第6話:探し人

 ナナ=ビュランは尻をシャトゥ=ツナーの顔面に勢いよくぶつけた後、シャトゥ=ツナーは彼女の体重とそこに合わさった重力と加速力により、一瞬だけだが失神に至る。しかし、その一瞬の失神が命取りとなり、手足から力が抜けてしまう。そして今度はナナ=ビュラン共々、彼も勢いよく、滑り落ちるハメとなる。


 そして、次の犠牲者はもちろんネーコ=オッスゥである。彼は地表まであと残り約4ミャートルの地点まで降りてきていたのだが、上から聞こえる「ネーコ、どいてーーー!」との叫び声を聞き、彼もまた不注意にも上を向いてしまったのである。


 そして、彼の顔面にはナナ=ビュランの尻ではなく、シャトゥ=ツナーの尻がぶち当たることとなる。しかも、シャトゥ=ツナーはナナ=ビュランとは違い、しっかり腰回りを防具で固めていたのである。その革製の防具越しにネーコ=オッスゥはシャトゥ=ツナーの尻アタックを喰らい、彼は気絶するのであった……。



「まったく……。キミたちはいちいち何かをやらかさないと気がすまないのか?」


 マスク・ド・タイラーが腰の両側に手を当てて、はあああと嘆息する。彼の眼の前には3段重ねとなってしまったネーコ=オッスゥ、シャトゥ=ツナー、ナナ=ビュランが横たわっていたのである。マスク・ド・タイラーは彼女らを介抱し、大きな怪我をしていなかの確認作業に入るのであった。


 さいわい、しなやかな筋肉を持つ半虎半人ハーフ・ダ・タイガ半猫半人ハーフ・ダ・ニャンが上手い具合にクッションとなったおかげで、3人とも五体満足で下層に降りてくることが出来たのであった。ナナ=ビュランはシャトゥ=ツナーとネーコ=オッスゥに申し訳なさそうにペコペコとコメツキバッタのように、彼らに頭を下げる。


「ごめんねっ! あたし、上手く力の調節ができなくてっ!」


「気にすることないんだみゃー。こんなのぶっつけ本番でやれと言い出したタイラー殿のほうがよっぽど悪いんだみゃー」


「そうッス、そうッス。俺も気にしてないから、ナナも気にするなッス」


 ネーコ=オッスゥは心の底からナナ=ビュランに怪我が無かったことに安心感を覚えていたのだが、若いシャトゥ=ツナーは自分の顔面にナナ=ビュランの尻が突き刺さったことに役得、役得といった邪悪な想いに心を半分ほど支配されていたのであった。もちろん、彼もナナ=ビュランに怪我が無かったことは嬉しいのであるが、やはり、彼女の尻の感触を重力と加速力をプラスして味わえたことにニンマリとなってしまうのは彼の年齢的に致し方なかったと言えよう。


「だから、そんなに気にするなッス。なんならもう一度、俺の頭に降ってきてくれて良いんッスよ?」


 謝り続けるナナ=ビュランに対して、少しにやけ顔になりながら、シャトゥ=ツナーは彼女に謝るのはよしてくれと言うのであった。そんなシャトゥ=ツナーのよこしまな気持ちを察せずにいたマスク・ド・タイラーがさも感心した様子で、隣に立つネーコ=オッスゥに向けて


「シャトゥくんを見くびっていたようだ……。運が良かっただけかもしれないのに、なかなか剛毅な男だな……。わたしならあのようなことになるのは御免被るのだが……」


「いや、多分、何かしらシャトゥ殿に都合の良いことがあったんだと思うんだみゃー。僕だって、上から誰かが勢いよく降ってきたら恐怖しか感じないんだみゃー」


 感心するマスク・ド・タイラーと対照的にネーコ=オッスゥは怪訝な表情でシャトゥ=ツナーを見るのであった。あの性根がビビりの男が上から降ってくるのがナナ=ビュランだからと言って、そんな男らしい台詞を吐けるものかと訝しむのである。しかし、事情がわからぬ以上、詮索しても仕方ないとばかりにネーコ=オッスゥはふうううとひとつ嘆息するのであった。


「さて、色々あったけど、皆、無事に下層に辿りつけて良かったんだみゃー。でも、あの祭壇はいったい何なんだみゃー? タイラー殿には何か心当たりはないのかみゃー?」


 ネーコ=オッスゥが地面に転がっている自分の戦斧バトル・アクスを拾い上げ、右肩に預ける。そして、顔をマスク・ド・タイラーの方に向けて、彼に何か知っていないか聞く。しかし、マスク・ド・タイラーはううむと唸り


「よくはわからんが、何かを奉る祭壇であることは確かだ。しかし、あの祭壇の上で浮いている巨大な球体は何なのだ? わたしでも初めて見るものなのだが……」


 祭壇には四方には申し訳ない程度の石段が設置されており、そして、その石段の向こう側の開けた場所には紫色の雷光を発する深い紅色をしている球体が浮いていたのである。しかも、その球体の直径は3ミャートルほどもあり、そんな巨大なモノが宙を浮いていること自体が不思議でならないマスク・ド・タイラーであった。


「あれ? あの球体の下で椅子に座っているのって……」


 ナナ=ビュランが宙に浮かぶ球体の下の方に視線をふと移すと、そこには物々しい装飾がなされた椅子があり、さらにはそこにひとりの女性が座っていることを視認したのである。


「あ、あの女性って、まさかココさんじゃないッスか!?」


 椅子に座っている女性の顔の上半分が鉄兜のようなモノで覆い隠されており、鼻から下しか見えなくなっていた。しかし、それでもシャトゥ=ツナーはその女性が見知っている相手だと言うことに気付く。もちろん、ナナ=ビュランも彼と同様、その女性が自分の姉であることに薄々気付いていた。だが、疑心が確証に変わったのはシャトゥ=ツナーの一言を受けてからである。


「お姉ちゃんっ!」


 ナナ=ビュランはそう叫ぶと同時に祭壇に向かって走り出していた。最初は手を宙で前方にバタつかせ、足取りも危うかったが、段々と速度が増していく中で態勢が整っていき、彼女は一気に祭壇の石段に足をかけるに至る。


 しかし、宙に浮かぶ球体がナナ=ビュランが接近したことにより、より強く紫色の雷光を発する。そして、球体の上でその紫色の雷光が集い、ナナ=ビュランに対して、斜め上から振り下ろす雷の鉄槌と化す。ナナ=ビュランは椅子に座る自分の姉をまっすぐに見ていたために、頭上に振り落ちてくる稲光の束に気づくのが遅くなってしまう。


詠唱コード入力:『光射す向こうへヴィッザ・ルミェ』! ナナをらせるわけにはいかないッス!!」

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