないが。

「なんとか意思疎通をして円満に成仏してもらいたい。そのためには言葉を通訳してくれる人が必要。それで伊賀野さんにまた相談のお電話というわけなんですよ」

「いやー…………中国語が出来る霊能者なんて心当たりないなー」

「お祓いが出来る中国人でもいいんですが」

「なおさら知らないよ笑」

「ですよねえ」

「いっそのこと中国に連れて帰ったら?そういうのは向こうの人に任せるのが一番でしょう」

「まあそうなんですよねえ。流石にこれはどうしようもない」

またうーんとうなる声が聞こえる。

「まあ一応知り合いを当たってみますよ。もしかしたらそういう人がいるかもしれないので」

「ああ、そうしてくれるとありがたい。すいませんね変なこと相談して」

「まあ私もちょっと興味ありますし、相談料はサービスということで」

「ははは、いや助かります本当に。何かあればお礼させていただきますので」

「はいはい。期待しないで待ってますね。じゃあ少しお時間ください。またこちらからお電話しますので」

「ああはい、すいませんがよろしくお願いします」


ふー、とため息をつく。

懐から煙草を取り出して火をつける。

相談してよかった。

動いてくれるようだ。

変な一日だったと思いながら煙をくゆらせる。

現状ではこれ以上できることはない。

とりあえず伊賀野さんの電話待ちだ。

他にも相談できる相手はいるが、伊賀野さんの方が相談相手は多いだろう。

他力本願。

親鸞聖人もいいこと言うね。

そういうことにして今日はもうおしまい。

煙草を揉み消して携帯灰皿に放り込む。

一杯やりに行こうかな。

そんなことを考えながら寺の戸締りを始めた。


伊賀野さんから連絡があったのは翌日の昼過ぎだった。

住職が頼んでくれた出前の蕎麦を啜っている時にヴヴヴとスマホが鳴った。

ざる蕎麦で良かった、と思いながら電話に出る。

「はい笠根です」

「伊賀野です。お電話大丈夫ですか?」

「ええもちろん」

伊賀野さんは若干興奮したように、一気に喋り始めた。

「実は今、中国の有名な霊能者が日本に来ているらしくて、今といってももう何ヶ月も滞在してるみたいなんですけど、その人と繋がれる人が私の知り合いで、今朝連絡してもらったら早速会ってくれるそうなのよ」

「なんと」

「ね!凄いですよねこのタイミング。ドンピシャの中国人霊能者ですって。面白くない?」

伊賀野さんの口調が砕けてきている。

実に楽しそうだ。

初めて会った時はおっかない人だと思ったが、あの時は気合の入り方が尋常ではなかったわけだし、素の彼女は案外に付き合いやすい性格なのかもしれない。

それにしてもまさに、だ。

願っても無いチャンス。

やはり他力本願。

阿弥陀如来様、素晴らしい。

キョンシーと戦う人と日本で出会えるとは。


「ぜひお会いしたいですね。できればそのまま彼をお任せしちゃいたい」

「お坊さんらしくないこと言わないの笑。これから段取りしちゃっていいですか?笠根さんとその彼はすぐに来れます?」

「大丈夫です。これから彼を迎えに行ってきますんで、2時間後でしたら合流できますよ」

「わかりました。ではあとは先方の都合に合わせるということで」

「ですね。よろしくお願いします」

仕事の出来る女、伊賀野和美。

こうして俺は難題を人任せにすることに成功したようだ。


雪村君に連絡を入れる。

彼を仕事場に迎えに行くと伝える。

どうやら彼は中野の現場で働いているらしい。

車で行くのに30分ほどか。

雪村君にも中野に来るように伝えて電話を切る。


住職が蕎麦を食べ終わって口をモゴモゴしている。

残った蕎麦をかっ込んで住職に礼を言って寺を出た。

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