第35話 苦境

敵<フィフススター>の機動部隊からの攻撃は徹底を極めた。


航空撃滅戦を図った<サンシャルネス>を嘲笑うかのように、逆手に取って挑みかかって来たのだ。

圧倒的破壊力を見せつけ、抵抗力を根絶やしにせんとして。



3個の機動艦隊から延400機が攻撃に加わったという。

後に第1次ルゥバラ沖航空戦と呼ばれた海戦は、双方にとっても手痛い損害を受ける事になる。


基地航空隊を弱体化させ、ナシ島の制空権を確保する狙いだったという<フィフススター>にとって、第1波だけでは到底終われる筈もなかった。機動部隊本隊には未だに200機もの保有機が残されていたのだから。

喪った機数は僅か12機ほど、ほぼ手付かずの状態とも言えた。

艦隊司令長官ブルドッグ中将は、このまま引き上げるのを善しとせず、徹底した撃滅戦を図ろうとした。

指揮下の3個艦隊に対して、繰り返し攻撃するように命じたのだ。


「攻撃せよ!ただ攻撃あるのみ!」


長官の命を受けた各任務軍司令は、攻撃隊を編成して発進させた。


唯、彼等は完全に失念していたのだ。

自分達も攻撃される事に、航空機が陸地から向かって来るモノだとばかり信じ込んでいたのだ。

<サンシャルネス>に艦隊が置き去りになっているモノだとばかり思い込んでいたのだ。

当時、<サンシャルネス>艦隊は本国に居るものだと情報機関は判断していたのだから。




陸上攻撃機が主体の元山空の偵察機が、敵艦隊の位置を打電して来たのはちょうど飛行場が空襲を受けている時だった。

混乱する中で、方面軍司令部が判断を下した。

全航空部隊を敵機動部隊迎撃に向かわせるのだと。

最初、輸送部隊である3隻の商船と駆潜艇が被害を被った。

ルゥバラ飛行場も空襲を受け、装備機に損害が出たとの報告が届いた。


その他の飛行場や艦船に被害が無かったことから鑑み、敵艦隊はそのまま引き上げるのではないかとも思われたのだが。新たに敵艦隊を偵察して分かった事がある。


「「発ヤマ3号宛てモト司令部。本文、敵は3個の艦隊を配し、空母を伴うものとす」」


偵察機から報じられた事実。それは敵艦隊が3つ存在して空母が居るものとされている。

状況から計って、敵は機動部隊であり空母を少なくとも2隻は含んでいると思われた。


敵に2隻もの空母がいるのなら、これぐらいの空襲で済む訳がないと判断できる。

つまり、敵は引き上げるのではなく、まだ遊弋して攻撃を繰り返すだろう。


「「直ちに攻撃隊を編成し、敵を撃滅せよ」」


方面軍からの命令で、各地の飛行場は色めき立った。

各攻撃機を保有した部隊から偵察機が詳報を求めて飛び上がる。


更には、敵機の空襲から未然に機体を護る為、後方の飛行場に退避が始った。

空襲を受けてしまえば、地上に待機していた部隊はたちどころに壊滅してしまうだろう。

部隊を率いる司令部は、戦力の温存と敵の出方を観る為に、已む無く攻撃を控えざるを得なくなった。


なにせ、敵機動部隊にイニシアチブを獲られた状況なのだから。




味方の状況は、一搭乗員達には知る術もなかった。

だが、切迫した状況に於かれているのは司令や飛行長の顔色で図り知るのは容易だ。


基地に配されている無線士が、次々に電文欄を持って来る。

刻々と明らかになる損害、傍受した偵察情報、そして敵機動部隊の動向。


そのどれもが示しているのは・・・


「もはや一刻の猶予もならん。

 当隊は直ちに邀撃戦を展開する。飛び上がれる機は直ちに発進せよ!」


飛行長大園少佐の命で、補給が済んだ機に搭乗員達が走り出す。

第1中隊を指揮していた小林大尉は怪我の為に飛べない。

第2中隊長柏村機は、エンジン不調で整備中。

代わりの機に乗る事も出来たが、整備が終わる見込みがあった為に他機に乗るのを控えたのだ。


代わりに指揮を任されたのは先任である第2中隊分隊士の堀越中尉だった。

整備が完了した7機を率いて、順次発進していく<零戦>隊。

堀越中尉が1番機に収まるのを観ていたヒカルが、傍らの整備班長に訊いた。


「まだ出られませんか?応急修理だけで良いのですけど」


燃料と弾薬は補給を終えれたが、肝心の左翼の修理が終わらない。


「何を言っているんですか。これじゃあ危なくて飛べやしませんよ!」


整備員達は一生懸命に左翼に取り付いて修理に汗を流している。

手を出せない班長とヒカルは修理状況を見上げるしか方法が無かった。


米川機を救う為に左翼をぶつけてしまった部分が、蓋板の捲れと云う損害に繋がってしまったのだ。

翼端が半ば捲れ上がった状況で飛び上がれば、戦闘どころの話ではない。

