SS11 現代の偉人
吉嶋健三(よしじま けんぞう)。70歳。
ジルコンの研究機関に所属する科学者であり、現代社会において、ジルコンにのみ搭載されていたアンバー探知器を解析し、そこからレーダーを造り出すことに成功した第一人者として《GAEA》による時代が到来してからの偉人として社会の教科書にも載っている人物である。
しかし、本人は謙虚であり、自身の功績にたいして慢心せず、日々努力をしているため慕う人間は多い。
だが一方で、クリエイターと同じチームで《GAEA》の開発を行っていた人物の一人であったという経歴があり、《GAEA》の完成、クリエイターの死刑、そして世界が《GAEA》のエネルギーで潤された後に起こったアンバーの暴走に関する事情聴取で国家機関に拘束されていた時もあったとか。
敏雄と幸香は、教科書にも載っている生きた偉人である、その吉嶋から頭を下げられ、困惑した。
「本当にすまない。どれほど謝っても無意味だろうが…。」
「あの…、顔を上げてください。」
「そういうわけには…。」
「謝られてもどうしようもないですから…。」
「……誠に申し訳ない。身勝手な大人達を代表してとは言えぬが。本当にすまない。」
やっと吉嶋が顔を上げた。
「自己紹介が遅れてしまった。私は、吉嶋健三。このジルコン研究機関、日本支部で教授をしている者だ。」
「…山内、敏雄です。」
「苅野幸香です。」
「……君達に関する資料には目を通している。命令とは言え…、我々、大人は君達に永遠に癒えぬ傷を負わせてしまった。重ね重ね申し訳ない。」
吉嶋の腰の低さに、敏雄と幸香は、顔を見合わせた。今まで自分達に高圧的に接してきた研究者達はなんだったんだっと思いたいぐらいだ。
ふと見ると、吉嶋と来た研究者が、ばつが悪そうにしていた。
「それで…、俺らに何のようです? ただ謝りに来ただけですか?」
「それもあるが…、君のこの数週間の間の戦闘記録を見せて貰ったことについて話がある。」
「……悪いんでしょ?」
「まあ、君は軍人でもなんでもない、ただの一般人が事故で新型ジルコンとなったのだから、文句を言うのは筋違いだ。それは、こちらも理解している。」
敏雄は、戦闘訓練を受けながら、アンバーとの戦いもやらされていた。
《GAEA》に燃料となるアンバーの核を供給するため、致し方ないことである。
初戦で住宅地での戦闘の被害を反省し、極力人のいない現場で発生したアンバーを倒すことを命令され、山中や、海などで戦闘を行ってきた。結果から言えば、全勝であるがそれでも周りへの被害はあった。例えば攻撃を当て損ねて手足の震度兵器による山の破壊であるとか、ぶっ飛ばされてギリギリでの漁船を巻き込みかけ事件とか、旧ジルコンならできた防衛ができず、危うくアンバーを港に上陸させかけたとか。
「これまで、単体での行動で、君の戦闘能力や唯一のジルコン・プロトタイプの融合機としてのデータを取ってきた。その後の検討結果、君はこれからチームとしてアンバーと戦ってもらいたいのだ。」
「それって、他の新型ジルコンと?」
「そうだ。すでに旧型のジルコンから創られた新型ジルコンは揃った。あとは、ここからどれだけ成果が上げられるか…、そして新たな段階に上がれるか瀬戸際なのだ。ユイリンという女性と親しくしているそうだが?」
「えっ、あっ、…はい。」
「彼女をチームメイトとして入れる予定だ。親しい相手がいる方がやりやすかろう?」
「…気遣いですか?」
「すまないな…。私としては、君のような子供を無理矢理に戦わせることには心の中では反対なのだ。…仕方が無い。などという言葉ですべてを締めくくれないことも理解しているつもりだ。だが…、どうか戦って貰えないだろうか?」
「……どーせ、それ以外に俺達に選択肢なんてねーんだろ?」
「本当に…すまない。」
「謝らないでください。空しくなるんで。」
