第6話:戦いの跡

「もちろん、ヨンさまの後を追いたい……」


 ナナ=ビュランが歯切れ悪く、シャトゥ=ツナーの問いかけに応える。だが、ナナ=ビュラン本人もわかっているのだ。自分を含めて4人はどう考えても、戦闘を継続出来るほどの力など残っていないことを。ましてや、相手は圧倒的な力を見せつけてくれた創造主:Y.O.N.Nである。


「ふむっ。今すぐどうにかしようとしても、わたしたちにそう出来るかどうかが問題だなっ。どうかね? ここは一度、商業都市:ヘルメルスに戻って、態勢を立て直すというのは?」


 ナナ=ビュランの気持ちを察して、マスク・ド・タイラーがそう提言する。ナナ=ビュラン自身がヨン=ウェンリーを追うのをあきらると言うのは、何かと不都合が生じるだろうと、彼女に代わって、マスク・ド・タイラーがこの先どうするのかを提示したわけである。


「そうね……。タイラーの言う通りよね。皆、ボロボロだものね。創造主:Y.O.N.Nがヨンさまの身体を使って、何かとんでもないことをしでかすかもしれないけれど、だからと言って、今、それを止めるだけの力があたしたちには残されていないわ……」


「んじゃ、決まりなんだみゃー。ココ殿を救出して、鎮魂歌レクイエムの宝珠を捜索するんだみゃー。当初の目的の半分は解決しておくんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥが地面にぐったりと横たわりながら、そうナナ=ビュランに告げる。彼は両足の骨が砕けているというのに、戦斧バトル・アクスを杖代わりに立ち続けていたために、それだけで体力を消耗していた。それゆえ、もう無理だとばかりに地面の上で寝転がっていたのである。


 ネーコ=オッスゥに姉であるココ=ビュランのことを言われて、ナナ=ビュランはハッ! となる。そう言えば、姉らしき女性が宙に浮く巨大な紅い球体の下にある椅子に座っていたのを今更ながら思い出す。そして、蒼色の渦から視線を外し、自分の後方にある祭壇に眼を向ける。


 するとだ。その祭壇の上にはすでにあの不気味に発光していた紅い球体はどこにも見当たらなかった。ナナ=ビュランがあの球体がどこに行ったかを3人に尋ねるが、皆、一様に首を横に振り、知らないと答える。もしかすると、創造主:Y.O.N.Nと戦っている時に、その余波を喰らって、いつの間にか粉々に砕けたのでは? とマスク・ド・タイラーが言うのだが、そうは言われても、その欠片と思わしきものも散乱していない。


「まあ、いいわ……。あの紅い球体のことはあとで考えましょ? それよりもお姉ちゃんをあの椅子から外しましょ?」


 ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナー、そしてマスク・ド・タイラーは祭壇に続く石段に足を掛け登っていく。まあ、その石段は高さ50センチュメートルもないので、すぐに祭壇の上にたどり着くわけなのだが。ナナ=ビュランたちは祭壇に何か仕掛けが施されているのではないかとおっかなびっくり、ココ=ビュランが座る椅子へと近づいていく。


 どうやら、罠らしきものも無いようで、すんなりとナナ=ビュランたちはココ=ビュランの下へとたどり着く。そして、ナナ=ビュランとシャトゥ=ツナーはココ=ビュランの身体に傷をつけないように注意しながら、彼女の身体を椅子に固定している金具を外していく。


 そして、最後にココ=ビュランの頭に被せられていた半球状の兜っぽい何かを取り外す。


「お姉ちゃん! 大丈夫!?」


「ちょっと、ナナ、気持ちはわかるけど、そんなにブンブン身体を揺らすのはやめておくッス。首の骨が折れたらどうするッスか!」


 ナナ=ビュランが椅子に座って、気を失っているココ=ビュランの両肩を掴んで前後に力強く揺らす。そんなことだから、もちろん、ココ=ビュランの頭もまた前後にブンブンと揺れるのだ。そんな状況を間近で見ているシャトゥ=ツナーがナナ=ビュランに苦言を呈したわけである。


「うう……ん。ナナ? それにシャトゥさん?」


 ココ=ビュランがゆっくりと眼を開き、自分の両脇で眼尻に涙を溜めているナナ=ビュランたちを視認する。


「お姉ちゃんっ!」


 ココ=ビュランが眼を開いて声を発した次の瞬間、ナナ=ビュランが彼女に抱き着いて、わんわんと声をあげて泣きだす。ココ=ビュランはそんなナナ=ビュランに驚くことになるが、事情を察して、ナナ=ビュランの頭をよしよしと右手で優しく撫でる。


「ナナの様子から察するにヨンさんは魔王になってしまったのね……」


「いや、違う。もっと厄介なモノに変わってしまった。わたしたちは手を尽くしたのだが、ヨンくんの身体は創造主:Y.O.N.Nとやらに奪われてしまったのだっ!」


 ココ=ビュランは自分の正面で威風堂々と立っている黒い全身鎧フルプレート・メイルに包まれた男にそう言われ、眉根をひそめることとなる。


「あなたは誰ですの? 見たところ、どこかの国に所属する立派な騎士さまに見えますが?」


 ココ=ビュランは見たこともない意匠を施された黒い全身鎧フルプレート・メイルに身を包む眼の前の男に対して、警戒心を露わにしていた。かの男の鎧の意匠は見る者を威圧し、恐怖を覚えさせるには十分な威力を持っていた。


 ココ=ビュランが眼の前の男を睨み続ける。彼女がそうしたのは当然であろう。彼女はマスク・ド・タイラーとは初対面なのだ。さらに不吉な感じを連想させるには十分な恰好をしているマスク・ド・タイラーなのだ。ココ=ビュランの反応は至極まっとうとしか言いようがなかったのである。


「う、うむ……。そう睨みつけられては、わたしはたじたじになってしまうのだが……」


「うちの妹に何か変なことをしてないでしょうね? もし何かあるなら、わたくしがあなたを許しませんっ!」


 ココ=ビュランが優しくナナ=ビュランの頭を撫でながら、そう力強く眼の前の男を非難する。マスク・ド・タイラーは困ったとばかりにどうしたものかと思案する。だが、マスク・ド・タイラーは急にうぐぅ! とうめきだし、ハアハアと荒い呼吸をし、さらには片膝付く恰好となる。


 するとだ、マスク・ド・タイラーの身を包んでいた黒獅子を象っていた全身鎧フルプレート・メイルからビキビキッ! という金属にヒビが入る音が鳴り響き、同時にその鎧全体に亀裂が走ることになる。そして、次の瞬間にはメキョッバコーンッ! という破砕音を鳴らしながら、マスク・ド・タイラーが身に着けていた鎧は粉々になり、黒い粒子となって、宙に霧散していくのであった……。

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