第3話:安い挑発

 ネーコ=オッスゥが振り下ろした黒鉄クロガネ製の戦斧バトル・アクスは、なんとヨン=ウェンリーの紅玉ルビー色の籠手に包み込まれた左手で軽々と受け止められることになる。しかもだ、受け止められた戦斧バトル・アクスをネーコ=オッスゥは自分のほうに引き戻そうとするのだが、まるで万力で締め付けられたかのように、びくともしない。


「不意打ちまでは良かったが、如何せん、私を見くびり過ぎたようだね?」


 ヨン=ウェンリーは余裕しゃくしゃくと言ったところだ。そして、左手をくいっと右に曲げて、戦斧バトル・アクスの刃をバキっという金属が無理やりへし折られる音と共に砕け散らせるのであった。


 そして、その戦斧バトル・アクスを引き抜こうとしていたネーコ=オッスゥは間抜けな恰好でゴロンゴロンと、後方へ転がっていってしまう。その姿を見届けたヨン=ウェンリーはやれやれとばかり肩をすくめ、地面に落としてしまった紅玉ルビー色の兜を左手で拾い、左腕で抱え込むことになる。


「さて、パンツ一丁の変態は火だるま。半虎半人ハーフ・ダ・タイガは武器を破壊されて戦闘不能。半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのスズキくんは何をしてくれるのかな?」


 ヨン=ウェンリーは眼を細めて、期待感を持って、シャトゥ=ツナーを見つめていた。未だ、自分に対して攻撃をしてこない彼に何か奥の手があるのでは? と待ち構えていたのであった。


半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのスズキくんじゃないッス。俺にはシャトゥ=ツナーって言う名前ッス!」


「ああ、これは失礼をした。ナナの訓練仲間に半猫半人ハーフ・ダ・ニャンの若者がいることまでは知っていたのだが……。名前まではうろ覚えだったために、なかなか思い出せなかったよ……。いやあ、私はナナにしか興味がなくて、その他の有象無象の名前を覚えるのが苦手でね……」


 ヨン=ウェンリーの一言にカチンと来そうになるシャトゥ=ツナーであるが、必死に平常心を保とうとする。これは明らかに自分をイラつかせるための挑発だということがわかるからだ。ヨン=ウェンリーとは、ナナ=ビュランを通じて、幾度ともなく会話をしたことがあるし、剣技について、ご高説をしてもらったこともある。


 シャトゥ=ツナーはヨン=ウェンリーに名前を忘れられるほど、薄っぺらな関係だったわけでもない。それゆえ、こんなわかりきった挑発に乗らないように、シャトゥ=ツナーは、ふーふーと息を整え、自分のタイミングを推し量ることに注力する。


「おや? さすがにこんな安い挑発には乗ってこないか……? ははっ! キミを過大評価していたようだ。キミはそもそも慎重すぎる性格だものな。挑発に乗らないのではなくて、びびって身体が動かないだけだよね! キミの初陣はさすがに失笑を禁じえなかったんだしさ!」


 ヨン=ウェンリーがシャトゥ=ツナーの古傷を抉る発言をする。こればかりはシャトゥ=ツナーは頭に血が昇らざるをえなかった。シャトゥ=ツナーは初陣において、腰を抜かし、失禁してしまった経歴持ちだ。ナナ=ビュランにそれをからかわれることはあっても、それは何とか許せた。しかし、彼女の想い人にそれを言われて、腹が立たぬわけがない。


 シャトゥ=ツナーは、うおおお! と雄叫びをあげて、赦しの光ルミェ・パードゥンでヨン=ウェンリーに斬りかかる。剣技において、シャトゥ=ツナーがヨン=ウェンリーに勝てる見込みなどないほどの力量差があることは、彼も重々承知だ。しかし、見過ごせぬ台詞を吐かれて、それでも挑発に乗らないのは戦士たる資格などない。


「ふっ。それで良いんだよ。譲れぬモノがあるなら、戦士は戦わねばならぬ……。闇の告解コンフェッション・テネーヴァブラッドよ、我が右手に現出せよっ!」


 ヨン=ウェンリーがそう宣言するなり、彼の胸先30センチュミャートルの空間に直径30センチュミャートルの紫色の渦が出来上がる。そしてその渦の中に彼は右手を突っ込み、素早く引き抜く。すると彼の右手に柄から刃先まで闇のように漆黒に染まった長剣ロング・ソードが納まっていたのであった。


 そして、その長剣ロング・ソードでヨン=ウェンリーはシャトゥ=ツナーの1撃を軽々と捌いてしまう。だが、それでもシャトゥ=ツナーは続けざまに2撃、3撃と連撃を繋げていく。左に重心をずらされたまま、そのまま逆袈裟斬りで赦しの光ルミェ・パードゥンを振り上げる。それをヨン=ウェンリーはさらに下からかちあげる。するとだ、シャトゥ=ツナーは今度は右肩に刃を喰い込ませようと真っ直ぐに振り下ろす。


 シャトゥ=ツナーは連撃を加えながらも、心の中は戦々恐々せんせんきょうきょうであった。ヨン=ウェンリーが扱う長剣ロング・ソードは、ナナ=ビュランが持つ闇の告解コンフェッション・テネーヴァと瓜二つであった。剣を交えれば交えるほど、そうであるという確信がシャトゥ=ツナーの心を埋めていく。それと同時に、恐怖もまた彼の心を支配していく。


 右肩を狙った1撃はすんでのところでヨン=ウェンリーが身体を右によじることで、かわされることになる。シャトゥ=ツナーはもう1度、剣で弾かれるとばかり思っていたために、これは予想外の結果であった。前のめりになってしまったシャトゥ=ツナーはしまったと思うがあとの祭りであった。


 ヨン=ウェンリーはニヤリと口の端を歪めて、左の手刀でシャトゥ=ツナーの後頭部に1撃を叩き込む。シャトゥ=ツナーは後頭部を籠手で殴られたために、眼から火花が散るような錯覚に陥る。そして、眼がチカチカする中、地面に腹ばいに突っ伏してしまう。


 そこにトドメとばかりにヨン=ウェンリーは左足で思いっきりシャトゥ=ツナーの背中を踏みつけようとする。しかしながら、シャトゥ=ツナーは横に転がり、その1撃をかわす。かわされた左足は地面に突き刺さり、土砂をまき散らす。シャトゥ=ツナーが元居た地面はその左足により大きくえぐられる結果となる。


 シャトゥ=ツナーはゾゾゾッ! とまるで芋虫が背中をはい回るような感覚に襲われる。もし、あの左足の踏みつけをかわしていなければ、彼の背骨は粉々に折れていたに違いない。ただのニンゲンの踏みつけがまるで巨大な象の踏みつけと同じかのように思えってしょうがなかったのであった。


「ちっ。なかなかにしぶといね、キミは。慎重な性格ゆえか、あと1歩を踏み出してこないために、こちらも致命の1撃を入れにくくて、やりづらいね……」

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