第7話:騎士と傭兵

「その通りだみゃー。生きてりゃ、腹は空く。生きてりゃ、泣きたくなる時もある。生きてりゃ、楽しくて笑いたくもなる。生きているからこそ、そういうことが出来るんだみゃー。日々、ヤオヨロズ=ゴッドに感謝感謝なんだみゃー」


 ネーコ=オッスゥが朗らかな笑顔でそう言いのける。本当なら、夜明けの虎ドーン・タイガーの仲間をたくさん失ったことで泣きたいはずの彼であるが、今の今まで泣いたことは無かった。それでも彼は笑顔を作っている。それほどまでに彼は大人なんだなとナナ=ビュランは思うのであった。


「あれ? ちょっと味噌ミッソを入れすぎたかみゃー? すいとん汁がしょっぱいんだみゃー」


 前言撤回。ネーコ=オッスゥはハラハラと涙を流していた。失った戦友とものことを偲び、泣きながらお椀を傾けて、その中身をかっくらっていた。しょっぱいみゃー、しょっぱいみゃー! とごまかしながら食べてはいるが、皆はわかっている。彼がどれほどまでに仲間思いなのかを。警護隊の隊長として、彼らの上に立っていたのだ。部下であり仲間であり戦友ともである者を亡くしたというのに、何故、涙を流さずにいられるだろうか?


「ハーハハッ! ネーコ殿。男が泣くのは恥ずかしくないことだぞ? 生きてりゃ、悲しくなって涙を流す……。それこそ、生きているあかしだっ!」


 ネーコ=オッスゥは気恥ずかしい気持ちでいっぱいになっていた。せっかくの決め台詞だというのに、上手いこと、マスク・ド・タイラーに全てを持っていかれてしまったみゃーと思ってしまう。ネーコ=オッスゥは涙を右腕で拭い、ニカッと笑う。


「そうだみゃー。泣くのは当たり前の話だったんだみゃー。皆、昼間は亡くなった皆を弔ってくれて、ありがとうだみゃー。改めて、お礼を言わせてもらうみゃー」


 ネーコ=オッスゥはお椀を自分の横に置き、両手で握りこぶしをつくり、それを地面につけて、軽く頭を下げて、そう言うのであった。彼は最初、仲間たちの弔いを生き残った者たちに任せようとしていた。だが、それは余りにも無体だと言うことで、ナナ=ビュランが予定を遅らせてでも、亡くなった者たちの弔いを優先したのである。


 傭兵団というモノは、通常、雇い主の都合を最優先する存在だ。雇い主が先を急ぐと言えば、それに従い、仲間のことは後に回さされることが多い。さすがに無理難題を言い出す雇い主に対しては、契約で取り決めたことの違反だということで、契約自体を無かったことにすることは可能だが、それはあくまでも最終手段である。


 今回のケースの場合、傭兵団側に被害が出ることは考慮されていた。それゆえに、20人に対して、金貨240枚という相場の3倍もの契約金をナナ=ビュラン側は傭兵団:夜明けの虎ドーン・タイガーに支払っているのだ。いくら、壊滅的なダメージをネーコ=オッスゥ側が受けたからといって、契約を反故ほごするわけにはいかないのである。


 しかしながら、それでも弔いをナナ=ビュランが優先的におこなってくれたことはネーコ=オッスゥにはありがたいの一言である。この一件によりナナ=ビュランたちとネーコ=オッスゥたちは雇用上の利害以上の信頼関係を築き上げることになるのであった。


「ネーコさん、俺をネーコさんの仲間たちの代わりになれるくらいには頑張るッス! だから、俺をこき使ってほしいッス!」


「いやいや。僕は雇われている側なんだみゃー。雇い主の片割れでもあるシャトゥ殿を僕がこき使うことになったら、立場が逆転しちゃうんだみゃー」


「あ、それもそウッスね。うーん、傭兵団との契約はややこしいとは聞いているッスけど、なかなかに面倒ッス……」


 シャトゥ=ツナーはナナ=ビュラン同様、聖堂騎士を目指している。それゆえに、訓練時には、傭兵団の扱い方についての授業を受けている。そこでは、あくまでも騎士と傭兵団は雇用関係にあることを教わっている。騎士と傭兵は金で繋がった仲であり、命令系統のおさは騎士ではあるが、命令を出す時は傭兵団をまとめるリーダーを介することになり、騎士と傭兵団のリーダーは互いに通じ合ってなければ、まともに軍を運用することが難しくなる。


 要は小難しいことになっているということである。戦闘中なら騎士の命令が最優先されるが、それが無茶な要求なら傭兵団のリーダーがその命令を蹴れるシステムなのだ。軍としてこれほどおぼつかない組織があるだろうか? しかしながら、直接、自分たちで兵を雇っているわけでもないので、これはどうしようもないといった事情がある。


 あと、兵の維持にはどうしても金が必要だ。ポメラニア帝国ほどの大きさもある国であれば、みかどが自分の財布から金を出して、兵を直接雇うことはできる。だが、国土の広さも、税収もその3分の1以下であるゼラウス国ではそんなことは出来ない。だからこその傭兵団という自前で食っている組織が必要となってくる。


 国同士で争っているような時代であれば、国民たちから金を絞りあげる理由などいくらでも作れる。しかし、今は平和時なのだ。平和時にそんな無茶なことをすれば、ゼラウス国の国主の首級くびなど、国民たちの手により、ギロチン台に送られることはまず間違いないだろう。


 結局のところ、傭兵団は自分の手を汚して、日銭を稼いでいるのだ。お国や法王庁から給料をもらって生活している騎士たちとは全く違う存在なのである。


「いっそのこと、俺は聖堂騎士なんて目指さずに、ネーコさんとこの傭兵団に入っちまおウッスかねえ? そしたら、ややこしいことも無くなるッスよね?」


「うーーーん。あんまりそう言うことはおおっぴらには言わないほうが良いんだみゃー。このボンボンは何をとち狂っているんだみゃー? と思われるのがオチなんだみゃー」


 しかし、それなのに騎士見習いであるシャトゥ=ツナーが、傭兵の一員であるネーコ=オッスゥに自分を使ってくれと、自分も傭兵になりたいと言ってきたことで、ネーコ=オッスゥは彼をたしなめたのである。傭兵団から見れば、騎士など、良いとこ出のボンボンという印象のほうがよっぽど大きい。


 実際、騎士になるための訓練を受けるためには、法王庁に多額の寄付をおこなわなければならない。ゼラウス国所属の騎士を目指すのであれば、貴族と付き合いがある家でもなければ、国の訓練学校へ入学することも出来ない。ゆえに、ある程度の地位に就いている家柄でなければ、ゼラウス国ではそもそも騎士になることは難しいのであった。

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