第5話:伸縮自在棒

「で? 床に穴は開けたは良いけれど、ここから下にどうやって降りようかしら? この高さだと、半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのシャトゥでも怪我しちゃいそうだし……」


「上手く着地できるかどうかと言われたら、ギリギリきつい感じの高低差ッスね。てか、俺だけ下に降りても意味ないッスよね?」


 大穴の下に広がる空間を覗き込みながらナナ=ビュランがどうしたものかと皆に意見を募る。シャトゥ=ツナーはもちろんジト目でナナ=ビュランを非難中だ。賊の親玉が待ち構えていそうな雰囲気を感じさせるところに、ひとりで先行させてどうする気ッスかと彼の表情にありありと浮かんでいるのであった。


 ナナ=ビュランが大穴の向こう側を覗き見るのを一旦やめて、男連中3人と視線を合わせていく。シャトゥ=ツナーはもちろん、肩をすくめている。そして、次に視線を合わせたネーコ=オッスゥはブルンブルンと大きく左右に顔を振り、打つ手なしだと所作で伝えてくる。


 そして、最後に視線を合わせたマスク・ド・タイラーは口の端をニヤリと軽くほころばせ、次の瞬間には黒いパンツの中に両手を突っ込み、何かを探りはじめたのである。そして、彼が両手を黒いパンツの中から抜き出すと、その手には太さ15センチュミャートル、長さ1ミャートルほどの何かしらの金属で出来た1本の棒が握られていたのであった。


「じゃじゃーーーん! 伸縮自在棒ニョ・イボーーーーっ!! さあ、これで下の階層に向かおうではないか!」


「えっと……。穴の向こう側の地面はここから少なくとも10ミャートル以上はあるわよ? それ、1ミャートルほどしかないじゃないのっ!」


 ナナ=ビュランが思わず、マスク・ド・タイラーにツッコミを入れざるをえなかった。どう考えても、マスク・ド・タイラーが黒いパンツの中から取り出した棒は長さが足りなすぎるからだ。しかし、文句を言われた側のマスク・ド・タイラーは憤慨しながら


「だから、伸縮自在棒ニョ・イボーだと言っているだろうっ! ええい、説明するより実際に使ってみたほうが早いなっ! 伸びろっ、伸縮自在棒ニョ・イボーぉぉぉ!」


 マスク・ド・タイラーは取り出した金属製の棒の中ほどを両手でしっかりと握り込み、床の穴の上へと持ってくる。そして、彼が伸びろと命じたと同時にその棒の上側が天井に向けて勢いよく伸びる。そして、石製の天井にガッコン! という音を立てながら突き刺さる。そして、そこで終わりではなく、次は下側がぐんぐんと穴の向こう側にある広間へと向かって伸び始めるではないか。


 伸縮自在棒ニョ・イボーと呼ばれたそれは十数秒ほどで15ミャートルはあろうかという空間の底にズドンッ! という重低音を奏でて突き刺さることになる。マスク・ド・タイラーは伸縮自在棒ニョ・イボーがしっかり固定しているかを確認するために強めに両手で、その棒を前後に揺らす。


 棒自体は軽くしなりを見せるだけであり、マスク・ド・タイラーは良しっ! と満足気な声を出すのであった。


「では、下に向かおうとしようかっ! わたしが先に降りるがゆえに、皆はわたしの降り方をじっくり観察しておくようにっ! では、まず、両腕をしっかりと棒に絡ませてだ……」


 マスク・ド・タイラーは雑巾を引き絞るかのように両手に力を込めて、太さ15センチュミャートルある伸縮自在棒ニョ・イボーを握り込む。そしてそこから脇を絞りつつ、両腕を棒に絡ませる。次に太ももで棒を挟み込み、両手、両腕、太ももの締め具合を調整しつつ、棒を伝って下に降りていくのであった。


「おお……。すごいッスね。ポールダンサーも顔負けなんじゃないッスか?」


「ポールダンサーもこんな長い棒を使うわけじゃないんだみゃー。タイラー殿はこのようなことを日常的にやる機会に恵まれているのかみゃー?」


 マスク・ド・タイラーの棒を使っての下層への降りっぷりが見事過ぎて、シャトゥ=ツナーとネーコ=オッスゥは思わず彼に拍手を送りたい気持ちになってしまう。背の高い木から降りる際に用いる技術の応用なのであろうが、こんな頼りない太さの棒を伝って、さらには15ミャートルほども下に向かっていかなければならないことに相当な不安があった2人である。


 しかし、いざマスク・ド・タイラーに実演してもらうと、さも簡単そうに見えてしまうのだから不思議でたまらない。


「じゃあ、次は僕が行くんだみゃー。ええっと、こうしてこうだったかみゃー?」


 ネーコ=オッスゥがマスク・ド・タイラーと同じように両手、両腕、太ももで棒を抱え込み、マスク・ド・タイラーと比べれば、かなりゆっくりな速度であるが、確実に下へと降りていくのであった。ネーコ=オッスゥが5ミャートルほど進んだ後、今度は俺が行くッスとシャトゥ=ツナーが言い出す。彼もまた器用に棒を伝って、順調に下に向かっていくのであった。


「さっすが、半虎半人ハーフ・ダ・タイガのネーコに、半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのシャトゥね……。高い所から降りるのはお茶の子さいさいっていった感じね……」


 ナナ=ビュランが先行していく2人を眺めて、羨ましい気持ちになってしまう。元々、この2種族は木などの昇り降りが得意である。しなやかな筋肉が足につきやすいのだ。だからこそ、このか細い棒を伝っておりる際も、器用に力を調整して降りることが出来るのである。


 しかし、問題はナナ=ビュランである。彼女は半兎半人ハーフ・ダ・ラビットだ。容姿こそは美しい者が多いが、器用に身体の筋肉を部分的に使いこなせるかと言われると疑問が多い種族である。平坦な地を素早く走る点においては、どのヒト型種族にも劣ることはないのだが、木登りに関しては下手だと言ってしまったほうが早い。


 ナナ=ビュランはおっかなびっくり自分の両腕を棒に絡める。次に肉付きがいまいちな太ももを棒に絡める。そして……。


「キャーーー!」


 ナナ=ビュランは力の調整をミスしてしまい、普通に落ちていくのとあまり変わらない速度で棒を滑り落ちてしまうのであった……。


「うおっ! ナナの尻が俺の顔に降ってくるッス!」


 上から聞こえてくる悲鳴を聞いて、シャトゥ=ツナーが上を向くと、厚手のズボンに包まれたナナ=ビュランの尻が自分の顔面めがけて勢いよく突っ込んでくるのが眼に映ったのであった。


「ちょっと待つッス! その勢いで俺に突っ込んでくるのはやめるッス!」


 シャトゥ=ツナーがナナ=ビュランに向かってそう叫ぶが、彼女の安産型の尻がシャトゥ=ツナーの顔面にぶち当たるまでにほとんどの時間を要しなかった……。

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