第2話:闇より暗い水底へ

 ネーコ=オッスゥはナーガ=ポティトゥの体当たりにより、宙に吹っ飛ばされることになる。しかし宙を舞うネーコ=オッスゥを視界の端に捉えながらも、ナナ=ビュランは走りに走ったのである。


(ネーコ! あなたの犠牲は無駄にはしないわっ!)


 ネーコ=オッスゥは体当たりの衝撃により、身に着けていた青銅製の鎧の胸部から腹部部分が弾け飛ぶことになる。さらに彼は宙を舞いながら同時に口から大量の血反吐をまき散らす。しかし、それでもナナ=ビュランは彼の状態をちらりと見るだけに留まり、決して、自分の走る速度を緩めなかったのだ。


 ナナ=ビュランは涙が零れ落ちそうになるのを必死にこらえていた。もしかすると、今の1撃でネーコ=オッスゥは身に着けていた鎧だけではなく、全身の骨すらも砕かれて戦闘不能に陥ったかもしれない。それでもだ。ナナ=ビュランは自分が成すべきことを成すために、その足を止めることはなかった。


 ナナ=ビュランはナーガ=ポティトゥから見て、右側を大きく迂回しつつ、彼女の後ろに回り込む。ナナ=ビュランの眼の前にはナーガ=ポティトゥの太く大きな尻尾が映っていた。そこに飛び乗り、尻尾の上を走り抜け、さらに背中に飛び乗ろうとする。


 しかし、ナーガ=ポティトゥも尻尾に何かが乗った感触を素早く察知する。厚い鱗に覆われている身体ではあるが、感覚が鈍いわけではない。事実、ネーコ=オッスゥに喉仏を攻撃された時は軽い亀裂程度の傷しか負っていないモノの、痛覚自体をオフにしているわけではないので、ナーガ=ポティトゥは相当な痛みを感じたのだ。


 そして、ナナ=ビュランはナーガ=ポティトゥの尻尾に飛び乗り、さらに走り続ける。走っている最中に彼女は右手に持つ闇の告解コンフェッション・テネーヴァ火の精霊サラマンダーを纏わりつかせていた。その長剣ロング・ソードに纏わりつく炎は紅から黒へと変貌し、さらには黒い蛇が現出し、長剣ロング・ソードの刃に巻き付いていた。


 ナナ=ビュランはさらに走り、尻尾と尻の付け根辺りまで到達する。そして、さらにその先、下半身の胴体のど真ん中で、闇の告解コンフェッション・テネーヴァを突き刺し、ナーガ=ポティトゥを黒い蛇を用いて内部から焼き喰らおうとしていたのである。


 そんな彼女を援護すべく、マスク・ド・タイラーがナーガ=ポティトゥの正面側でこんをブンブンと振り回し、ナーガ=ポティトゥの顔面を突き、叩き、さらに払う。それを連続でこなすことにより、ナーガ=ポティトゥの注意はマスク・ド・タイラーへ一点集中しているかのように思えたのである。


 マスク・ド・タイラーの攻撃をさもうっとおしそうな表情で見るナーガ=ポティトゥであったが、自分の下半身の胴体部分の中央に半兎半人ハーフ・ダ・ラビットの体重を感知するや否や、ニヤリと口の端を歪ませる。


 ナーガ=ポティトゥが不敵な笑みを浮かべた頃、奴の背中で闇の告解コンフェッション・テネーヴァ下手したてに持ち直し、その場で1ミャートルほど上へ跳躍していた。まさに奴の背中に突き立てんとしているナナ=ビュランであった。


(もらったっ! この勝負、あたしたちの勝ちよっ!)


 ナナ=ビュランが勝ちを確信したその時であった。


「その場から逃げろ! ナナくん!!」


 マスク・ド・タイラーは正面側からナーガ=ポティトゥと対峙していたために、いち早く、奴の口の端を歪めた不敵な笑みに気づいたのだ。しかし、その声がナナ=ビュランの耳に届く前に、ナーガ=ポティトゥは行動に移ったのであった。


噴火する鱗エルプション・スケールジャワイ!!」


 なんとナーガ=ポティトゥがそう叫ぶと同時に背中側の鱗が総立ちとなり、さらには次々と上方へと発射されるではないか。ナナ=ビュランは1辺10センチュミャートルほどあるひし形の鱗が至近距離から自分の身体に向けて勢いよく発射されることに眼を剥き驚くことになる。


 回避不能。それがナナ=ビュランの脳裏によぎる。まるで全てがスローモーションになってしまったかのようにゆっくりとナーガ=ポティトゥが発した鱗が自分の身体に吸い込まれていくのを見ているしかなかったのであった。


「『光射す向こうへヴィッザ・ルミェ』発動ッス!!」


 ナナ=ビュランは自分の耳にシャトゥ=ツナーの声が届く。それと同時にナナ=ビュランは白銀に包まれた光体に突き飛ばされる。ナナ=ビュランは、その光体が何かがわかっていた。彼女はナーガ=ポティトゥの背中から突き飛ばされて、地面に向かって背中から落ちていく。そして、そんな彼女の眼に映ったのは……。


 硬い鱗は身代わりとなったシャトゥ=ツナーが身に着けていたスケイルメイルを破壊しつくし、さらには剥き出しとなった右肩、左腕、太もも、そして腹に突き刺さっていく。彼は痛みを感じる前に意識が寸断されていく。それでも、先が尖ったひし形の鱗がシャトゥ=ツナーの身体を穿つことをやめなかった。シャトゥ=ツナーは身体を鱗でボロボロにされながら、宙を舞っていく。それをただナナ=ビュランは見ていることしかできなかった。


「あああああああああああーーー!!」


 ナナ=ビュランは腹の底から絶叫をあげた。シャトゥ=ツナーが鱗に穿たれて、宙に舞う。そしてそれでも鱗の散弾は止まずに彼を血まみれのボロ雑巾のようにしていく。その姿を見せつけられたことにより、ナナ=ビュランの心の中で何かが弾ける。


詠唱コード入力……。『闇より暗い水底へダーカーザンダーク』……!!」


 ナナ=ビュランの右手に持つ闇の告解コンフェッション・テネーヴァが彼女の心の叫びを聞き届けて、変貌を遂げる。今までは4~5匹程度の細長い黒い蛇しか現出しなかったのに、今、樹齢50年ほどの樹木の幹ほどにありそうな太い胴を持つ8匹の黒い大蛇が長剣ロング・ソードから産み出されることとなる。そして、黒い大蛇たちはヴオオオンッ! と咆哮をあげる。


 黒い大蛇のうち4匹はこれ以上、シャトゥ=ツナーの身体にナーガ=ポティトゥの鱗が突き刺さらぬようにと、奴の背中から発射される鱗を空中で次々と食い破る。そして、残りの4匹はシャトゥ=ツナーを穿ったことを許さぬとばかりにナーガ=ポティトゥの胴体に巻き付き、締め上げる。


 ナーガ=ポティトゥの身体にに巻きついた大蛇たちはその身から高温を発っする。ナーガ=ポティトゥの肌に黒い線をくっきりと浮かばせながら、奴の身体の表面を這いずり回る。それだけでは許さぬとばかりにシャトゥ=ツナーの身体へ突き刺さろうとしていた鱗を全て喰らい終わった大蛇4匹が、一斉にナーガ=ポティトゥの背中側から大きな口を開けて、奴の背中にその鋭い牙を喰い込ませる。


 ナーガ=ポティトゥは自分の身に何が起きたのか、まったくもって理解不能であった。ただ、脳内に鳴り響く警告音と、連続的な痛覚により混乱に陥るだけである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る