飛行にも差しさわりが出てしまうし、下手をすれば左翼が欠損しかねないのだ。


「「仕方が無いのだヒカル。これだけの代償で済んだのだから」」


OPLの上で腕を組むレイが、機体妖精キーを観て呟いた。

小さな赤い煙火服を着たキーが、必死に袖を縫い直して戦闘可能状態へ持っていこうとしている姿を。


「堀越中尉・・・大丈夫かな?」


じれったい時間を持て余し、上空で編隊を組む7機を目で追った。




味方編隊が飛行場上空6000メートルまで上昇した時だ。


「敵戦爆編隊、西方より近付く!」


指揮所が俄かに騒がしくなり、途端にサイレンが鳴り始めた。


「空襲!対空戦闘配置に就け!整備が終わった機は直ちに空中退避!」


銅鑼が鳴り響き、飛行場全体が慌ただしくなる。


「掩体壕から退避!防空壕に入れ!」


基地守備隊長が対空戦の指揮を執りつつ、総員に避難を命じた。


「しまった!もう敵が来てしまったか!」


整備班長が呻いて部下達に避難をさせようとする。


「待って!このままで良いから発動機を廻して!」


左翼の修理は未だに完了していない。

捲れた部分だけは何とか蓋をされてはいたのだが。


「まだエルロンの調整も、ビスも打っていない仮止めの状態なんですよ?!」


驚いた班長がヒカルを押し留めようとしたのだが。


「飛べれば良いの!このままじゃぁ、どのみち地上撃破されてしまうわ!」


操縦席コックピットに潜り込み、各部のチェックを始めるヒカルを観て。


「空中退避だけにしてくださいよ?空戦なんてやろうなんて思わないでくださいよ?」


もう止めたって無駄だと思った班長が、部下にエナーシャを廻す様に命じる。


「急いで!発進中に廻り込まれたら飛び上がれないわ!」


整備員も必死に答えようとハンドルを廻す。回転音が規定まで上がらないのにヒカルは手を突き出す。


「前離れぇーっ!コンターック!」


エナーシャハンドルを抜き取って整備員が転ぶように離れると。



 バンッ バババッ!


発動機に辛うじて火が点った。


「発進する!チョーク外せ!」


回転が不安定なまま、直ちに誘導路へ向かうヒカルに、整備員達が一斉に声を掛けて来た。


「少尉!絶対に逃げてくださいよ!」


それは機体の状況を知る者達の偽らざる願いだった。




ヒカルよ、私は撃破されても良かったんだぞ?」


モフモフの髪を風に靡かせるケモ耳レイが、困ったように笑い掛けている。


「契約者である主が無理をする必要なんてなかったのだぞ?」


笑い掛けて来るレイは、嬉しそうにヒカルを見ている。


「無理なんかじゃない。レイと私は一心同体なんだから・・・」


機首を起こし、空に舞い上がる。

僅かに左側に機体が捩れるのを、フットバーで抑え込んで上昇を続ける。


「この状態じゃぁ、戦闘なんて無理かもしれない・・・だけど」


ヒカルは7機の味方が急旋回に移るのを観て。


「襲いかかられたら、闘わざるを得ないじゃない?」


ぽつぽつと空に浮かんだ黒点を睨んだ。




邀撃隊の指揮を執る堀越が、バンクを振って戦闘を命じる。


「敵機だ!先に爆撃隊にかかれっ!」


戦闘機隊に護衛された艦爆ドーントレス16機に目標を絞った7機が、一斉に反転降下に入る。

爆撃隊の傘になったF4F艦戦隊が、機首を擡げて応戦にかかる。


高度4000メートル辺りで、空戦の火花が散った。

上空からの掃射により、忽ちドーントレス隊が編隊をバラけさせる。

2,3機から黒煙が噴き出され、編隊から落伍した。


だが味方機に対して、F4F隊は2倍あまりの数を頼んで逆襲に転じる。

2機づつ組んだF4F隊に対し、<零戦>隊は数が足らずに各個それぞれに闘う羽目になった。

それでも巴戦では優れた旋回性能を活かし、敵に火を噴かせられたが。


空戦場は次第にF4Fが優勢になっていく。

7機対16機。それに加えて艦爆ドーントレスもいる。


邀撃隊の隙間を抜けて、艦爆隊が飛行場に急降下をかけ始めた時。


「ふふんっ、相手にもならん。所詮ネズミだということだ!」


くるくる廻り、ちょろちょろ弾を避ける<零戦>に、野良猫大尉は毒づいた。


「私の相手はどこに居る?<零戦>の聖獣は此処にはおらんのか?」


空戦を上空から見下ろすF4F-3の中で、<野良猫>の聖獣が嘲笑っていた。





遂に<零戦>の聖獣と<野良猫ワイルドキャット>の聖獣が相まみえる。

ヒカルは整備不良の<零戦>で勝つ事が出来るのか?


次回 輪廻

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