敏雄は、プイッとそっぽを向いた。
「敏雄…。」
幸香が不安げに声を漏らす。
「けど、約束して欲しいっす。」
敏雄が吉嶋に顔を向け、強く言った。
「なんだね?」
「幸香だけは…、必ず無事でいさせろよ? なんかしてみろ…、俺は絶対に、あんたらを許さないからな。」
敏雄が睨みを利かせると、吉嶋は、その視線を受け止めて、分かったと言い、頷いた。
幸香は、そう言った敏雄の横顔を辛そうに見つめていた。
「幸香さん、本当に申し訳ない…。敏雄君を縛り付けるための枷という役割をやらせてしまっていることを…。」
「……敏雄のこと…、よろしくお願いします。」
幸香は、吉嶋に顔を向け、深く頭を下げた。
「あと、聞きたいことがあります。」
「なんだね?」
敏雄が問うた。
「クリエイター…、あのシズって奴……、なんなのさ?」
「それは……、実は我々にもさっぱりでな。」
「はあ?」
「調べている真っ最中だということだ。ただ二つ言えることは…、まず敏雄君、君の新型ジルコンとしての外殻とシステムが自立した存在であること。もうひとつは、彼には、クリエイターと同一の遺伝子が使われているということだ。」
「同一の遺伝子? それって、クローンってこと?」
「そうとも言えるだろう。クリエイターなら、すぐに考えつきそうなことだ。彼らしい…かもしれん。」
「どういうこと?」
「彼は、そういう人物だった。良くも悪くも自分自身を省みないし、いかなる犠牲も厭わない…、だから、周りから恐れられてしまったんだろう。」
吉嶋は、どこか切なげに辛そうに彼が知るクリエイターのことを少し語った。
「あの…。」
幸香が挙手した。
「つまり…、クリエイターと同一人物ってことですか?」
「遺伝子学上は、同一人物だが、彼にはどうやら記憶は一切引き継がれている痕跡がないのだよ。一卵性の双子のような物だ。」
「そうですか…。」
つまり、遺伝子は同じでも、まったくの別人だということだ。顔そっくりの一卵性の双子がまったくの別人同士であるように。
「あの…、吉嶋教授…、それ以上は…。」
一緒にいた研究者が恐る恐る止めに入る。
吉嶋は、時計を見せられ、椅子から立ち上がった。
「すまない、時間のようだ。敏雄君、幸香さん。恨むなら…、存分に我々を恨んでくれ。」
そう言い、最後に頭を下げ、吉嶋は研究者と共に去って行った。
残された、敏雄と幸香は、深くため息を吐いたり、机に突っ伏したりした。
「あれが、生きた偉人かよ…。ああいう大人ばっかりだったいいのにな。」
「しょうがないよ。同じ中身の人間なんていないって。」
「それにしても…、あのシズって奴…、クリエイターとは、別人か……。」
「うん…、遺伝子学上は、同一人物でも、記憶も何も同じじゃないんだね。一卵性の双子だって別人同士だもんね。でも……、どうしてクリエイターは、シズって人に自分の遺伝子を使ったんだろうね?」
「知るかよ。そんなこと…。」
「それはそうだけど…。気になるじゃん。」
「死人に口なしだぜ。」
それに尽きるのだ。50年前にクリエイターが死刑にされてから、何もかもが分からないのだ。
ふと、敏雄は、吉嶋が言っていたクリエイターの人柄の一部を思い返した。
『良くも悪くも自分自身を省みないし、いかなる犠牲も厭わない』
そんな人物が自分が処刑されると知って、世界に復讐をするべく、アンバーを暴走させたのだろうか?
敏雄も幸香も、クリエイターを、ただの悪人だと思っていたし、周りもそう信じている。
だが、真実が違ったのだとしたら?
本当の悪や元凶がなんだったのか。
それを知った時、自分達は…、否、人類はどうなるか。
敏雄も幸香も、よく分からない、深く、先の見えない不安に押しつぶされそうだった。
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