第9話:ぴったりサイズ

 ナナ=ビュランの問いに答えられる者は誰もいなかった。仲間たちの沈黙だけが彼女に与えられるモノであった。彼女は身体に掛けられた外套マントをギュッと掴む。大切な者を失いたくないという気持ちが彼女の心を支配する。


「とりあえず、シャトゥ殿の応急処置は終わったんだみゃー。これからどうするみゃー?」


 ネーコ=オッスゥがそうナナ=ビュランに問いかける。ずっと黙ってばかりではいけないだろうと思ったネーコ=オッスゥが話題を変えるためにも口を開いたのである。しかし、その問いに対しての答えは決まっている。


「先に進みましょ……。ここで踏みどまっていても何も解決しないはずだわ。あたしは決めたの、お姉ちゃんたちが賊にさらわれた時に。あたしが何とかしなきゃって。ヨンさまがどうにかすると言っていたけど、あたしは自分の手で何とかしたいのっ!」


 ナナ=ビュランが自分の決意を改めて表明する。それを受けて、マスク・ド・タイラーがこくりと首を縦に振り、首肯する。


「決まりだな。では、朝飯を食べてしまおうではないか。喰わねば先に進むためのエネルギーも補充できないしな?」


「その通りだみゃー。鍋の中に味噌ミッソを入れて無くて正解だったみゃー。あの男が現れる前に味付けしてたら、今頃、くどくて食べれたものじゃなくなったんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥがおどけた雰囲気でそう言う。重苦しい空気を少しでも軽くしようという彼なりの心遣いだ。ナナ=ビュランにとっては、その心遣いはありがたいものであった。


「じゃあ、もりもり食べましょ! 気絶しているシャトゥには悪いけど、彼の分はあたしがしっかり食べきるからっ!」


「ハーハハッ! それではシャトゥくんが可哀想すぎる。それと、ナナくん。これを着たまえ。乙女が柔肌を晒したままでは、何かと不都合が起きてしまうからな?」


 マスク・ド・タイラーはそう言いながら、黒いパンツの中に両手を突っ込み、もぞもぞとしだす。そして、パンツの中から女性用のブラとショーツ。そして、鎧下に着る長そでの服とズボンを次々と取り出すのであった。


「ねえ……。その心遣いはありがたい反面、女性に対して、すごく失礼な気がするんだけど?」


「ん? なんでだ? わたしは100パーセント善意でやっているつもりだが?」


 マスク・ド・タイラーは自分のどこに不手際があるのかわからないでいた。ナナ=ビュランは、はぁ……とひとつため息をつく。そして、マスク・ド・タイラーからもらった衣服をもらい、身体が露わにならないよう注意しながら、荷馬車の向こう側へと隠れて着替えだすのであった。


 ナナ=ビュランが予想していた通り、ブラのカップ数はベストなものであり、ショーツもお尻を絞めつけ過ぎずに良い塩梅だ。だからこそ、ナナ=ビュランは余計にマスク・ド・タイラーが失礼な男だと思ってしまったわけである。


(大きすぎるカップのブラにしなさいよっ! ある意味、気が利かないわねっ!)


 マスク・ド・タイラーは多分、ナナ=ビュランの身体つきを見て、おおよそのサイズの衣服を黒いパンツの中から出したのであろう。だが、どれもナナ=ビュランにとってちょうど良いものばかりであり、ナナ=ビュランはマスク・ド・タイラーに舐められるように身体を見られていたという感情が浮かぶ前に、まずはその気の利かなさに憤慨したのである。


 ナナ=ビュランがマスク・ド・タイラーからもらった衣服を身に着け終わり、荷馬車の裏から、また元の場所へと戻る。ちょうど、朝食用に準備していた料理も完成するのであった。


「オジヤ風里芋と牛蒡のごった煮の完成だみゃー。みんな、お椀を寄こすみゃー」


「おお、これは美味そうだな……。朝はやはり味噌ミッソを味わなければ、1日が始まった気分にならないからな……」


 マスク・ド・タイラーがネーコ=オッスゥに自分用の木製用のお椀を渡す。お椀を渡された側のネーコ=オッスゥはおたまで鍋の中をすくい、そのお椀に注いでいく。お椀を渡し返されたマスク・ド・タイラーは、これまた木製のスプーンでお椀の中身を口の中に運ぶのであった。


「あれ? そう言えば、タイラーって、スプーンも木製のスプーンを使っているのね?」


「ああ。これは工業都市:イストスの職人に特別に作ってもらったスプーンでな? わたしはなるべく食器は木製で統一しているのだよ」


 マスク・ド・タイラーの返答にふーんと思ってしまうナナ=ビュランであった。ゼラウス国に住む者たちは、スプーンは銀メッキの施された鉄製か、もしくは銅製である。わざわざ、作るのに手間暇かかりそうな木製のスプーンを使っている者は数少ない。


「木製のスプーンと銅製のスプーンだと味が変わるものなの?」


「うーーーん、どうだろうなあ? こればかりは個人の趣味としか言いようがない。木は温かみを感じさせてくれるのだよ。わたしはそういった意味で木製のスプーンを使っているだけだしなあ?」


 マスク・ド・タイラーの言いになるほどと思ってしまうナナ=ビュランである。確かに味噌ミッソをベースとしたスープの場合は、木製のお椀のほうがおいしく感じるものだ。木製のスプーンで味わえば、もっと美味しく感じるかもしれない。ナナ=ビュランはこの旅が終わったら、木製のスプーンを購入してみようと思うのであった。


 さて、ナナ=ビュランたちが朝食を味わっていると、味噌ミッソの良い匂いに誘われたのか、この男もようやく目を覚ます。


「あー。良い匂いッスね。お腹がぐるるぅぅぅって鳴ってしまうッス」


「シャトゥ、眼が覚めたんだ? しんどかったら寝てても良かったのに」


「俺、何でこんなところで寝ていたんッスか? 朝食が出来上がる前に二度寝でもしちまったんッスか?」


 ナナ=ビュランたちは、こいつは何を言っているのであろうと思うが、シャトゥ=ツナーは先ほど起きたことのほぼ全てをすっかり忘れてしまっていたのである。そして、彼にヨン=ウェンリーが自分たちの前に現れたところから説明を開始するのであった。説明を受けたシャトゥ=ツナーは、えええ!? そんなことがあったんッスか!? と驚きの表情を浮かべる。対して、3人は、はあああ……と深いため息をつくしか他なかったのであった。


「あたしもヨンさまとどういったやりとりをしたか、はっきりと覚えてないけど、あんたのはひどすぎるわよ? もしかして、20歳になる前に痴呆でも始まったのかと心配しちゃうわよ?」

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